聖ちゃんは僕が仕事中には電話してこない。
だから電話の主が聖ちゃんではないことは分かっていたけど僕は電話主を見て少しだけ寂しい気持ちになった。
*
「向井さん、お待たせしました!」
僕は自分自身の身だしなみを整えてから先輩の待つ搭乗ゲートまで急いだ。
「ーーー朝早いと眠いわぁ・・・」
怠そうに座席に座りながら目をつぶり始めた向井さんに僕はなんだか少しだけホッとした。
実はーーー、
聖ちゃんに対する向井さんの気持ちを知ってから少しだけお互いに気まずい関係が続いていたと思う。
仕事上の先輩ではあるから尊敬はしているし何かあれば相談はさせてもらっていた、
だけどそれ以上でもそれ以下でもなくなった。
以前はしょっちゅう飲みに行っていたのに、全くなくなったんだ。
きっと部長はそれに気が付いていたー、
だから向井さんと僕を今回の出張に選んだんだと僕は思ってる。
「部長からの電話なんだった?」
「あっ、福岡に着いたら先方ののところに直接行って欲しいとのことでした!」
聖ちゃんからだと思った電話は悲しくも部長で、
しかもその内容は大したものではなかったことがさらに凹んだ。
「夕方には先方のところ、出られる予定だろ?黒岩、福岡詳しい?美味しい酒が飲みたい!」
「えっ?」
一瞬耳を疑ったけど、ここには先輩と僕しかいない。
「美味いもん食いに行こうぜ!」
僕は胸に鼓動を感じたーーー。
まるで恋する乙女のように緊張が走ったんだと思う。
先輩とギクシャクした関係から、
少しだけでも抜け出せる予感がして嬉しかった。
*
福岡までの1時間半はあっという間で、
僕と先輩は2人して爆睡していた。
きちんと毎日寝ていても飛行機の力はすごいもので、
乗った瞬間に夢の中に入れるのはすごい。
福岡に到着すると先方の担当の方が出迎えてくれ、
そのまま僕たちは車に乗せてもらい取引先へと出向かった。
久しぶりに来る福岡を僕は車の中から眺める、
駅前の情景だったり車から走る景色が僕は結構好きだ。
とても賑やかな土地ではあるけど、
派手すぎない場所に胸がホッとする。
いつか仕事ではなくオフで聖ちゃんと子供達を連れてきたい。
そんなことを考えていると先方先に到着した。
すぐさまに向井さんと今回ご迷惑かけてしまったことを謝罪してシステムを見せてもらった。
その修復にすぐ取り掛かる向井さんを見て僕は自分の力不足を痛感した。
ーーー前言撤回しよう。
部長は僕と向井さんの気まずい雰囲気を察していて向井さんを出張に同行させたと思ったけど違う。
向井さんははるかに仕事が早くて仕事が出来る。
僕なんかより頼りにされているから、呼ばれたんだ。
ーーーそう思うと僕では力不足だ、と遠回しに言われているような気がしてならなかった。
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