【 わたしの好きなひと 】#57. 女の嫉妬*

わたしの好きなひと。

#57.

週明けーーー、
私は大学に到着するなり4人組の女性に人気の少ないところに連れて行かれた。



「ーーー私たちが何の用があって呼んだか分かる?」
大学で授業なんて人それぞれ違うのに、
私を国際法の教室の前で待ち伏せしていたこの4人、どうやら同じ学年の子と先輩方のようだ。
「・・・交流試合の時のことですか?」
思い当たる節はそれしかないから素直に問いかけた。
それに私が想像していた通りで、今日は久しぶりに授業に参加したら私に対してヒソヒソ話している声が多く聞こえた。
悪いことはしてない、堂々としていれば良いと気持ちでは思うけど。
やっぱり何を話されて何を気分を害してしまったのだろうかなとは気にはなるのも事実だ。
「あんな出しゃばって・・・福岡君や熊谷君の気持ちを考えなかったの?」
「ーーーすいません、福岡君と熊谷君って誰ですか?」
素直に問いかけるーーー。
「はっ!?知らないというわけ?ーーーあんな大勢の目の前でよくも彼らに恥をかかせたわね、大学のアメフト部に泥を塗ったも同じなのよ!?」
ーーー話の流れからキャプテンと副キャプテンだということは分かった。
だけどどうしてそれが大学に泥を塗ったことになるんだろう、
だってあのまま放置していたらお兄ちゃんは本当に脳震盪を起こすところで・・・。
「でもあのまま放置していたら兄は脳震盪で病院送りでした・・・」
「病院送りになれば良かったのよ。」
耳を疑った・・・。
「えっ!?」
「お兄さんなのか知らないけど、病院送りにでもなって出れなくなればあの試合に勝てたじゃない!」
「ーーーそんなことしてキャプテンや副キャプテン喜びますかね?不正と同じことをして、それで勝利して嬉しいんですか?」
カチンと来て、また感情的になってしまった。
売られたケンカを買ってしまった・・・。
「あなた・・・顔が可愛いからって調子に乗ってるんじゃないわよ!」
ーーー ドンっ!!! ーーー
私は恐らく四年生だと思われる女性にめちゃくちゃ強い力で押されて地面に頭を打った。
「ーーーいった・・・キャプテンと副キャプテンどちらに好意を寄せているのか知りませんけど、こんなことして好かれると思いますか?」
「ほんと・・・生意気ね!」
ーーー バッチーーン!!! ーーー
起き上がろうとした私をさらにビンタが襲い掛かり、私はまた地面に倒れた。
「ーーー千尋、もうやめておこうよ。・・・私たち行くから!」
ーーー一瞬にして消え去った先輩方を遠めに見ながら、私は二度打った頭の痛さでそのままそこに倒れた。



寝心地の悪いベットーーー。
グレーのギザギザした天井、汗臭い部屋の匂いで目が覚める・・・。
「んっ・・・」
「ーーー気が付いた?」
知らない声にハッとして目を開けると、そこにはおそらくキャプテンだと思われる人がいた。
ただまだ意識が朦朧としている中でのことなので、はっきり返せない。
「あの・・・」
「あっ、倉庫の前で倒れているのをランニング中に見つけてしまって、医務室ないしとりあえずここに連れてきた。ーーーアメフト部キャプテンの福岡 奏です。」
「わたしは・・・」
密室に二人、しかも相手はあまり知らない相手で私は怖かった。
だけど助けてもらった恩義もあるーーー。
「広瀬ルナちゃんだよね。ーーー副キャプが2年で君と同じ授業を取ってるって言ってたよ。」
「ーーーそう、ですか・・・えっと、戻ります・・・」
「待って、もう少し安静にした方が・・・何もしないし、何なら出ていくし。」
飛び切りの笑顔で悪いこと一切ありません、という爽やかな笑顔で言われたら断りにくくなる。
「ーーーありがとうございます。」

私が横になっている間に福岡さんは警戒心を持たせないように色んな話をしてくれた。
なぜ自分がアメフトをやろうと思ったのか、
今の憧れの選手・・・。
そして先日の交流試合で同じポジションQBの星ちゃんに魅力を感じてしまったこと、
聞いてもないことをたくさん話してくれた。
のは良いのだけど、そのせいで全然安静には出来なかった(笑)

しばらく安静にしてから私は必須の英語のクラスに出るーーー。
そこには理央がいる、だから救われる、そんな思いもあった。
案の定、理央はいつも通り私に優しい笑顔で元気よく話しかけてくれる。
でも一部の声が聞こえてきた。
「ーーー理央ちゃん、広瀬さんから悪影響もらわないかな・・・」
という声はハッキリ聞こえた。
ーーーわたしって学校にとってそんなに悪いことをしてしまったのかな?
ただ自分のお兄ちゃんを助けて、先輩方の立場を悪くしてしまったのかもしれないけど。
それってそんなに悪いことだったのかな?

