「ーーーよろしくね、黒岩くん」
***
それからのぼくたちの行動はとても早かった。
とにかく一刻も早く聖ちゃんをこのアパートから出したくて、
不動産屋さんに頼み込んで契約より早く入居させてもらう許可ももらった。
ーーー自分のアパートで怖い思いをした聖ちゃんを1人にさせるのが不安で僕は彼女の家に何度か帰った。
ぼくを待つ彼女がいる、
笑顔で「お帰り」と言ってくれる彼女がいる。
僕のために、僕だけのために手料理を振る舞ってくれる彼女がいる。
「料理は自信ないんだけどね」と言いながらも楽しそうに作る彼女の姿に僕はまた心を奪われた。
何度彼女に心を奪われれば良いんだろう、
なんで彼女はこんなにも可愛くて愛しくて魅力的なんだろう。
僕は食器洗いをする彼女を後ろから抱きしめた。
ーーーだけど退院して来てから僕は彼女を一度も抱いていない。
臆病な俺は拒否られるのが怖い、
それと同じくらいに聖ちゃんの傷ついた心を蘇らせるのが怖かった。
*
聖ちゃんが退院してから3週間、
やーと引越し日が近づいて来たーーー。
僕は楽しみで楽しみで、
聖ちゃんとの生活を想像するだけでニヤケて仕事中にツッコミを入れられることが増えた。
「ーーー黒岩くん、今時間平気ですか?」
聖ちゃんと僕の関係にも少しの変化があり、
連絡を頻繁に取るようになった。
仕事探しをしているからか、聖ちゃんからもマメに連絡をくれるようになったことは喧嘩して良かったと思えた。
あの時は辛くてもあの時があるから今があるんだ。
「今帰りました。母さんに会ったって聞いたよ。」
「そう、偶然に駅で会ったの。私からお誘いして少しお茶をさせてもらって一緒に住まわせてもらうことをお話しさせてもらったんだ、勝手なことして・・・」
「僕は怒ってませんよ(笑)母さんが言ってました、末永先生は律儀で丁寧な人だって。晶を任せられる、今なら信用できる人だって」
「ーーー良かった。」
「土曜の日に泊まりに行っても良いですか?日曜に搬送でしょ?そしたら土曜から泊まった方が良いと思って・・」
「大丈夫だよ、でも黒岩くんの荷造りは?」
「大丈夫!ぼくのはほとんどもうマンションに置いてあります」
今日は水曜日ーーー、
あと3日頑張れば聖ちゃんと一緒に過ごせる、
ぼくはそれだけで幸せだったーーー。
15歳の夏に恋した彼女を思うこの気持ち、
あの頃よりもっともっと強い気持ちだけど、
やっぱりあの頃諦めなくて良かったな、
そう強く思ったーーー。
コメント