#36.
ーーー目が覚めた。
そしてルナの姿がないことを確認してホッとする。
最近の俺は彼女を避けてるーーー。
自分のして来た過去がここまで自分も相手をも苦しめるとは思ってもなかった。
ーーーだから決めたんだ、
彼女ときちんと心から向き合おうと。
だけどいつも作り笑いの今の彼女を見るとどうしても向き合う気にはなれなかった。
ーーーだからいないことにホッとしたんだ。
でも昨日のは何だったんだ・・・。
怯えた顔を見せたと思ったら今度は・・・突然抱いて欲しいなんて、本当に焦った。
ーーー俺の安易な行動でもう彼女を傷つけたくないんだ。
よく分からない彼女の行動を推理しながら俺は重い腰を起こしてスーツに着替えた。
・
いつものように朝ごはんが支度されてた。
ーーールナが大学の時は彼女の方が出るのが早い。
早めに学校に行ってるんだろう。
ご飯を食べながらーーー、俺は違和感に気がついた。
リビングに置いてある彼女のパソコンがない。
それだけじゃない、
普段持ち歩かないけど大切にしていた彼女のキーホルダーも彼女のものが少なくなってるように感じた。
ーーー何かがおかしい。
そんな雰囲気を感じ取った俺は彼女に電話した。
そこに流れた現在使用されていません、と流れる電子音。
ーーーそんなはすないだろ、昨日は隣にいたんだから。
待てよ、最後に連絡取ったのいつだ?
思い返せば気まずさばかりで3日前だーーー。
この週末遠征だった間に解約したのかもしれないーーー。
そこには彼女の本気度が見えた気がした。
・
彼女を探しに行こうと玄関まで走るーーー。
そこに見つけた<星ちゃんへ>と書かれた茶封筒と小さな袋。
その袋の中には合鍵が返却されていた。
ーーー出て行った、そう確信してしまった瞬間だった。
– – –
たくさんの思い出をありがとう。
星ちゃんがこれからも自由に羽ばたけるように活躍を祈っています。
お元気で。
– – –
出ていく理由も何も書いていなかった。
彼女らしいといえば彼女らしいけど、
それで俺が納得できるわけがないーーー。
そして、携帯電話一つがどれほど人と人を繋げているのかを思い知らされた瞬間でもあった。
ーーー次に本気を見せるのは俺だと思った。
きっと数日様子を見たところで何も起きないだろうーーー。
アクションを起こさなきゃならないと思った。
「顔かせ。」
会社に急いだ俺はすぐに太陽を屋上に呼んだ。
こいつは何で俺が呼んだのか分かってるーーー。
「ーーールナの居場所なら教えられない。」
「・・・頼む、教えてくれ。」
何度頼んでも絶対に口を割らない、
こんなの珍しい、いや初めてだ。
よほどの決意なんだろう、
ルナは俺が太陽に確認しに行くことを推測して先に止めていたんだろうーーー。
「星也が妹の彼氏じゃなかったら教えていたと思う。ただ一つ・・・兄としてはもう少しルナの異変に気づいて欲しかったよ。」
太陽はそう言い放ったーーー。
異変?
体調のことを言ってるのか・・・ーーー?
