今の聖ちゃんは出会った頃よりも弱い気がする。
ーーー内面的に。
あの頃の聖ちゃんは芯が強くて、
自分を持っていた気がする。
今の聖ちゃんはどことなく自信がなさそうで、
いつも不安そうな顔をしている。
*
次の日、
聖ちゃんは何事もなかったかのように僕を起こしてくれた。
起きれば朝食もお弁当も用意されていて、
昨日のことをどう切り出せば良いのかタイミングを見計らっているうちに僕は出勤時間を迎えてしまった。
いつもと変わらない聖ちゃんにホッとした自分もいて。
だけどそれ以上にちゃんと2人だけの時間を設けて話そうと決めた。
それまでーーー、僕もいつものように過ごそうと思ったのに。
行ってきますのキスをしようとした時、彼女がそれを避けたーーー。
拒否したんだ、下を向いて「ごめん・・・」と言って。
「ひじ・・・」
僕が話しかけようとしたら背中をドンっと押され、早く行ってと家から追い出された。
ーーー衝撃的だった。
こんなこと初めてだったから。
その時に初めて気づいた。
聖ちゃんの心は今壊れかけてる、
僕に心を閉ざしてしまっているということに。
*
その日の僕は会社でも役に立たなかった。
会議中も上の空で注意され、
頼まれた簡単な資料ですらまともに作ることさえ出来なかった。
ーーーそのせいか今日は残業することもなく定時に自宅に戻ることにした。
定時に会社を出れたのは良いけど俺は自宅に帰るのが怖かった。
ーーー何となく、聖ちゃんがいない気がしたから。
いつもなら子供たちの様子を時間気にせずに連絡くれる彼女が、この日は一通も連絡をよこさなかった。
僕もーーー、何を送ったら良いのか分からなくてメールどころか電話さえも出来なかった。
だから・・・余計に帰るのが怖かった。
だからマンションの下に到着した時、
灯りがついていることにどれだけホッとしたか。
ーーー僕は急ぎ足で自分のフロアまで登った。
*
僕が帰宅してすぐ聖ちゃんは笑顔で迎えてくれた。
ーーーいつもの聖ちゃんに戻ってる。
だけどここでホッとしてはいけない、
すべて解決できていないのは事実だから。
聖ちゃんの味はいつも優しい味がする。
母さんの料理も美味しかったけど、
聖ちゃんの料理からは優しさと愛情を感じることが多い。
僕が立ち上がって食器洗いをしようとすると聖ちゃんは心底驚いた顔をした。
それもそのはず、
僕は食器洗いどころか平日は家事を全くしなかったから。
全て聖ちゃんに任せっきりだったから。
反論してくるかなと思ったけど、
聖ちゃんは「そっか、ありがとう。」とだけ言って洗濯物をしに行った。
食器洗いも終わり、
部屋着に着替えようとちょうどワイシャツを脱いだ時、背後からドンという大きな衝撃を感じた。
背後から感じる大好きな匂い、
軽く震える細い手が僕の腹部に見え、上半身裸の僕のお腹に冷たさが感じる。
言うまでもなく聖ちゃんが僕の背後から突然抱き付いてきたんだ。
僕はーーー、
こんな時だと言うのに背中に当たる彼女の唇と吐息で何とも言えない気持ちになった。
僕はそっと彼女の両手の重なる部分に手を乗せて言った。
震える手は彼女が泣いてることを意味指す。
僕は聖ちゃんの手を少し強く握って、自分と対等に向き合わせた。
そんな僕の視線から聖ちゃんは目を逸らした。
それから、僕たちはソファに移動して聖ちゃんの不安を一つずつ解決出来るように今井さんとのこと、なぜ聖ちゃんがキャバクラのことを知ったのか、キャバクラに行ってしまった経緯、それは結婚前の話で付き合いだったこと、結婚してからは一度も行ってないことを何度もなんども伝えてやっと信じてもらえたんだと思う。
そう言って僕は聖ちゃんの両頬をつねってブーと変顔をさせ、そのまま彼女にキスをした。
ーーーいつぶりのキスだろう?
父さんに子供達を見せに行って以来だろうか、
本当に久しぶりすぎて覚えていない。
僕は久しぶりに心から笑う聖ちゃんを見た気がする。
僕はそんな彼女を強く抱きしめたーーー。
その日僕は聖ちゃんを抱いたーーーー。
本当に本当に久しぶりに、
この上ない幸せを噛みしめることが出来た。
彼女も・・・
とても幸せそうに眠っていて、
それを見てまた僕も幸福感と愛しさがこみ上げた。
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