#52.
ーーー季節は過ぎ、11月の半ば。
もう半袖では過ごせないくらいに寒い。
そんな季節、
星ちゃんの初めてのシーズンが始まった。
・
社会人になって初めてのシーズン、
私にしてあげられることは特別なかった。
ただ笑って側にいる、それだけしか出来なかった。
とにかく星ちゃんは忙しいーーー・・・。
初めてのシーズンで、特に重要柱でもあるQBというポジション。
まだスタメン出場にはならないのかもしれないけど、いつ出れてもおかしくないように体調や肉体面において万全でいなければならないというプレッシャーに襲われていると思う。
大学を卒業してからこれまでは特別食事に何かを言われたことはなかった、
でも最近よく言われる、たんぱく質を多めにして欲しい、と。
それだけ食事面にも気を使っているんだから、かなり気を張って練習もしているんだと思う。
練習もかなりハードな様子で、
最近は会社の寮で選手用の夕飯を食べて来ては帰宅して、
そのまま寝ることが多い・・・。
夜はほとんど会話をしなくなった。
週末も今は遠征でほとんどいない・・・。
そんな日々を私たちは過ごし始めた。
寂しくないと言ったらウソになる・・・。
でもシーズンが始まる直前に何度も覚悟をして欲しい、と言われていたことだから今は信じるしかない。
でもすれ違いだけはどうしても避けたくて・・・
お互いに朝食は一緒に取るようにしよう、という約束をした。
「今日・・・よく分からないけど雑誌のインタビュー受けることになった。」
私は持ってたコーヒーを落としそうになるほど驚いた。
「えっ、すごい!!!」
「めんどくさいだけ・・・」
星ちゃんは時の人、とは大げさだけど・・・
中高大学とアメフトを続けてきたからこその知名度は高い方、
イケメンQBとして・・・
これから活躍してまたファンが増えると思うとすごく不安だけど、ね。
「でも期待されているからインタビュー受けるんだろうし、いつもの調子でやれば大丈夫だよ!」
「ーーーそれはそのつもり(笑)だから・・・早く帰れるけど、どっか飯食いに行く?」
それはすごくすごく嬉しいお誘いなんだけど・・・。
今はそれよりも星ちゃんには休養が必要だと思う私。
「ううん、大丈夫。シーズン終わってからにしようかな(笑)ーーーご飯は家で食べるの?」
「その予定・・・」
その日も星ちゃんは大きな欠伸をしながら出勤した。
・
私自身は大学もだいぶ慣れ、今では友達もたくさんできた。
希や朝日君とは相変わらず仲良くしているけど、それ以外にも英語のクラスで特に理央と仲良くなった。
英文科というだけあって私の大学はレベルに分けられた英語のクラスがあり、
クラス分けテストが半年に一度行われている・・・。
上からA/B/C/Dのクラスに分かれていて、先月行われたテストで私は一つ下のCクラスになった。
クラスが下がったからと言って内容が大幅に変わるわけではないんだけど、
同じレベルの子たちと一緒に勉強をした方が伸びるという学校のスタンスらしいーーー。
前のクラスも今のCクラスも同じになった理央は、学校のチア部に入っているスタイル抜群の女子だ。
色んな部活の応援に駆り出されるから非常に多忙な子だけど、
きちんとバスケ部の同期に彼氏がいる。
希や理央を見ていて思うのは、学内に彼氏がいるってとても幸せなことだなと思う。
同じ学年でも違う学年でも同じ敷地内に好きな人がいるだけで、心強さというもは強いんじゃないかなと思った。
ーーーかといって今の私は星ちゃん以外の人は考えられないけどね。
・
もうすぐ18時を回る、星ちゃんからのメールによればもうすぐ帰宅するはずだ。
でも19時を回っても全然帰ってこなくて、
何度か電話しても応答されることがなかったーーー。
「星ちゃん!!」
さすがに心配だった私は行き違いになっても困ると思って、
アパートの駐車場で待った・・・。
そして8時半を過ぎた頃に星ちゃんが何気ない様子で帰宅した。
「えっ、ここで何してんの?」
「何してんのって・・・何度メールしても電話しても応答がないから心配になって・・・」
そして星ちゃんはその場ですぐに携帯を確認した・・・。
「ーーー悪い、今見た・・・。ちょっと捕まっちゃってさ、連絡出来なくて悪い。」
その時かすかに香った香水の匂いーーー。
すぐに分かった、女性と会っていたことくらい。
「ーーーご飯は?」
「食べてきちゃったわ、悪い・・・。」
「家で食べるっていうから用意したのに・・・連絡・・・」
星ちゃんが何となくめんどくさそうな顔をしたのが分かって、私はそれ以上は何も言えなかった。
女性と会っていたからと言って浮気とは限らない・・・。
ただの上司かもしれない、友達かもしれない・・・
だけどね、星ちゃんは何もしてなくてもモテるから不安になるの。
嬉しかったんだけどな、家で久しぶりに食べてもらえるって思って。
ーーー久しぶりに一緒に囲む夕飯、
どれだけ楽しみにしていたか星ちゃんは知らないよね。
きっとそう思っていたのーーー、私だけなんだよね。
・
次の日の朝もその次の日も、さらにその次の日も朝食は共にする。
何気ない日常を一緒に過ごす。
でもね、不安ばかりが増す毎日で、一緒に過ごすのが辛くて。
さらに追い打ちをかけるように、試合がない週末の前日の金曜、星ちゃんは帰宅しなかった。
ーーー正確に言えば朝帰りをした。
さすがに私は何もない振りが出来なくて、問い詰めてしまった。
「ただいまーーー。ゴメン、連絡出来・・」
星ちゃんが言いかけた言葉の先を聞かずに私は彼に手をあげてしまった。
ビンタしちゃった・・・。
「ルナ・・・」
「なんで連絡してこなかったの?電話に出れないほど帰れないほど大切な用事だったの?!ーーーこの前の女性と会ってたの?!」
「何の話だよ・・・」
「この前も女性と会ってた、知ってるんだよ。」
「あれは契約の話で・・・」
契約ってなんの話?今の契約が変わるってこと?
「星ちゃん、私には何でも話せっていうのに自分は話してくれないよね。そんなに頼りない?4歳も年下だから話しても無駄だから?」
「落ち着けよ。」
星ちゃんは私をなだめようと肩に触れようとした。
「触らないで!!ーーーどうせその人と寝て来たんでしょ?!そんな汚い手で触らないで!」
「ちげーし・・・。まぁどちらにせよルナはどんなに一緒にいても俺の事信用できないってことだよな(笑)」
それだけ言い捨てて星ちゃんは寝室に行った。
ーーーそうだよ、星ちゃんの言うとおり、私は彼をいまだに信用できていないんだ。
だからすぐに不安になるんだーーー・・・。
だから何も言い返せなかった。
・
今思い返せばもう少し星ちゃんにあの時、寄り添ってあげるべきだったのかもしれないと思う。
あの時ーーー。
普段は寛容な星ちゃんがいつになくイライラしていて、
いつになくやる気がなかった・・・。
自分のことで精いっぱいで私はそれに気が付いてあげられなかった。
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