そんな日々が、数週間・・・
普通に会話していたクラスの子も、次第に私と距離を置くようになる。
英語のクラスに関しては理央だけしか話せる相手がいなくなった。
古英語に関しては希ちゃんと朝日君だけ。
そんな私と一緒にいることが彼らに悪影響を及ぼすのではないか、とワタシも考えるようになってしまった。



「ーーー星ちゃん」
そんな不安を抱える毎日で、でも星ちゃんにはどうしても言えなかった。
だって私を肯定してくれるのは分かっていたし、
星ちゃんに話したところで明確な解決策が見つかるとは思わなかったから。
「ん?」
「ーーー抱いて欲しいの。」
「えっ、今日も?」
そんな不安をかき消すかのように私は星ちゃんに愛されることを望んだーーー。
本当に彼が愛しているのかは分からない、
彼の意志ではなく自分から頼んで毎日抱いてもらった。

きっと星ちゃんも毎日私を抱くことには疑問を抱いていたんじゃないかなーーー。
何も言わなかったけど、
聞こえないふりをしていたけどいつもため息ついていたの知っている。
ーーーごめんね、でも、今の私は星ちゃんに抱かれることでしか不安をかき消せない。

そしてさらに数週間が過ぎ、
星ちゃんの合宿の日も近づいてきた2年目。

私は大学で一人ポツンと授業を受ける、
話し相手は誰もいない、
あんなに大好きだった佐久間さんの彼女の栞ちゃんも「ゴメンね、友達にルナちゃんと話すなって言われちゃって・・・」という簡単な理由で一言も、挨拶すらしなくなった。
だから最近は一人屋上でお弁当を食べることが多い。
「ここ、一緒に食べても良い?」
そんな一人のお弁当の時間に時々来る人物がいるーーー。
「ーーーどうぞ、今日も朝ご飯忘れたんですか?笑」
朝食をいつも抜いてくるから、と遅めの朝ご飯を私の横で楽しそうに笑いながら食べる人。
「奏さんって犬みたいって言われませんか?」
「ーーーえ~~。言われないけど、人懐っこいねって言われるよ。」
福岡キャプテンは私がぼっちなのを知っている、
だからこうして時々私の様子を見に来るんだと思う。
話しているうちに悪い人じゃないと私も理解して、彼を奏さん、私をルナちゃんと呼ぶ関係まで上がった。
何だろう・・・
この屋上の奏さんと話している時間は嫌なことを忘れられる、
唯一学校で忘れられる時間で・・・
まるでお兄ちゃんと一緒にいるような感覚だった。
何だろう、すごく安心感のある人だと思った。

そして私はたいていバイトのない日は、ちょっとした音楽室に身を寄せることが増えた。
誰もいない、ただ一人だけの世界に入り込める。
恐らく廃校となったこの音楽室、誰も来る気配もなく、私は鍵盤に触るーーー。
弾けるかどうか分からないけど、弾くのが怖いという恐怖はなくなった。
ーーー トーン、トーン、トーン ーーー
少しずつ音楽をつけて行こうと軽く鍵盤に触れるも、調子が良くこの日は先まで行けそうだと思ったーーー。
「ーーーへぇ、意外な才能があったのね(笑)」
背後から聞こえた声にハッとして後ろを見ると、先日の4年の先輩がそこにいた。
「どうしてここが・・・」
「あなたを見かけて付いてきたのよ、付けられているのも気が付かないなんて抜けてるのね(笑)」
その人は私が弾くピアノの前に腕を置いて私を睨んだ。
ーーーそして私の両手を強く鍵盤の上に押し当てた。
「痛い・・・何するんですか!」
そして・・・
先輩はピアノの蓋を私の指の上に強くしめようとしたー-ー。
「や、やめて!なんでもしますから!」
私は必死に止めた、今この指が壊れてしまったら私に残されるものは何もなくなってしまうーーー。
「ーーー馬鹿なの?私がそこまでするわけないでしょ。ーーーだけど、忠告するわ。これ以上、福岡君に近づいたら次はないわよ。約束できる?!」
怖い、この人は本気だ・・・
「や、約束しますから!だから・・・」
その言葉を聞いた先輩は私の指を鍵盤から離し、あまりにも怖かった私はすべての荷物を持って大学を去った。

ただ怖かったーーー。
女の嫉妬、その怖さを初めて知った気がする。
すぐに分かった、先輩は本気で私をつぶそうとしているって。
私の変な噂を流しだしたのもきっと先輩、
それを鵜吞みにする方もどうかと思うけど・・・
私から全てを奪おうとしている、そんな気がした。
このままではきっといつか星ちゃんのことも気が付かれてしまう。
ーーー私が福岡さんと距離を置いて、大人しく学校の為だけを思い何も行動しなければそのうち収まる。
そう思って、私は彼女の言うとおりに行動することにした。

「ーーーごめん、今日は疲れているから抱けない。」
夜、初めて星ちゃんは私を拒んだーーー。
「・・・私のこと好き?」
「どうした?ーーー毎日抱くのは俺もきつい・・・」
きっとそれが正直な星ちゃんの気持ちなんじゃないかな。
愛がないから抱かないわけじゃないし、愛があるから抱くわけでもないのは分かっている。
愛があっても抱かないカップルだって多くいるのも知っている。
でも・・・あれだけの女性を今まで抱いてきた人だからこそやっぱり拒まれるのはショックだった。
「・・・わたし、学校辞めて星ちゃんの側にいたい。」
私は星ちゃんに抱き着いたーーー。
「何かあったのか?」
「ーーーダメ?」
私の問いかけが真剣だったこともあり、星ちゃんは少し私から視線を外した。
「ごめんな、今すぐは希望には応えられないかな。ーーールナと一緒にいたい気持ちはきっと同じだと思う。だけど、感情的な気持ちで決めることではないと思うから、さ。」
それが星ちゃんの答えだったーーー。
「ウソでも良いから、俺もだよって言って欲しかったーーー・・・」
そしてこれが私の本当の気持ちだった。
「ルナ・・・?」
「もう寝るね、お疲れさま。おやすみ。」
私は強制終了的に反対側を向き、そのまま目をつぶった。

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