#100.
森田さんと過ごした二時間はあっという間に過ぎて行った。
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森田さんは実家が大分で温泉と旅館を経営していると教えてくれた。
私の実家と似ている部分もあって意気投合した。
「いつかは旅館を継ぐんですか?」
「いや?兄貴夫婦が継いでくれているおかげでオレは自由にさせてもらっているよ。…花ちゃんはいつかは戻るの?」
「いや…うちの場合は仲が良くなくて…私が帰るとなると色んな犠牲を伴う気がして帰る気にならないです(笑)実際に一度お見合いさせられそうになったんですよ(笑)」
「お見合い!?すげーな…(笑)」
ありえない話だから森田さんは驚愕してた。
「ーーー経営がうまくいってないとか?」
「おばあちゃんの代が終わってから経営難なのかもしれないけど、それで知らない人と結婚はしたくなかったです(笑)」
「ーーーたしかに。」
「でも!その時に樹さんに助けられたので…」
「それで樹に恋をしちゃった?(笑)」
「違います!!!先輩のことは前から好きでしたよ。多分その気持ちがバレバレで先輩は私と付き合ってくれているんだと思います。」
「ーーーそれは被害妄想じゃないかね。樹は不器用なところあるけど、花ちゃんのこと好きだと見ててオレは思うよ。」
「ありがとうございます(笑)本当は明日で付き合って三年なんですよ。でも多分先輩は忘れています(笑)」
「…明日は確かに厳しいかも。」
「…ですよね。」
「じゃなくて!明日から長野で週末の試合に向けて強化合宿。それは俺も参加するから樹は絶対。だから忘れているのではなくて、今はバスケの方で…」
森田さんは優しいーーー。
必死に樹先輩を守ってかばって、だけど私を傷つけないようにしてくれている気がした。
「ーーーそっか。わたし、何も知らないや。本当に何も先輩のこと知らない…」
悔しくて気が付けば涙が出て来ていた。
それを隠したくて体育座りをしたーーー。
でもいつの間にか森田さんは私の隣に座って、自分の方に肩を寄せてくれた。
「ーーー今は泣きたいだけ泣けば良い。ここは樹も誰もいない、俺と花ちゃんだけだから。」
驚いて森田さんを見ると彼は真正面を見ながら真剣な眼差しで言った。
「…すいません」
森田さんの肩を借りるように私は大粒の涙を流し始めた。
・
ーーー プルルル ーーー
そして程なくして、私の携帯が音を立てた。
見なくても分かる、いつもこの時間、先輩だった。
「ちょっと出ます…」
カバンから携帯を出して着信を押そうとしたら携帯を森田さんに奪われた。
「今は出ない方が良い。」
彼は冷静に私に言う。
「ーーーどうして?」
「樹の声を聞いて花ちゃん冷静でいられる?」
「それは…」
森田さんとやり取りをしている間に先輩からの着信は切れたけど、
森田さんの言う通りで電話に出ていたら私は冷静でいられたんだろうか。
今でさえここで心を乱しているのに、
普通に話してくる先輩に普通に接する応えることが出来ていたのだろうかと思うと、
出なくて良かったんだと言う結論に至った。
「ゴメンね、でも花ちゃんの為でもある。」
「私ですか?」
優しい口調で私に話しながら携帯を返してくれる。
「樹から花ちゃんのこと時々聞いていたけど、花ちゃんは自分像を持ってないよね。」
「先輩がそう言ってたんですか?」
「いや、あいつは何も言ってない。オレが花ちゃんと樹の関係を聞いてて思ったことだから独り言だと思って聞いて。」
「ーーーはい。」
「オレも昔めっちゃ好きな奴がいてさ、その子が花ちゃんと同じような性格の子だった。だけどオレも樹と同じでバスケ命の時代があったから彼女の相手しなくて、他の男を作って妊娠して結婚までしたわ。それからオレは女は信じてないけど、花ちゃんは樹の彼女だし俺にとって樹は大切な後輩だからアイツに同じ思いをさせたくないわけよ。」
「…私が浮気をするって言っています?」
森田さんはガハハと大笑いしてたけど…
「しないとは思うけど、しないと言う保証もないんじゃない?」
「…確かに。」
「あまり花ちゃんのこと知らなかったけど今日話してみてやっぱり元カノと似てるって思った。だからもう少し自分軸を持っても良いと思う。樹中心の生活を送っていたら壊れるのは樹でもなく、花ちゃん本人だよ。」
「自分軸って何ですか?」
「ーーー樹の自分軸はバスケ。バスケがあるから花ちゃんを大切にできる、逆に花ちゃんがいるからバスケを頑張れる活力的なものかな。花ちゃんは?今…樹を大切にできる活力ってなにかある?」
何も言い返せないーーー…
だって私には樹先輩しかないから。
「それ…似たようなことを職場の先輩にも言われました。」
「うん、自分を持ってないといざという時に守れるものがなくなるんだよ。ーーー今は見つけられないならその手伝いは出来るから…」
「ありがとうございます。」
そして時計を見ると八時過ぎ。
