#05.
帰り道、珍しくーーー。
本当に珍しく星ちゃんはずーと黙っていた。
・
「太陽、悪いんだけど少しルナ借りても良い?帰りは送り届けるから。」
「おう。あまり遅くならないように頼むよ。」
えっ、と私が星ちゃんを見ると彼はスタスタと歩き出した。
星ちゃんはマンションの近くにある公園に身を寄せて2人でベンチに座った。
「ーーールナは音大に行くと思ってた。太陽もおじさんもそれを期待してるよ。良いの?」
雑談を踏むことなく星ちゃんは本題に入った。
「うん、すごい悩んで決めたことだから。」
私は進路のことで星ちゃんに相談したことはない。
というか色んなことを星ちゃんに相談しない。
そんな時間があるなら限りあるこの大切な時間を楽しく一緒に過ごしたいと思ったから。
「でも俺はルナの音色がすごく好き。聞いてるだけで心穏やかになるよ。もっとその才能を伸ばしてほしいと思ってる。」
いつになく真面目な星ちゃん、
こんな顔は滅多にない。
「ありがとう。でも決めたことだから。」
星ちゃんはそれ以上何も言わなかった。
「ーーー私、帰るから出たら?」
どうしていつも星ちゃんの携帯は忙しいんだろう。
どうしてこの人はこんなにモテるんだろう。
どうして私はこんな人を好きになったんだろう。
「帰ったらかけ直すから良いよ。」
「相変わらずモテますね(笑)」
「ーーーるなはさ、俺が女友達と遊んでも家に呼んでも電話しても怒らないよな。」
「怒ったところで誰が得するの?」
「俺はこの前、ルナがクラスの男の子と2人きりで教室にいた時、嫌だって思ったけどなぁ。今の若い子ってそんなもんなのかな(笑)」
ゴメンねってちょっと思ったーーー。
私だって思うことは本当はたくさんある、
でも素の自分を出したら黒い自分すぎて星ちゃんが引いてしまうから本当の気持ちは言えない。
帰宅したのが7時過ぎ、
星ちゃんも一緒にご飯を食べていくことになった。
私は自分のご飯が終わるとすぐに部屋に篭ったけど、
多分星ちゃんは遅くまでいたんじゃないかな。
お兄ちゃんとずーと何かについて話していたのは聞こえた。
・
次の日の放課後もまた私は職員室に行った。
吉谷先生も私を待っていてくれて既に椅子も準備されていた。
「ゴメンね、先生も忙しいのに。」
「えーとね、調べたところ推薦出来るのはこの3つの大学!特に英語に強いのはこの青嵐女子大だね。交換留学などに強いのがLC国際大学、この二つを兼ね合わせたのがCUP国際大学だね。どこも広瀬の家から1時間程度かな。ついでに言うと青嵐女子大学は音楽部もあるから転部は出来ると仰っていたよ。」
「ーーーありがとう、先生。これ持って帰っても良い?明日までに結論出すから・・・」
「どうぞどうぞ、悩みすぎんなよ。」
この日は短時間で終わり、私はそのまま帰ろうとしたけどやっぱり音楽室の前を通るとピアノに目がいってしまうのは仕方ないことでーーー。
また音楽室を拝借した。
ピアノは弾かないーーー。
ただ音楽室に設置されてる大きなグランドピアノを眺める。
自宅にあるピアノとはサイズが全然ちがう。
トーンと音を出しても音質も違う。
ピアノによってこんなに音が違うのも不思議、
でもやっぱり好きだなぁって思った。
好きだからこそ諦めなきゃならないピアノーーー。
やっぱりそれは悔しくて涙が出て来たーーー。
その時、ふわっと背後から良い匂いがした。
あぁ、私の大好きな匂い。
星ちゃんの匂いだ。
「ーーー何でピアノの道いかないんだ?何か理由があるんだろ?」
