【 君がいる場所 】#102. 先輩の本心*。

君がいる場所

#102.

自分の方向性が決まったからには相談に乗ってくれた森田さんに話すのが筋だと思った。
「ごめん、樹にちょっと話しちゃって。今、アイツそっち行ったからきちんと話し合いな。めっちゃ反省してたし、許してあげても良いんじゃないかな?とりあえず俺はこっちで連絡待ちにしておくわ。」
そんな優しいメールが来て、
私は先輩を待つことに決めた。

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森田さんの言う通り先輩からは凄く反省しているのが伝わった。
もちろん事後報告だったりいろいろショックなことは多いけど、
私の中ではそれよりも自分が出来ないことへの申し訳なさの方が勝ったから先輩を許すとか許さないとかそういう問題でもなかった。
「…週末には必ず戻るから。」
前に電話で教えてもらったように今週末は珍しくオフで自宅に戻ってこれると聞いた。
「無理しないで良いよ。バスケを優先してね。」
私の言葉に少し驚いてはいたけど、先輩は ‘ ありがとう ‘ とだけ私に言って、
自宅を後にした。

よっぽど反省しているのか無理しているのか分からないけど、
寮に戻った先輩からメールを受信して、
本当に久しぶりに寝る前に電話もあった。

次の日の朝も早朝四時半にメールを受信してて、私は先輩らしくないことに困惑した。
今までメールなんてほとんどしてこなかった先輩が自分からメールを始め、
用がなければ電話をしてこなかった先輩が急に電話も増えている。
ーーー明らかにおかしいのは分かる。
嬉しいことなのにいつもの先輩と違いすぎて無理しているのが痛いほどに伝わる。
反省しているのはもう分かった、だから私はそれだけで良かったのにと思った。
ーーー私は先輩のことを思うと心が苦しくなり、
彼のことを想い返信することが出来なかった。

何もしない時間が増えるとやっぱり先輩のことを考えてしまう。
メールの返信をしないことで大丈夫かな、気にしていないかな、と考えてしまう。
ーーー私だったらメールが来ないだけで不安になってしまうから。
「今からお弁当です。午後も頑張ります。先輩も頑張って。」
我慢できなくて昼休みに私はメールした。
返信が来ないことでバスケに集中している、そして自分の中でホッと安ど感が生まれた。

ーーー昼休みを使って料理教室を調べるわたし。
幼い頃から祖父母の背中を見ていたとしても料理が好きだとしてもそれが夢に繋がるほど簡単だとは思っていない。
まずは基礎から、身近な和食から学ぼうと決めた。
費用や時間、立地など考えなくてはならない問題は山積みにある。
だけどやらない後悔よりやって後悔の方が良い、だから出来ることを始めようと心に決めた。

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私は先輩が好きーーー。
多分、この気持ちはずっと変わらないと自信がある。
好きだから先輩の重荷にはなりたくない。
先輩のことが大好きだから応援する側でいたいと思う。
先輩しか見えない自分じゃなくて、
自分自身をもっと大切にできる人になりたいと思った。
森田さんの言う通り先輩がいるから頑張れる。
好きなものがあるから先輩のために頑張れる。
自分の生活のすべてを先輩で埋めるのではなくて、
たとえそれが一部だとしても先輩と一緒にいるための活力を私は見つけたい。
ーーー先輩と一緒にいるための努力なら私は惜しまない。

「良いと思うよ。凄い考えたね。」
夜、私は森田さんに会った。
先輩から聞いてて今は忙しそうだからこっちからの連絡は控えたけど、
タイミングよく向こうから連絡をもらえて会うことになった。
「はい、今は修行していつかレストランとかで働けたらと思うようになりました。」
森田さんは花ちゃんの自立応援します!と言って乾杯をしてくれた。
「…樹とはどうなったの?」
「仲直り出来たと思います。ーーーあんなに反省している先輩は初めて見ました。」
「ーーーオレがカマかけたからな(笑)効果あったようでよかった(笑)」
森田さんは私たちのケンカを楽しんでいるように笑っていた。
「ーーー今ここに森田さんと一緒にいることも先ほどメールしておきました。同じことで傷ついて欲しくないので…」
「何か言ってたか?」
「まだ返信がないんです(笑)」
「ーーー今頃、気が気じゃないだろうね(笑)」
森田さんはケラケラ笑っていた。

