#70.
星ちゃんが渡米する前に迎えた彼の25歳の誕生日、
私たちは何よりも先に入籍をした。
ーーー付き合って4年目、彼の忘れられない誕生日になった。
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‘ 桐山 るな ‘
全ての書類に星ちゃんの名字で名前を書くのはとても新鮮で、
書くたびにニヤニヤしている自分がいた。
「そんなに嬉しいものなのか?」
「そりゃ嬉しいよ!男には分かりませんよーだ(笑)」
不思議そうにする星ちゃんなんてお構いなし、
ただひたすらに幸せ、それに尽きた。
今の予定では星ちゃんが渡米することもあり結婚式をする予定はない。
親への挨拶も唯一残された週末に駆け込んで両家でやらせてもらったくらいに多忙だったから。
友人への報告も私はまだ時間がたくさんあるけど、
きっと星ちゃんは残している状態で渡米したと思うーーー。
それくらいに私以上に彼は本当に忙しそうだった。
それでもやっぱり入籍は一生に一度あるかないか、のもの。
だから入籍記念に区役所の前で柄にもなく記念撮影をしたり、
その日だけは休みを取ってスタジオで撮影もしてもらった。
ーーーそして、夜には二人だけでささやかなお祝いもした。
本当にたったそれだけで幸せだった。
紙切れ一枚のことだったけど、
その存在がここまで私の精神状態を安定させるとは私も星ちゃんも思ってはいなかった。
「ーーーるながこんなに毎日笑顔でいられるなら、もっと早くプロポーズしておけば良かった。」
星ちゃんが入籍後から今の今まで、よく言っている。
私も星ちゃんと他人じゃない、そう思えることがここまで自分の気持ちを強くするとは想定外だったよ。
「私もそう思う。でもーーー、今で良かったかなとも思う。ありがとう。」
「お礼を言うのはこっちだよ、ありがとうな。」
軽く重ねるキスが幸せを寄越すーーー、
星ちゃんと出会って、
モテる人だからと決めつけて情緒不安定になって色んな不安を自分で引き寄せていた私、
辛いことの方が今考えても多かったけど、
最後にこうして彼と過ごせて彼の奥さんという立場になって・・・
私はきっと今までで今が一番幸せだと思う。
その幸せをかみしめながら、彼の旅立ちを見送った。
・
「1月に迎えに来るから、4か月会えないけど、毎日テレビ電話もするし、メールもする・・・」
「ーーーうん。」
「寂しくなったらいつでも連絡してくれてかまわないから。」
「ーーーうん。」
「それと・・・」
空港で最後の別れをする時、私よりもてんぱっていたのは星ちゃんの方だった。
私を不安にさせないように心配させないように必死だったんだと思う。
「星ちゃん、私大丈夫だよ。次に会える時までにやらなきゃならないこともたくさんあるし、だから頑張るよ!」
ーーー私の言葉に少しの驚きを隠せずにいた星ちゃんだけど、
そのまま私の頭にポンポンと手を乗せて笑顔でアメリカに旅立った。
大丈夫ーーー、
長いけど、きっとあっという間の4ヶ月だと私は思う。
新しい環境に行って新しい場所に知らない言語に戸惑うことも多いだろう星ちゃん。
その環境に飛び入るまで4ヶ月の猶予をもらった私はまだ幸せ者だ。
ーーー残された4ヶ月のキャンパスライフを楽しみながら最善の学業に励む、
それが星ちゃんやお兄ちゃんとの約束。
ここまで頑張った大学ーーー、
大学中退という形を避けるため、父の計らいで星ちゃんと一緒に暮らす街の大学に編入する形を取らせてもらった。
このオンライン試験を受けるまでの期間も短すぎて、本当に父には頭上がらない。
ーーーそれと同時に英語が得意で良かった、と自分を褒めた。
・
星ちゃんの暮らすオレゴン州は自然豊かな場所で、
毎日送られてくる写真からもそれが伝わってくる。
最初からアパートに入った星ちゃん、まだ言葉に苦しんでいるようだったけど、
通訳さんもつけていることから何とか生活は出来ていると教えてくれた。
ーーー通訳も日本が大好きな35歳のおじさん、だと不要な情報も私のために教えてくれた。
「ーーーこっちを離れるのは寂しいけど、星ちゃんの暮らす街を見るのは楽しみだな。」
私はその日のテレビ電話で正直な気持ちを伝えたーーー。
いつも私たちが電話するのは日本の朝の6時、
星ちゃんが暮らすポートランドでは前の日の22時代だ。
無理をして欲しくない、というお互いの心使いから、
私たちは両方にとって辛くない選択をした。
・
そして月日は自然と過ぎていくーーー。
何もしなくても時間は過ぎていく。
私は晴菜や怜くんに送別をしてもらったり、
大学で仲良くなった小林先生や理央、
そして朝日君と希にも送別会をしてもらったーーー。
星ちゃんとの暮らしが待っているのは正直すごくワクワクしているけど、
私にとっても知らない土地に踏み込むのはやっぱり不安だし勇気もいる。
それに今まで簡単に会えていた友達と会えなくなるのは正直寂しい・・・。
「わたし、アメリカ行くし!泊まらせて!」
理央は涙をこらえて私に言ってくれたけど、
そんな気持ちが私はすごく嬉しくて私たちは小林先生がいる目の前で小さい子供のように泣きはらした。
友達だけじゃないーーー。
私をこの日まで誰よりも支えてくれてずっと味方でいてくれたお兄ちゃんとも頻回に会うようにした。
「何かあったらいつでも連絡して来いよ、会えないけど相談になら乗れる。」
普段クールだけど本当は優しいお兄ちゃん、
本当に大好きなお兄ちゃんと離れるは凄く不安だった。
お父さんもお母さんも陰で色々応援して援助してくれていることも知っている。
この親だからこそ人付き合いが苦手な私が生まれたんだな、と思うよ。
ーーー離れる今だからこそ感謝は出来る。
20年間、日本という慣れ親しんだ土地を離れたことがない私にとってアメリカは勇気ある一歩。
星ちゃんがいなかったら絶対に踏み込まない場所だーーー。
弱い自分から強い自分に変わるためにも向こうの大学に編入して勉学を頑張りながら、
星ちゃんをサポート出来たら良いなって今は思う。
実際は行ってみないと分からないことも多いけど、星ちゃんと一緒に乗り越えたいなって思う。
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ーーーそして時は本当に早く流れ、1月を迎えた。
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