#99.
もうすぐハロウィン。
街中は可愛いグッツで賑やかになり始めた。
先輩は本格的にシーズンが始まり、家にいることが減った。
・
「寂しくねえの?」
久しぶりに今日は勇気さんや副社長とランチを食べに来た。
「寂しくないと言ったらウソになりますけど、今は信じていられるんですよね。気の持ちようですかね。」
「へぇ・・・強くなったんだな(笑)」
「ーーー愛の力ってやつですかね。」
「バカ、か(笑)」
私と勇気さんのやり取りを見て副社長が笑っている。
若いね、と奥田さんも私たちを多分自分の娘さんと重ねている。
家族のようなこの職場が私は大好き。
飛び込みで雇ってもらえた職場ではあるけど、今思えば勇気出して良かったなと思っている。
「今日ね、久しぶりに勇気さんたちとランチしたんだ。」
先輩が帰ってくることが減り、毎日電話するのが日課になった。
「ーーーそうなんだ。」
「そのあとに勇気さんと二人で話したんだけど、副社長と愛菜さんとの三人で話したんだって。副社長ね、勇気さんが愛菜さんに持っている特別な感情には気が付いていたんだって。でもね三人で話し合ったその場で、愛菜さんがきちんと断ったって言ってたよ。二人の姿を目の前で見たら入り込める隙間もなくて諦める決心がついたって言ってた。」
「・・・そっか。なかなか難しいな。」
「切ないよね。こんなに一途に想っていたのに必ず両思いになるとは限らないもんね。気持ちが通じるって奇跡に近いよね。」
「ーーーそうだな。だけど気持ちが離れるのも簡単だよな。」
「えっ?」
「ーーー分かんねえけど人を好きになるのは大変だけど気持ちが離れるのは一瞬なんだろうなと思ってさ。」
その言葉に私は不安になった。
「どうしてそんなこと言うの?」
「えっ?なんか変なこと言ったか?」
先輩の反応からして何か思っていったわけではなさそう。
ただ思ったことを口にしただけなんだと少しだけホッとした。
「・・・次はいつ頃帰ってこれそうなの?」
「多分二週間後かな・・・」
遠征と言ってもずっと行っているわけじゃないし、平日に帰宅することもできる。
でも先輩は私が早起きをしたり先輩優先の生活をすることを分かっているし、
気を遣うだろうからと年内は大学付近にあるバスケ部寮にお世話になることにした。
先輩だけじゃない、
多くのバスケ部員が今の時期だけ寮生活を始めたらしい。
ーーー最初は寂しいし嫌だから反対したけど、
決定事項のように話されてしまったらもうそれ以上の反対は出来なかった。
でも今思えば・・・
ただ単に先輩は私と一緒にいるのを苦痛に感じているのかもしれないと突然不安に襲われてしまった。
・
一度不安を感じるとなかなか取れないのが私の厄介な部分。
一日たっても三日たっても不安が消えることはない。
ーーー迷惑だって分かっている。
先輩が喜ばないって分かっている。
だけど私はいてもたってもいられなくて、仕事が終わってから先輩の大学まで行ってしまった。
まだ夜六時。
多分まだ体育館にいると思った私は正門の前で大きく深呼吸をする。
「あれ、花ちゃん。どうしたの?」
さぁ入ろうと息を吸ったところで森田さんに声を掛けられた。
珍しくジャージじゃなくて私服だった。
「樹さんに会いに来たんですけど、もう解散していたりしますか?」
森田さんは私の会話に違和感を覚えたようで、不思議な顔をした。
「あれ?聞いてない?・・・今日は休みで樹なら出かけているよ。」
言って良いのかダメなのか、言葉を選びながら私に伝えているのが分かる。
「・・・どこに行ったかご存じだったりしますか?」
女の勘で何となく不安を察した私は、
恐る恐る森田さんに確認してみた。
「えっ?聞いてない?花ちゃんに許しをもらったって樹言ってたけど・・・」
寝耳に水状態で何の話をしているのか全く分からない。
「なにを?」
「監督の娘の家庭教師を臨時でしてて、今日はその子にお願いされて遊園地に行ってるよ。」
遊園地・・・
私とは絶対に行けない場所だと苦笑いがこぼれた。
「そういうこと・・・」
だから電話で気持ちが離れるのは簡単だと言ってたんだと納得した。
「あっ!誤解しないで欲しいのは二人きりじゃなくて吉岡とアリサも行ってるから!・・・どこにいるか聞こうか?」
焦りながら森田さんは私をなだめるように話す。
「ダブルデートってやつですね(笑)なら・・・私は出直しますね。」
森田さんには気を使わせちゃったけど、
教えてくれたお礼を伝えて駅の方向に私は歩き出した。
・
わたし、何やっているんだろう。
先輩が家庭教師をしていたことも知らない。
私と出かけると先輩はいつも足のことを気にかけて休憩ばかりするから遠出はもちろん遊園地なんて行ったこともない。
きっと本当は遊園地や動物園みたいな場所でデートらしいデートをしたかったんだろうなと思うと、今まで我慢させてしまっていたことを申し訳なく思った。
何も教えてもらえずに出かけられている悲しさよりも、
申し訳なさの方が私の心の割合を占めた。
「花ちゃん!!!」
駅の改札を通ろうとしたところで森田さんが私を呼び止めた。
「追いかけてきてゴメン!…大丈夫?無理してるように見えたから。これ、俺の連絡先だから何か相談したいときや寂しいときでも暇な時でも何でも良いから連絡して。樹に頼れない分、オレを使って(笑)」
笑いながらお茶らけて言ってくれているけど、
すごく息を切らしながら話してて…
走って来てくれたのが伝わり、
その優しさに少し心動かされてしまった自分がいた。
ーーー今は弱っているから優しさに弱いなと苦笑いがこぼれた。
「じゃ…」
それだけだから、と大学に戻ろうと私に背を向ける森田さん。
ーーーその優しさに漬け込むわけじゃないけど、一人になりたくなくて。
私は無意識に森田さんの背中のシャツを…引っ張って彼を引き留めた。
「…今から…少しだけでいいので一緒にいてもらえませんか?」
多分、こんなこと私は先輩にすら言ったことがない。
いつも人に合わせるだけの自分だから。
彼は私を見て少し驚いた顔をしたけど、すぐにニコッと微笑んでくれた。
ーーー森田さんは良いよ、って言ってくれた。
そして私の手を軽く引いてくれて、
先輩とは行かないシャレたレストランに連れて行ってくれた。
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