#66.
そうーーー・・・
それは言うまでもなく星ちゃんだった。
・
どうして星ちゃんが合コンに参加してるの?
しかもめちゃくちゃ楽しそうにしてて、
あんなに楽しそうな姿は私の前では見せたことがない。
「大丈夫?家まで送ろうか?」
「歩いてすぐだから大丈夫!」
理央の心配を気丈に振り払ってわたしは家の道まで歩く。
ーーー帰ったら星ちゃんを問い詰めるの?
ううん、そんなことはしない。
違う、出来ない・・・ーーー。
だって彼が合コンに参加するに当たり腑に落ちることが何個かあるから。
「ルナ!」
横断歩道を渡ってすぐ曲がれば自宅に着くのに、
横断歩道で腕を掴まれた。
ーーースーツ姿でカバンも持って急いで抜けてきたのがわかる。
「離して?ーーー逃げたりなんてしないから。」
その言葉の通り腕を離した星ちゃん、
わたしも逃げることはしなかった。
「ーーー知らなかった、合コンだとは知らなかった。ただ大学のメンバーで飲みに行くって誘われて行ったら・・・」
「星ちゃん、わたし、怒ってないよ?」
ーーー意外にも冷静な自分がいた。
いつもだったら不安定になり感情を曝け出すわたしが冷静だったから、星ちゃんも驚いていた。
「えっ?」
「ーーー前にも言ったよね。星ちゃんが誰と飲んで来ようが外でやることに口出しはしないって。今日はたまたま見ちゃった、それだけのことだよ?」
人数合わせで合コンに参加したとはいえ、
楽しそうにしていたじゃないーーー。
心で思うのは簡単、口に出すのは本当に難しいと思う。
ただ今日のわたしはーーー、本当に冷静だった。
「ルナ・・・」
「寒いし早く帰ろ?わたし、ドラマの録画溜まってるんだ!」
わたしは笑顔で彼に伝え、星ちゃんの手を取って家に帰った。
・
わたしは自宅に戻ってもいつものように気丈にした。
星ちゃんの横にくっついてテレビも見たし、
いつものようにくっついた。
ーーー最初は戸惑ってた彼も諦めたかのようにそれを受け入れた。
次の日も、その次の日もーーー。
わたしは普通に接した。
なかったことにしたかった、それもある。
でもそれ以上に星ちゃん中心の生活を変えたい、
その気持ちが強かったんだと思う。
・
2月の中盤、私はついにピアノが弾けなくなった。
軽く打てた鍵盤も、
子供たちに聞かせていた音楽も全く音を立てなくなった。
ーーーそれに気づいた婦長さんが私に検査を勧めた。
言われるがままに検査をしたけど、
前回同様に何も異常は出てこない。
そして最後に必ず言われるのは、ストレス、と言う1番逃げる言葉だった。
ピアノが弾けなくてはバイトにもならない、
婦長は言いづらそうに私を首にした。
仕方ないーーー、
でもピアノを完全に諦めなきゃならない、
それが何よりも辛かった。
「ルナ?こんなところで何してんの?」
ーーー私は自宅に戻るには目が腫れすぎていて、
きっと星ちゃんに問い詰められる。
そう思って駅近のブランコで1人揺れていた。
前にもこんな前科ありで、藍沢さんに絡まれたのに学習しないなぁと自分でも思う。
「あっ・・・もう帰るところ。」
今1番会いたくない星ちゃんが何故ここにいるのか分からない。
「ーーー泣いてた?」
ほらね、星ちゃんはすぐに気づく。
彼は繊細だから、そう言う変化も逃さない。
そこもモテる要因の一つだよね。
「な、泣いてないよ(笑)ごめんね、心配かけちゃうね。帰ろうかーーー。」
でも星ちゃんは私の腕を掴んだ。
「何年一緒にいると思ってんの?ーーー何があった?」
「何もないよ、本当に・・・」
「ーーーもしかしてこの前のこと?まだ引きずってたんだな・・・」
まだ引きずってた、って言った?
「ーーーそんなことは・・・」
「この前も言ったけど、あれはダチと飲みに行く予定だったのを急に・・・」
私の中の何かが切れた・・・。
「私と目が合った時、すごい楽しそうだったよ?両手に綺麗な女性で、初めてとは思えないくらいベッタリだったよね。ーーー星ちゃんみたいな人を呼んだら友達は嫌がるでしょ?自分で好んで行ったんじゃないの?」
「ーーー何それ(笑)」
星ちゃんは呆れたようにフッと笑った。
「わたしはどんなに誘われても好きな人がいたら合コンだと分かった時点で帰るよ。ーーーでも星ちゃんは違う、わたしとは気持ちの温度が違うんだよ。」
「なに、気持ちの温度って?」
「わたしは星ちゃん中心に生きてる。でも星ちゃんは友達もたくさんいてアメフトもある、私がいなくてもなんの問題もないーーー・・・だから私に星ちゃんのそばにいる事を選ぶんじゃなく好きな道に進めって言ってるんでしょ?ピアノの道に進めって遠回しに言ってるんでしょ?ーーーそれくらい分かってたよ。もう感覚もなくて弾けないのに・・・星ちゃんは残酷だね。」
言ってハッとした。
「るな・・・」
「星ちゃんだけには言いたくなかったよ・・・ーーー」
私はそれだけ言って公園から出た。
これまでたくさん討論してきて、
もう星ちゃんと討論したくなかった。
だから・・・星ちゃんだけには言いたくなかったのに。
言ったって分かってくれるとは思わないから。
・
「るな、感覚がないってどう言う事?」
星ちゃんは私がお風呂から出た頃に帰宅した。
きっと彼なりに色々考えることがあったんだろうね。
「ごめんね、もう忘れて・・・」
「聞いてしまった以上、忘れるわけないだろ!」
久しぶりの彼の怒った声にビクッとした。
「ーーー言葉の通り。バイトが影響したのかもね、もう弾けないからクビになったよ。私が何をしたって言うんだろうね・・・」
星ちゃんは私に駆け寄ろうとしたーー。
「来ないで、そんな慰めいらないから。」
「るな、もう一度検査をきちんと受けよう・・・」
「受けたよ!部長さんの計らいで受けさせてもらったよ!でも同じだよ、なんも異常はなかったよ!もう放っておいて、私のことは放っておいて。ちゃんと仕事も見つけるし就活もやるから、全部事後報告にさせて。」
星ちゃんと話すだけでイライラするーーー・・・。
顔を見るだけでイライラするーーー。
「ーーー付き合いたての頃はもっと自分のことを曝け出してくれていたのに、俺が塞ぎ込むようにしてしまったんだろうな。」
星ちゃんは悲しい顔をして私に言った。
そして私には遠回しに前の方が好きだった、とそう聞こえた。
「・・・ごめんな。」
星ちゃんは私の頭に手をポンと置いて、
微笑を浮かべてそのままお風呂に行ったーーー。
・
私は彼を傷つけたーーー・・・。
違うよ、そう一言言えばよかったのに言えなかった。
仲直りしてはすぐに喧嘩して・・・
ずっとこの繰り返し、
私も疲れたーーー。
でもそれ以上にきっと星ちゃんの方が疲れたと思う。
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