星ちゃんに抱きしめられてると知った私は立場的にも彼の腕から逃げなきゃいけないのに嬉しくて両手で彼の腕に触れた。
「今スランプ中なのーーー。星ちゃんが音色が好きって言ってくれて嬉しかった。でも弾けないのにピアノの道に進むなんて出来ないでしょ(笑)今出来ることをやりたいのーーー。英語も好きだし、いつかまた弾ける時が来たらその時考えようかな、って思うの。」
星ちゃんは私の頭の上に自分の顎を乗せた。
「ーーー不器用だね、ルナは。」
その言葉で何故か涙が溢れた私は、しばらくずーと星ちゃんに包み込まれながら涙を流した。
多分彼の優しさが嬉しかったんだと思う。
そんな私を星ちゃんは向きを変えて強く抱きしめてくれた。
そんなことされたら涙が止まらないよーーー。
甘えてゴメンね、そう強く思った日だった。
・
星ちゃんたちの教育実習は無事に終わり、
最終日に女子たちから連絡先攻撃を受けていたのを偶然通りかかった。
そういうことにあまり興味がない振りをしている私は冷たい視線を送り、
星ちゃんと目が合っても無視を貫いたー--。
お兄ちゃんみたいにハッキリ断れば一瞬で終わることなのに、
良い顔をしようとするから困るんだよ、と変なモヤモヤを抱えたの。
「あれは酷くない?完全スルーだよ?(笑)」
実習が終わった記念と勝手につけて夕飯を食べに星ちゃんがやって来て、
私は朝の助けに入らなかったことを現在軽く責められているわけです。
「俺みたいに軽くあしらっとけば良いのに相手にするからだよ。」
「お兄ちゃんの言うとおりだよ!(笑)」
「でも目が合ったじゃん?おれ、助け求めたつもりだけど?笑」
「だってあそこで助け舟出したら、私が今度責めらるし、そんなの嫌だよ(笑)」
本気じゃないやり合いを今しているわけで、でもこの時間がなんだか楽しくて幸せを感じるときでもあったりして。
「俺、大学に戻る準備してくるわ。ー--適当に帰って(笑)」
「ひどー-い!大ちゃん、俺への扱い酷くない?ていうかルナもだし・・・星ちゃん、悲しい(笑)」
「いや、可愛くないからね(笑)」
そっか、明日お兄ちゃんは大学に戻るからまたお父さんとの二人暮らしが始まるんだな。
「ー--勉強はかどってる?試験、来週だっけ?」
「うん。小論文だから文章の書き方とかを今教えてもらってる・・・」
「頑張れよ。」
二人きりになるとおふざけが消えて、私の受験の話になった。
優しく微笑んでくれる顔が好き。
私が唯一優越感に浸れるのは星ちゃんが私に向ける優しい顔をするとき。
今まで散々彼が他の女性といるとこを見て来たけど、
そうやって微笑んだりしているのは見たことがない。
今日の女子からの連絡先を聞かれていた時も迷惑そうな顔をしていて、
たいてい星ちゃんはそんな顔しかしないから優しい顔をされるとうぬぼれてしまいそうになる。
「ありがとう。終わったら行きたいところがあるんだ。」
「おっ、どこ?」
「温泉に行きたい笑」
「何歳だよ!(笑)まぁでも良いか、合格祝いに連れて行ってやるから絶対に合格しないとな(笑)」
「うん、頑張るわ!」
・
お兄ちゃんは次の日の夕方、大学へ戻った。
ーーー次に戻ってくるのはきっとお正月。
でも4月以降は一緒に住めるから、私はそっちの方が楽しみだった。
「またテレビ電話するから。」
「うん。体に気を付けてね!」
お兄ちゃんが大学進学する時はすごい泣いた私、
でも今回は泣かないよ。
星ちゃんもお父さんもいるし、何よりもお兄ちゃんは帰ってくるから。
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