#38.
人工芝の広いグランド、
会社持ちだと言うのがすごい。
アメフトに力を入れているんだな、と言うのがわかる。
グランドのフェンスの片隅に女性たちの集団を見つけたから、
お兄ちゃんが言ってた黄色い声援とは彼女たちのことなんだろうと思った。
彼女たちに混じって私も見ていようと思ったけど、
絡まれても嫌だったから少し離れた場所の芝生に座ってお兄ちゃんたちの練習を見ることにした。
ーーー小さい。
グランドが広いからなんだけど、練習風景が非常に小さい。
私がもしあの輪にいる女の子たちだったらもっと近くで見たいと思う。
まぁ一般人の観客たちだし見れる範囲が限られているから仕方ないんだよね。
ーーーでも私にはわかる、星ちゃんがどこにいるか。
QBだしど真ん中にいるんだけど、
何人もいるQBの中からだって簡単に見つけることが出来る。
恋の力はすごいんだよ。
ボーとしながら星ちゃんやお兄ちゃん含めたみなさんの練習姿を目に焼き付けている。
ーーーそして星ちゃんが私に気がついた気がする。
私の方を一瞬見て微笑んだ気がしたの。
それだけで、たったそれだけのことなのに胸がくすぐったかった。
・
何事もなく毎日が過ぎていき、
私と星ちゃんも前よりも仲良く過ごしている。
「明日の朝イチでチームミーティングだから、今日は夕方練習がないからどこかで夕飯でも食べようか。」
「うん!」
星ちゃんはアメフト推薦で会社に入ったから、
職務をするのは午前中だけ。
午後からは練習に集中しているーーー。
今の時期は週末のどちらか、ゴールデンウィークの数日とも試合で残った日はファンイベントなどに駆り出されていた星ちゃん。
なかなかお疲れだと思う・・・。
ーーーそんな中私を労ってくれる気持ちがすごく嬉しい。
私も手術を3日後に控えている。
そして問題が起きたーーー。
夜ご飯は何が良いかな、どこに行こうかな。
と楽しみすぎて授業なんてほとんど身についてない。
携帯でネットサーフィンしながら、
先生がホワイトボードに書いた内容はノートに記す。
ーーーそして5限までの授業が終わった4時過ぎ、
星ちゃんとの待ち合わせには時間もあるし一度帰って着替えようと思った。
そして学校を出た私・・・。
ーーー帰る道がわからなくなってしまった。
あれ?どっちだっけ?
ーーーあれ、駅はどっち?
テンパってしまって思い出せるはずのものもわからなくなってしまった私は一度学内に戻った。
冷静になるためにベンチに座り深呼吸、
でも分からなかったーーー。
「ーーーお願い、出て・・・」
ダメだって、練習中だって分かっていたけど私は星ちゃんに電話した。
5回コールして出なかったら切ろう、そう決めた。
最後の5回目のコール・・・
「ゴメン、シャワーしてた!」
電話切ろうとした私の耳に届いた星ちゃんの声。
「・・・っっっ!」
私は声を聞いたら涙が溢れて声にならなかった。
「ーーーどした?なんかあったか?」
「・・・今学校で・・・帰ろうと思って・・・」
「うんーーー。」
話を聞きながら星ちゃんが移動してるのが分かった。
ガヤガヤ騒音が聞こえていた最初、
今は無音の世界にいるみたいに静かな場所に変わった
「駅までの道が、家までの道が・・・」
「ーーー分からなくなっちゃったんだな?」
「どうすれば良い?右?左?どっち行けば良い?どこに行けば星ちゃんに会える?どうしよう・・」
動揺してパニックを起こしてる私に対して、
落ち着いた声で星ちゃんが言った。
「・・・るな、一度深呼吸して、落ち着こう。」
「ーーーうん。」
私は言われるがままに深呼吸をした。
「あと10分で会社出れるから、学校で待ってられる?そこから動かないで。」
「ーーーゴメンね、ゴメン・・・」
私は星ちゃんのいう通りにその場から離れなかった。
30分くらいしてから星ちゃんが息を切らして来たけど、
もう私は涙で顔がひどくて、
ただ彼に抱きついたーーー。
何度も何度も謝ったーーー。
・
約束していた夜ご飯は食べに行けなくて、
最終的にデリバリーにした。
ーーーそして私は今、横になってる。
体調もきっと良くなかったんだよ、と心配してくれた星ちゃんに甘えて全てを任せることにした。
でも・・・
不安だった、こうして彼を忘れてしまったらって。
今日の出来事は結局記憶が戻ったことで終わったけど、
もし戻らない何かが出てしまったらと思うと怖くて仕方なかった。
それを考えるだけで涙も震えも止まらないーーー。
「ビールがない。ーーーちょっとコンビニ・・・どした?」
ガチャっと話しながら寝室に来た星ちゃんは、
私が涙を流しているのを見て驚いた。
すぐに私のそばに来て手を繋いでくれた。
ーーー不思議だね、たったこれだけで気持ちが安らぐの。
「わたし、星ちゃんが好き。」
「ーーー今言わなくても知ってるよ(笑)」
「もし・・・この気持ちを忘れてしまっても、今の私の気持ちを覚えておいて欲しいの。」
私は真剣な眼差しで言ったーーー。
星ちゃんは私を強く抱きしめた。
「バカなこと言うな、ルナは絶対に大丈夫だから。俺は信じてる。」
「ーーーこわい、こわいよ・・・。今日みたいに突然忘れてしまうことがまたあったらって・・・」
「ーーー怖かったな。よく頑張ったよな。」
星ちゃんは小さい子供をあやすように私に話していた。
「ーーー手術したら大丈夫なんだよね?わたし・・・元に戻るんだよね?」
「先生はそう言ってたんだろ?」
「ーーー怖いよ。もし戻らなかったら?・・・わたし、星ちゃんのこと忘れちゃうの?」
「大丈夫・・・絶対に!」
私を抱きしめる手に星ちゃんは力を入れた。
ーーー私はただ彼の腕の中で眠るまでひたすら抱きついていた。
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