週末まで先輩は毎日メールと電話をくれた。
何度も大丈夫だからと伝えたけど、「オレのケジメだから」」と言って私の話には耳を傾けなかった。
「ーーー早かったんだね。」
そして日曜日の午後三時過ぎに先輩は戻って来た。
当初の予定では午後六時過ぎだと聞いていたから驚いた。
「ミーティングが早めに終わってそのまま来た。明日もオフになったから今日はこっちに泊まる。」
「本当!?久しぶりに一緒に寝れる!!」
私は嬉しさを隠しきれずに先輩はその私を見て微笑んでくれていた。

やっぱり先輩と一緒にいる時間は私にとってとても心地良い。
もちろん気を使ったり意見を言えなくなってしまう時もあるけど、それは先輩のことが大好きだから。
こう思うのはきっと私だけじゃないはず。
だからこそ今の無理している先輩を見るのは正直私もつらい。
私に合わせてもらうのは先輩らしさが失っていく気がして怖い。
だからきちんと話さないとダメだと思った。

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「…今ちょっと話しても良い?」
お風呂もご飯も終わって私は先輩の隣に座った。
真剣な話だと察した先輩は見ていたテレビを消して私と向き合った。
「良いよ。」
「あのね、この前、森田さんと会ったって言ったでしょ?」
「ーーーああ。」
先輩は私から視線をそらす。
「その時にこれからのことについて話したの。」
「これからって?まさか…あの人と一緒になるのか?」
真剣な眼差しで私に問いかける先輩に私は目をまん丸く見開いた。
「え?私が?違うよ!!森田さんに私は自分を持った方が良いって言われたの。もっと自分を大切にって。わたし、先輩と対等になりたかったから…。それで平日の仕事終わりに料理教室に行こうと思って…ってその話をしたの。」
先輩にとって初めて聞く話だったから少し驚いてた。
ーーーそこで気が付いた、私も事後報告で同じことして傷つけているなって。
「そっか。花がやりたいと思っていることならオレは応援するよ。」
でも先輩はそのことには何も触れずに、ただ応援すると言ってくれた。
「うん。森田さんのご実家も旅館しているみたいでそのことで少し相談乗ってもらったの。私も事後報告して先輩を傷つけて同じことしてるね、ゴメンなさい。だけどあとは自分の力で料理を極めてみようと思っています。」
「…オレはさ、ほとんど一緒に過ごせないから。花がやりたいと思えることをやって欲しいと思う。だけど一つだけ約束して。体だけは何よりも優先して欲しい。」
「ーーーわかった、約束するね。…あともう一つ良いかな?」
先輩はクスッと笑って良いよと言った。
「…わたし、今の先輩のこと大好きだけど無理しているように見えるの。」
先輩は私を見て自分でも分かっていないような表情をした。
私は微笑を浮かべて言葉を続けた。
「今までの先輩だったらメールも電話もそんなにしなかった。この間からちょっと様子が変だよ、何かあったの?」
「…何もないよ。オレの意志で花と連絡取りたいと思ってるから連絡している。」
視点を泳がせながら言う先輩を見て本心じゃないことくらい私にも分かる。

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「話してよ。いつも先輩が言うように、思ってること教えてよ。わたし、エスパーじゃないし先輩の考えてること全部分かるわけじゃないんだよ…」
先輩は視線を下に向けそこから動かない、
きっと何かを考えている。
自分の手と手を合わせて拳を作っている。
大丈夫だよ、と伝えるように私は先輩の上に手を重ねた。
「…花を大切に思うほど失うのが怖くなってる。これまでオレはたくさん傷つけてきた、何度も泣かせてきた。森田さんが出て来て初めて花を取られると思った。オレが変わらないと…花をあの人に取られそうで怖いんだ。」
そっか…
そんな風に思ってくれていたんだと思うとすごく嬉しくて幸せを感じた。
初めてこんな本心を聞いて、
嬉しくて私の頬からは自然と涙がこぼれていた。

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