僕たちの住む都心のマンションから母さんの家は車で30分の距離にある。
母さんに預けるときは車で寝かして帰ってくるようにしているから今日もそうだろう、と僕は思った。
*
放り投げてしまった造花をゴミ箱に捨て、僕は台所に立った。
苛立ちを花に向けてしまったことや聖ちゃんに苛立ってしまったことへの罪悪感から・・・ーーー。
だとは思いたくない。
聖ちゃんが実家に子供たちをお迎えに行ってから少し1人で冷静になった。
僕はただ聖ちゃんに喜んでもらいたかった。
だけど彼女はそれ以上に来賓の方々に喜んでもらいたいと思っている、という理解は出来た。
そしてもし自分が結婚式に片道2時間半かけて行かなければならないなら絶対に宿泊するだろう。
その場合、交通費も宿泊代も全額とまでは言わなくても式をする側が支払うようにと結婚式マナーの本には記載されていた。
多分ーーー、聖ちゃんはこのことを知ってた。
僕には言わなかったけど、
ただでさえ高額な結婚式に余分な費用は使いたくないという考えも少なからずあったと思う。
そこに出費するなら他の使い方をしたいと、きっと彼女は考えると思う。
少し聖ちゃんや第三者の立場になって考えていると自然に苛立ちも消えていき、
今は冷静にもう一度きちんと式場を探そうと前向きに捉えている自分がいることに驚いた。
*
僕は残念ながら自炊をした経験がほとんどない。
ましてや聖ちゃんと暮らし始めてから朝ご飯は時々手伝うことがあっても夕飯なんて作ったことすらない。
だから結局作れるものも限られていて、
チャーハンの素を使って2人分の卵炒飯を作った。
そして僕は寝て帰ってくるだろうと思ったからマンションエントランスで帰りを待った。
エントランスの前に車が止まり聖ちゃんはすごい驚いた顔をしていたけど、
案の定眠っている子供達を先に家に入れようとすぐ動き始めた。
聖ちゃんが駆け足で中に入ったのを確認して僕はこちらも深い眠りに入ってる潤と駐車場までのほんの少し男2人の時間を過ごした。
*
聖ちゃんは僕の作った炒飯をパクッと一口食べた。
台所にあった大皿をテーブルに運び、
2人分の食器を出して麦茶を注ぐ聖ちゃんは先ほどまでの悲しい顔はなくて嬉しそうに楽しそうに、
まるで遠足を楽しみにしている小さな子供のような表情を浮かべていた。
有無を言わずに僕の食器もシンクに運んだ聖ちゃんは休む間もなく洗い始めた。
テレビをつけーーー。
テレビでも見よかなーー、とカモフラージュをかけて僕は冷蔵庫に炭酸水を取りに行くフリをした。
そして、食器洗いしている聖ちゃんを後ろから強く抱きしめた。
僕は後ろから聖ちゃんを抱きしめているけど、
彼女の両手を自分の両手で覆ってもいる。
聖ちゃんに身動きさせないためだ。
聖ちゃんは下を向きながら、でも口調は強く僕に言った。
僕は手の強さを緩めて、
彼女の肩を持って自分と向き合うように立たせた。
聖ちゃんは僕に抱きついて来た。
僕たちの背丈差はちょうど良く出来ていて向かい合えば聖ちゃんの手が僕の腰にあたる場所にあるから、
抱きつきやすいんだとは思う。
彼女は恥ずかしそうに僕に伝えた。
訳わからなかった僕は何か伝えたいことでもあると思い彼女に届くように、背中を曲げた。
そして面食らったーーーー。
その言葉と同時に僕の頬に彼女の唇が突然落ちてきた。
コメント