#34.
星ちゃんの入社式は4月2日、
まさに今日だーーー。
・
新調したスーツを着用して髪の毛セットして向かう星ちゃん。
ーーーもう何度も練習に参加してるから緊張も何もない彼だけど私の心は不安でいっぱいだった。
「行ってくるよ、そのまま研修と練習だし、何時になるか分からないけど・・・」
私は玄関口で彼に抱きついたーーー。
星ちゃんはきっと私の不安を感じ取ってる。
だから何も言わずにヨシヨシと軽く撫でてくれた。
「変な人に知らない子について行かないでね・・・」
「俺は子供か!笑 安心しろ、俺は学生時代とは違うんだ笑」
意味不明な自信を持って言ってたけど不安は消えない。
ーーーでも私は笑顔で送り出した。
・
「るなちゃん、ガトーショコラお願い!」
私はだいぶバイトにも慣れ、
今は普通に一通りの仕事が出来るようになった。
ーーーそれでもまだまだ指導員の佐久間さんに叱られることはある。
「40番でお待ちのカフェラテお待たせいたしました!」
基本笑顔は絶対に欠かせない仕事、
辛いことがあったりした時にこの仕事は大変だなと思うけどやっぱりやりがいがあると思う。
ーーー佐久間さんは笑顔が苦手だから、
いつも佐久間さんの接客の時は私たちがジロっと見ていて睨まれては笑ってる。
人生で初めてのバイトだけど、
素敵な仲間も出来て入学前に充実した生活を送れている自分は褒めたいと思う。
・
バイトも終わり食材を買って帰宅した私。
星ちゃんが何時に帰宅するか分からないけど、
自分の分の夕飯のついでに彼の分も作った。
ーーーほんの少しのお祝いも兼ねてハンバーグを。
< 同期と飲んで帰るから先に寝てて良いよ。>
その日、星ちゃんからの連絡はこのメールひとつだけだった。
私は彼のことはなるべく考えないように過ごした。
お風呂に入って、
録画を見たりしてーーー。
頭の片隅で星ちゃんの同期は女の人はいるのだろうか、
男の人はどんな人なんだろうか。
そんなことばかり浮かんできたけど浮かぶたびに首を横に振っては頭を切り替えた。
「ーーーただいま。起きてたのか?」
「ーーーうん、寝付けなくて・・・」
23時前、星ちゃんは帰宅した。
多分明日も仕事だから早めに切り上げたんだろうと思う。
ーーー金曜が怖いな、と思った。
「そっか。風呂入ってくるけど・・・待ってるか?」
「・・・良い?」
「なら早めに出るからテレビ見てな。」
星ちゃんのシャワーは本当に早かった、
私のためだと思うと気の毒だけど少し嬉しかった。
いつからだろうーーー、
星ちゃんが隣にいないと不安で寝れなくなってしまったのは。
実家にいた時、
お父さんがいなくても平気で1人で寝ていたのに。
いつから1人で寝れなくなってしまったんだろう。
ーーーこれでは彼に迷惑がかかる、そう思った。
「ーーー顔見れたから、寝れそう。寝るね。」
嘘ついた、だってきっと今から星ちゃんは1人の時間が必要だと思ったから。
「えっ、そーなのか?ーーーゆっくり休めよ、おやすみ。」
「おやすみ、また明日ね。」
・
それから数日、私は星ちゃんが帰宅するのを音で聞いてから眠るようになった。
ーーーきっと彼は私が先に寝てると思ってる、
でも本当は布団の中で起きていた。
「ーーー行ってきます。」
そして、私は今日入学式だ。
でも実は昨日の夜に久しぶりに起きた頭痛であまり寝れなかった。
「顔色あまり良くないけど大丈夫か・・・?」
仕事に行く前に見送ってくれる星ちゃん、
いつもと逆の立場だねーーー。
「大丈夫!低血圧だから朝は弱いんだよ(笑)」
「ーーーバイト無理そうなら休めよ。」
「お父さんみたい(笑)」
ーーー笑顔で家を出た。
大学に入る不安と楽しみ、
両方を心に抱えてーーー。
入学式は学校の講堂で行われた。
ーーーでも出れなかった。
頭痛からの吐き気に襲われて、ずっとトイレにいた。
だから星ちゃんの言った通りバイトも休んだ。
その日は金曜ということもあって星ちゃんの帰宅はいつも以上に遅かった。
「ーーーごめん、連絡も出来なくて。」
寝たふりをしている私の横に座った星ちゃんは言った。
ーーーもう2時だよ、
終電もなくなりきっと歩いて帰ってきたんだと思う。
わたし、まだお父さんと住んでる頃は星ちゃんと会う約束とかが多かったから知らなかったけどーーー。
夜中に帰宅したり家に帰らないっていうのは、
彼に取って日常茶飯事だったのかもしれないと思った。
前にも思ったことだけど私という存在が彼の自由を奪ってるんじゃないか、とまた思うようになった。
少しの沈黙があってから部屋を出て行った星ちゃん。