「頼む!太陽!ーーーもう一度チャンスをくれ!頼む・・・」
俺は気づいたら太陽に土下座してたーーー。
何度も何度も親友であるコイツに頭を下げた。
「俺はルナに勘当されるな(笑)ーーー・・・横浜にある城脳外科クリニックにいる。あいつに手術を受けるよう、説得して欲しい。それが条件だ。」
そして太陽は髪の毛をくしゃっとしながら苦笑いをこぼした。
ーーー病院にいるとか、手術とか何の話か全く見えてこないけどとりあえずルナの元に急ぐ必要があると判断した。
「ーーー分かった!恩に切る!」
ーーー俺は社会人失格だけど会社を抜け出して太陽に教えてもらった病院に走り出した。
病欠にしておいたから妹を頼む、と太陽から連絡が入ってた。
・
横浜までの1時間がここまで長いと感じたのは人生で初めてだろう。
電車を乗り継いで横浜駅で降り、俺は病院まで走る。
ーーーアメフトで走るのとは違う、
きっと試合以上に早かったと思う。
「ルナ!」
病院に入った瞬間に見えた病院着を着ている彼女の姿。
ほら、俺の姿を見てまた強張った・・・。
俺を見ると最近強張って怯えるんだーーー。
だから俺も臆病になってた。
彼女自身が俺を全身で拒否しているんだって。
でももう後には引かないーーー。
そう思ってた矢先、
ハッとした彼女が顔を両手で覆い震えながら泣き出しその場にしゃがみ込んだ。
「ルナ!大丈夫か?!」
俺はすぐさま彼女に近寄ったーーー。
「ーーーまた飛んでしまったんですね。」
隣にいた看護師が彼女に言った。
彼女は崩れるように泣いていたーーー。
「落ち着くまで病室にいましょうか。」
あまりにも嗚咽がひどいのを見計らって看護師が伝えてくれた。
ーーー俺は彼女に付き添った。
ーーーただ泣きじゃくる彼女の背中を俺はさすった。
きっと1時間以上そうしていたと思う。
俺は彼女に水を差し出すーーー。
「・・・少し落ち着いたか?」
コクコクと頷く。
「会社は?」
「ーーー病欠にしてくれたよ、太陽が(笑)」
「・・・星也さんはどうしてここにいるの?」
ルナは真顔で俺に聞いて来たーーー。
えっ、と思った瞬間だった。
また彼女が震えながら泣く・・・。
「ごめん、ごめん、ごめんね。ごめんなさい・・・」
彼女は俺を見て何度も何度も謝罪する。
そんなことがこの数十分の間に何回かあった。
分かってしまった気がする、今何が起きてるのか。
「ーーーごめん、帰って。不愉快な思いさせるだけだから。ーーー記憶の飛ばないうちに。今日体調悪くてよく飛ぶの、お願い・・・」
「ーーー良いよ、記憶飛んでも何度でも思い出せば良い。」
「星ちゃんのこと一瞬でも忘れちゃう・・・」
「ーーー良いよ、俺が覚えてるから。だから帰って来いよ。」
「出来るわけないじゃん(笑)あんなひどいこと言ったんだよ、大切な人に信用してないとか女の影疑ったし最低だよね。」
「ーーー要素を作ったのは俺だからね。俺こそ最低だよ。ーーー1番近くにいながら体調の変化にも気が付かなかった。ルナも大学に入ってストレスだろう、そんな軽い気持ちだったーーー。」
「ーーー私もそう思ってたよ。でもね、星ちゃんが入社した時から本当はいろんな不安があったんだ。一緒に芦ノ湖行った時、その前からいろんな不安が心に来てた・・・」
「少しは気づいていたけど・・・ごめんな。」
俺は彼女の手を握った。
久しぶりに握る彼女の手は、
俺の記憶にある時よりもかなり痩せ細ってた。
ーーー俺がここまで苦しめてしまったのだろうか。
「久しぶりだね、手を握ってくれるの。」
「ーーーちゃんと治して帰ろう。それでも治らなかったら、俺がルナの記憶になるよ。俺が全部覚えておくよ。だから大丈夫!」
「ーーー何なの、その根拠のない自信(笑)でも星ちゃんの記憶を一時的でも飛ぶのが怖かった。だからその言葉は忘れないように書いておくね、ありがとう。わたし、そろそろ検査に行くね。」
俺は彼女の痩せ細った体を支え、
看護師さんにお願いしたーーー。
ーーールナは来月のゴールデンウィーク明けに手術が決まった。
体調が悪化しなければ、
前日から入院して1ヶ月前後で退院になるそうだ。
・
ルナが出て行った当日、
俺は駄々をこねる病院後の彼女を無理やり自宅に戻した。
彼女の荷物にあったものを全て元の場所に戻した。
ーーー最初からこうあったように、元の位置に戻るべきなんだ。
「私の覚悟って何だったのよ・・・」
ルナはブツブツ文句言ってるけど、
振り回されようが何だって俺は彼女がここにいてくれればそれで良い。
「何でも良いから食え食え。先生もたくさん食べて体力つけてくださいって言ってただろ?」
ーーー初めて作るうどん、
おいしいおいしいとたくさん食べてくれたことは本当に嬉しかった。
その夜、久しぶりに彼女とぴったり体を合わせて眠った。
ーーー気のせいか、
彼女がいつもより深い眠りについている気がした。
「ーーー星ちゃん、ありがとう。」
彼女はそう言って目を閉じたーーー。
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