次の日の朝、僕たちは早めにチェックアウトをして僕が宿泊する予定だったホテルに一度戻った。
まさか聖ちゃんがこのホテルに来るとは思ってなくて散らかしっぱなしの部屋を見て彼女は苦笑いをこぼしながらも荷造りを手伝ってくれた。
*
程なくしてロビ付近のカフェで待つ母さんに少しだけ子供達を預けて、
挨拶をしておくべきだと言い張る聖ちゃんに僕は不服に思いながらも向井さんと落ち合った。
向井さんの気持ちを聖ちゃんは知らないから仕方ないことだけど僕は何が起きるんじゃないか、
と思って早くその場から立ち去りたかった。
そういう時の時間は本当に遅く感じる、
「またいつでも我が家に遊びに来てください。」
なんて言っていた時には僕は即座に向井さんの顔を見てしまった。
ーーー流石の大人、向井さんも聖ちゃんも一つ距離を置いて話していることに僕は安堵を覚えた。
もうそれ以上先輩に聖ちゃんの笑顔を見せないでーーー。
そう思った時、もう一つのトラブルがやって来た。
カツカツと響くハイヒールの音、
強く臭う香水の香り。
ーーー僕は頭痛がした。
一気に僕たち3人の視線はそのハイヒールの方向に、
甘い笑顔をこちらに振りまく今時の女性がこちら側に進んで来ていた。
「ーーー彼女を呼んだの?」
僕の隣にいた聖ちゃんは一歩引いて僕を疑うように向井さんの方へと下がった。
「あれ?君は確か・・・ここで何してるの?」
その空気を読んだのか、向井さんが聖ちゃんを少し守るような形をとってハイヒールの女に話しかけた。
「今日帰るって部長に聞いたのでお見送りに来たんです!私も一緒に空港まで・・・」
「遠慮しておくよ、僕たちは仕事で来てるから。」
「でもそのヒト・・」
ハイヒールの女、佐々木さんが指摘してるのは聖ちゃん。
「彼女は黒岩の奥さんで家族だからね。あっちには子供たちもいる。だから帰ってもらえないかな?」
こうやって冷静に会話ができ、その会話の中でも聖ちゃんを守ろうとしてる向井さんに正直カッコ良いと思った。
そんな聖ちゃんは少し隠れるようになぜか僕ではなく向井さんの近くに立ってる。
ーーー何で?
下を向いてばかりで僕と視線も合わせようとしない。
どうして、聖ちゃんーーー。
「相変わらず愛想の悪い人ですね、こんな人のどこが良くて結婚したんですか?」
そんなことを思ってると佐々木さんの苛立ちは聖ちゃんではなく僕に向けられていることにハッとした。
それで良かったと思う。
人の愛する人を侮辱する人はいくら同じチームにいた人だったとしても許しがたい。
ーーーそして聖ちゃんを見ると少し怯える目をしてる、
僕から離れてるんじゃない、彼女から離れているんだということに納得した。
「妻の様子が昨日おかしかったのはあなたのせいですね。佐々木さんは新入社員なのにチームに入ってて尊敬していたのにとても残念です。彼女に何を言ったか知りまんが僕が愛してるのは妻だけです、これからもそれは変わりませんよ。」
佐々木さんに対しても、それと同時に向かいさんに対しても隙間に入らせたくない、と僕は聖ちゃんを自分の方に抱き寄せ宣言した。
「だから僕たちの邪魔をする人たちはたとえ同僚だろうと友達であろうと僕は絶対に許さない。」
僕はもう一度聖ちゃんを支える片方の手に力を込めた。
たぶん、
いや絶対に佐々木さんは僕の鋭い視線に負けたんだろう。
バカみたい、と言ってその場から去った。
それを見た聖ちゃんは突然僕の腰に抱きついて、
安心したかのように泣き崩れた。
ーーーここホテルだけど、ロビーだけど。
ーーー先輩の目の前だけど。
色々突っ込みたかったけど今の彼女はそれを完全に忘れてる。
昨日のこととは言え、
自分よりも年下の相手だとは言え怖かったんだと思う。
ホッとした涙だと思う。
それが分かるからこそ僕は先輩の前だろうと、
公の場だろうと彼女の手を離すことはしなかった。
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