ーーー申し訳ない気持ちで私は涙をこぼした。
・
土曜日、私はいつも通りに起きたーーー。
そして星ちゃんは昼過ぎまで爆睡、
そりゃそうだろう、あんな遅くに帰宅したんだから。
でもそれで良かった・・・。
今日もまた頭痛がひどく、あまりやる気が起きなかった私はソファに座ってボーとしてた。
ーーーここ連日で起きる頭痛はなんなんだろう。
やっぱり大学に入学する不安が大きいのかな、
そう言ったストレスが頭にきてしまっているのかな、と思った。
「ーーーっっはよ・・・」
ガチャっという寝室からの音で私もハッと我に返る。
「おはよう。ご飯食べる?」
「ーーー眠すぎて・・・シャワー浴びるわ。」
寝ぼけながらシャワー室に行った彼を見送る。
ーーー私って星ちゃんの全てが好きだなと思った。
彼がお風呂から出てくるのを見計らって私はご飯の支度をする。
ただの焼き魚と卵焼きと味噌汁だーーー。
「いただきます。」
星ちゃんはいつも丁寧にご飯を食べる。
そこからも生まれ育った環境が良いものだったと伝わるーー。
ーーープルルルーーー
ちょうど彼がブランチを食べ終わった時、
星ちゃんの携帯の着信音が鳴った。
ここ最近は平和な時間が過ぎていたから週末に着信が来るということは滅多になくて私も不安になんて全くならなかった。
でも・・・今日は違う。
なんとなく女性からの着信の気がした。
携帯を持って逃げるように寝室に行った星ちゃん、
聞かれたくない内容だからだよねーーー。
私の体調不良が二重していろんな不安を作る。
「ーーーるな、ゴメン。ちょっと出かけてくる。夕方には戻れると思うから。」
「・・・うっっ・・」
分かった、と返事するつもりが同時に吐き気がきてしまって私はトイレに駆け込んだ。
「ルナ!開けろ・・・」
私の後に続いた星ちゃんに見られたくなくて鍵を閉めた。
「良いから、行って!大丈夫だから・・・」
私は落ち着かせてからトイレから出て洗面所で手を洗う。
小さな子供のようについてくる星ちゃん。
「ーーー確認のために聞くけど、まさかと思うけど・・・」
「・・・安心して、星ちゃんが思ってるようなことではないから。」
「だったら・・・ここ最近体調が悪そうなのも辻褄合うよな・・・」
ーーー妊娠なんかしてない、ちゃんと避妊していたんだから。
それに私だってピルを飲んでた。
だから妊娠は絶対にありえない。
「本当に違うから!ーーーもう行って、本当に大丈夫だから。待たせたら悪いよ。」
私は追い出すように星ちゃんを外に追いやった。
それから少しだけ横になって、
あとは家仕事を始めたーーー。
星ちゃんが帰宅したのは本当に数時間後、4時前のことだった。
「ただいま。体調は?」
帰宅して早々、私の体調を確認する彼は心配だったんだろうとは思う。
それならメールの一つや二つくれても良いのに、と思った。
「大丈夫だよ。誰と会ってたの?」
「あーー、同期の数名だよ。水道橋勤務してる数名の中の一部。」
ほんのり香水の匂いがしたーーー。
あーーー・・・女性もいたんだね。
「ーーー女性もいたんだね・・・」
「いたけど、何で?」
「ーーー香水の匂いがするから。」
そうか?、なんて星ちゃんは自分の匂いを嗅いでいたけど私には分かるんだよ。
でも、そんなふうに分かってしまう自分が今は嫌だ。
「それよりさっきの吐き気・・・」
そう言って星ちゃんが私に近づいて手を伸ばした時、
無意識に私は後退りしたーーー。
えっ、とお互いに驚いた瞬間でもあった。
かなりきつかったーーー。
たとえ恋愛感情がなくても星ちゃんが他の女性に優しくした後、
私に触れるということがつら過ぎたーーー。
涙がこぼれ落ちて、もう無理だって思った。
あーー、私の心ボロボロなんだなって。
「るな、思ってること全部言って。」
星ちゃんはそれでも冷静だった。
「ーーー誰かに優しくした後に私に優しく触らないで。」
私は正直に言った、
でも思った通り彼は少し引いてたーー。
「ーーーごめん、意味が分からないんだけど。・・・俺が今、誰かと寝てきたと思ってる?」
「そこまでは思ってない・・・」
「まあどちらにしても俺は信用されてないってことだよな(笑)」
ーーー星ちゃんが笑った。
顔は笑ってても瞳は悲しんでたーーー。
「仕方ないよな、今までの俺の行いをルナは知ってるからこそ余計だな(笑)」
ーーー星ちゃんは傷ついてる。
私が傷つけたーーー。
・
その夜、私は一瞬記憶を失った。
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