今度は森田さんの携帯に吉岡さんから居場所確認の電話がかかってきた。
ーーー森田さんは私と一緒にいることは言わないでくれた。
「悪い、友達と飲んでる。今日ミーティングだっけ?(笑)忘れてたわ、今から帰ります~~~!」
吉岡さんの呆れた声が聞こえてくるけど、
森田さんはケラケラそれを聞きながら笑っている。
「ゴメンね、花ちゃんとの時間が楽しすぎてミーティングのことすっかり忘れてた(笑)」
フォローしてくれる、やっぱり優しい人だと思う。
「私の方こそ長い時間引き留めてすいません…。明日からの合宿と試合頑張ってください。」
急いでお会計をして私たちは駅で分かれた。
「今日はありがとうございました。スッキリしました。」
「次はオレが払うから!絶対!」
森田さんは払ってくれようとした、だけど誘ったのは私だし泣いたり迷惑かけてしまったお詫びとして今回はワタシが奢る形を取らせてもらった。
「森田さん、私自分と向き合ってみます。何をしたいのか、何が好きなのか、自分が一番幸せでいられる方法を…樹先輩の側にいられる方法を…」
「うん、それで良いと思う。行き詰ったらいつでも相談しておいで。アドバイスは出来ると思う。」
「はい、ありがとうございました!」
・
帰宅して携帯を確認しても誰からの連絡も入っていない。
気持ち的にもスッキリしていたし出られなかった先輩へ折り返すことも出来たけど、
私はそれを選択しなかった。
そして先輩が寮生活になってから初めて電話をしなかったことにこの時気が付いた。
少し寂しさを感じているかな?
疲れててそれどころじゃないかな?
ホッとしているかな?
色々な感情を抑えながら私は次の日を迎えた。
・
「大丈夫?合宿、頑張ってくるべ!!」
朝起きると先輩じゃなくて森田さんからのメールを受信していた。
確かに先輩はメールが好きじゃないから私たちはほとんどしないけど、
今の私はちょっと寂しく感じた。
先輩が合宿と試合に長野に行ってる間の四日間、一切の連絡を私たちは取らなかった。
ーーー私はそれを寂しいと感じ気にする人。
先輩はそれに寂しさを感じず、当たり前のように過ごす人。
きっとそれは先輩にはバスケがあるから。
自分があるから、今大切にするべきものを知っているから。
ーーー森田さんの言うように私も自分を持とう。
日曜の昼過ぎに家を出て、お一人映画に行き、お一人イタリアンを食べる。
ーーーそして食べながら小さい頃になりたかった夢を思い出した。
私は、祖母が旅館で忙しくしてる姿を見て育って来た。
いつか私もおばあちゃんを手伝いたいってずっと思ってた。
ーーー幼い頃から料理を手伝ってて、いつしかお客さんに喜んでもらえるご飯を作りたいって夢を描いてた。
《 花の料理を生かしてこの旅館の花になれれば最高だな。》
祖父は小さい私にいつもそう言ってくれてた。
おばとの折り合いが悪すぎて夢を忘れてたけど…
ーーーその夢をもう一度叶えても良いのだろうか。
まだ夢は諦めなくても良いのだろうか。
森田さんのおかげでそう思えるようになった。
「えっ。何で?」
夕方帰宅すると見覚えのあるバスケシューズが玄関にあるーーー。
急いでリビングに行くと先輩がテレビを見ている。
ど、どういうこと?
長野は?とカレンダーを見て帰って来たんだと悟った。
「合宿や試合で遠征行ってて連絡する力もなくてさ。明日からもまた朝からみっちり練習入るから、次いつ戻ってこれるか分からないから…。」
「えっ、うん…」
驚きすぎて返事も適当になってしまう。
「驚きすぎだろ(笑)ーーー渡したいものがあって、すぐ寮に戻らないとダメでさ…」
「先輩は床に置いてあった大きなボストンバックから小さなウサギのキーホルダーを出した。
ーーー合宿の後、寮には戻らずにそのまま来てくれたんだとそこは嬉しく感じた。
「キーホルダー?」
私は若干の気まずさからよそよそしくそれを受け取る。
「この前、遊園地に行ってさ。その時のお土産…」
あっ…それは家庭教師の子と行った遊園地ねと一瞬自分の顔が曇った気がした。
だけどバレないようにすぐに微笑んだ。
「…ありがとう。遊園地でウサギのキーホルダー(笑)動物園じゃなくて遊園地?(笑)」
「…ウサギは花に似てると思って(笑)」
「ありがとうね」
お礼を言いながらも私は複雑な気持ちだった。
私の知らない誰かと行った遊園地で、
その誰かが選んだかもしれない私へのお土産…。
私にお土産を買うくらいだから、やましい関係ではないのかもしれない。
もしくは先輩なりの罪滅ぼしなのかもしれない。
そう思うと、私はそのお土産を素直に喜ぶことは出来なかった。
ーーー先輩が自宅に戻って来ていた1時間という短い時間ですら、
私は平常心を保つので必死だった。
本当は幸せ内容でもう終わろうかなって思ってたんだけどね(笑)
まだまだ続きます、頑張ります★
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