僕が会社に着いてまずしなければならないことーーー。
それは向井さんと話をすることだった。
*
向井さんが会社に到着したのを確認した僕はすぐに小会議室に来てもらうように頼んだ。
彼も僕が呼び出したことで、
なぜ呼ばれたのか察しが付いたようで少し気まずい顔をしていた。
「ーーー会社でするような話じゃないのにすいません。業務開始までには終わらせますので・・・」
「奥さんの事だろ?」
「はい、彼女から先輩に偶然会ってお茶をしたと聞きました。その時に僕が福岡出張の時に行ったキャバクラのことを話したって聞きました。正直に教えて欲しいんです、向井さんは僕の奥さんに好意を寄せているんですか?」
「---好意?」
「はい、だから彼女に声をかけたり僕が言えなかったキャバクラのことも・・・」
先輩は少し考えるように、
だけど普段とは違う凄い真剣な眼差しで僕に向かって言った。
「少し黒岩が羨ましいと思ったんだよな。---何て言うの?まだ若いのに、もっと遊んでいれば良いのにって正直今でも思うよ。もったいないって思うんだよ、その若さでお前かっこいいのに、年上の女性と結婚って。それも10歳離れてんだろう?俺だったら・・・」
「年齢じゃないんですよ。ーーー彼女とだから一緒にいたいって・・・」
「ーーーわっかんねぇの?」
向井さんは少し眉間にしわを寄せて苛立ちを見せながら僕に言った。
「後輩として黒岩のことは大好きだよ、人としても。だから正直言って、奥さんが元先生で年上だと聞いて認めたくなかったんだよ。---でもお前の家にお邪魔して彼女を見て、俺の心は久しぶりに恋を思い出した感覚になった。彼女に笑いかけて欲しい、と思ったのは事実だよ。そんな時に彼女がカフェにいるのを見つけてチャンスだと思って声をかけたんだよ。」
「ぼくの奥さんだって知っていますよね??僕との関係がこじれるとは思わなかったんですか?」
「ーーー黒岩には申し訳ないと思ってるよ。だけどしょうがないだろ、自分の気持ちには勝てなかったんだからさ。」
僕はなんて答えて良いのか分からなくて、
ただ黙ってどう答えるべきなのか考えていた。
僕の奥さんなのにーーーー、
どうして人のモノに手を出せるのか。
「お前の奥さんは俺を黒岩の同僚としてお茶をしてくれたよ、だからお前の話ばっかり。---そんな彼女に少し腹が立ってムカついて悲しむ顔が見たくなってキャバクラのこと伝えたんだよ。」
何でそんな・・・
その時の聖ちゃんの様子が言われなくても想像できる。
彼女は泣き虫だけど絶対に人の前では泣かない。
きっと先輩の話を聞きながら一生懸命堪えていたんだと思う。
ーーーそれが本当に心苦しかった。
「彼女に先輩の気持ちは伝えなくて良いんですか?」
「はっ?どれだけお人好しなの?(笑)自分の奥さんの心が動くかもしれねぇのに?」
俺の言葉に先輩はドン引きして苦笑いしている。
「彼女の心は動きませんよ。」
この前の僕なら少しだけでも不安になったかもしれないけど、今は信じているから。
「---彼女も同じこと言ってたよ。キャバクラに行った過去があったとしても今の黒岩を信じているってさ。」
「・・・そうですか。」
「俺はこの気持ちを伝えるつもりはないし、自分の中で解決できている問題だと思っている。」
さっきまでの険しい表情の先輩ではなく、いつもの先輩の顔になっていた。
「それで良いんですか??」
俺はーーー、自分が彼女に出会った時に婚約者がいたにも関わらず突進した。
気持ちを伝えないなんて選択がなかったから。
きっとそれは今同じことが起こっても気持ちを伝えない選択は僕にはない。
「---一緒にお茶をして分かったよ。彼女の心に黒岩以外入る隙はねえよ。安心しろ、もう見かけたとしても声かけたりしないから。修羅場になったの?」
「そりゃ大変でしたよ。本当に・・・」
「それはそれは俺の期待通りになってくれて(笑)」
冗談交じりに言った先輩はスッキリした様子に見えた。
「いやーー、一目ぼれってあるもんなんだな!!!まさか可愛い後輩の奥さんに変な感情を抱くとは俺も思ってなかったよ(笑)だけど今思えば、大好きな黒岩の奥さんだから好きになったんだろうな!!!さぁて、今夜は合コンだし俺も結婚したくなったわ(笑)」
本来ならきっともっと怒るべき内容なんだと思うーーー、
でも僕には先輩をこれ以上責めたり怒ったりすることは出来なかった。
だって先輩はきっとあの頃の僕と同じ気持ちだと思うからーーー。
*
その日、ぼくはさほど忙しい仕事も回ってこなくて無事に定時に会社を出ることが出来た。
柄にもなく花屋に寄って、
三人分の小さなヒマワリの花を買って・・・
聖ちゃんと子供たちに会いたい、その一心で走ったーーー。
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