「立派な男になったんだな、母さんを説得出来たんだな。おめでとう晶。これからはお前が先生を守っていくんだぞ」
父さんは僕に言った。
それからいつものお調子者の父さんに戻ったけど、
僕は胸がくすぐったくもありとても嬉しかった。
山江島のフェリーは1日1回だから、
聖ちゃんも僕も今回は父さんのところにお世話になることになった。
ーーーでもやっぱり今回も別の部屋で。
本当は次の日もその次の日も聖ちゃんといたかった、
もう少し山江島でゆっくりしたかった。
5年前のように海岸を走り洞窟にも行きたかった。
だけど現実的に仕事が待っている僕たちには不可能な話で次の日の朝の便で東京に戻った。
*

港に着く頃、聖ちゃんが突然言った。


照れ隠しでえへへと笑って見せたけど、ぼくは彼女が愛しくて愛しくてたまらなくて・・
船だというのに強く抱きしめた。

それだけ伝えてぼくは聖ちゃんを何度も何度も嫌と言うまで抱いた。
ありったけの愛が彼女に届くように、と。
それから現実に戻されたぼくは、まだ社会人2年目だと言うのに残業の毎日だ。
もともと実家ではご飯を食べない、
いつも残業が終わってから近くの蕎麦屋か定食屋で済ませて帰る。
今日はいつか聖ちゃんを案内した時に問題なく来れるようにと少しだけ足を伸ばして上司に美味しいと教えてもらった定食屋に入った。
愛嬌あるおばちゃんが迎えてくれ、
奥で旦那さんが作ってる夫婦経営の定食屋。
こうやって夫婦で同じ目標があるのも良いな、と思った。
いつか聖ちゃんとこうやって肩を並べて・・・。
そう思って気分良く店を出たのに僕は見てしまったんだ。
あの勝太郎という人と聖ちゃんが楽しそうに肩を並べて歩いているところを。
いつ見ても大人・・紳士。
あの人を見ると何も勝ち目がないのが分かる。
その隣で楽しそうに笑ってる聖ちゃん・・・
2人の光景を見て胸が凄く痛んだ。何だこの感情は?
何で?という疑問が頭の中をひたすら過ぎる。
あの人の横で僕に見せる時と同じように笑っている聖ちゃんにも腹が立つ。
俺の横にだけ立って、俺の隣でだけ笑っていれば良いのに、と。
僕の黒い感情が浮き出て、無我夢中で自宅に戻った。
「ただいまくらい言いなさいー!」と聞こえる母さんの声にウザさを覚えながら。
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