【 君がいる場所 】#95. 普段と違う彼女*。

君がいる場所

#95. – Itsuki Side –

花と気まずいまま過ごしたお盆休みは簡単に明ける。
「ーーー今日、飯でも食いに行くか?」
俺は彼女とのこの空気をどうにかしたくて飯に誘う。
ーーー分かりました。
とだけ笑顔もなく無表情で言葉で返してきた。
ここ最近、挨拶しか会話してないーーー。
このままではいけないことは分かってるからこそ彼女を誘ったのに、
彼女は来なかった。

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「えっ?何で先輩が来てるんですか?」
だけど花の代わりにそこに来たのは麗華さんだった。
「私だって驚いたわよ。ーーー朝、柊さんから電話が来てここに来て欲しいと言われたのよ。そしたら、あなたがいた。それだけのこと。」
つまり花が麗華さんを呼び出したってことかーーー。
「・・・すいません、話の流れがよく・・・」
理解できてない俺に麗華さんは深くため息をついて諦めたかのように話す。
「ーーーこの前電話が来たのよ、突然。まだ樹のことを好きか?って。」
「柊から?」
「それ以外誰がいんのよ。ーーー私、あの子苦手だからいじめてやろうと思って好きよって答えたのよ。そしたら、なんて言ったと思う?」
「ーーー分かりませんね。」
「良かった。ですって。耳を疑ったわよね。」
「あいつがそう言ったんですか?」
「ーーーウソじゃないわよ。良かったの?と聞き返したら、先輩のこと支えてあげてください。ですってよ。それで今日ここに来てと言われてきたら、あなたがいたのよ。・・・別れたの?」
「・・・いや・・・」
「ーーーこんなところにいて良いの?私たちがこうしてる間に、彼女は去るんじゃないの?」
そうだ、花には前科が何度もある。
いざと言うときにアイツは逃げるーーー。
自分の気持ちにも相手の気持ちにも向き合おうとしない逃げるやつだ。
「麗華さん、ありがとうございます!」
俺は何も注文することなく店を出る。
ーーー急いで家に走り、花を見つける。
あまりにも早く帰ったことで彼女は心底驚いてる。

「何で・・・」
彼女はボストンバックにちょうど荷造りしているところだった。
オレはカバンを奪い取り、全ての服を鞄から出して放り投げた。
「満足か?!あんなに嫌がってた麗華さんと復縁させたいか?!で、お前はまた逃げんの?」
「・・・」
「俺は何度逃げるお前を追いかければ良いの?振り回されれば良いんだ?今度はどこに行こうとしてる?」
「・・・」
「何か言えよ!!」
あまりにも何も言わないことに腹が立ち大きな声を上げた俺の声に彼女はビクッと震えた。
「・・・先輩のためだから。麗華さんと先輩ならお似合いだから・・・戻りなよ。」
冷めた目で彼女は俺を見た。
「何が俺のためなの?ーーーオレの気持ちは?そこは尊重してくれないわけ?」
「・・・」
また何も言わないーーー。
だけどさっきからずっと花の体が震えていることに違和感を覚えた。
昨日もこの前もそうだった・・・。
花は何かに怯えたようにずっと震えていた。
「ーーー何をそんなに怯えてる?」
オレは彼女にそっと触れようとした、
だけど彼女が一定の距離を保つように一歩下がる。
「・・・嫌いになったか?愛想尽かした?」
オレの問いかけに驚くようにして、
涙を貯めて花は首を大きく横に振る。
「・・・好きなやつ出来た?あの会社のやつ?」
「違う!出来てない・・・」
「好きな人が出来たなら仕方ない、諦めようってここに来るとき思ってた。でも違うならオレは認めない。」
「ーーー私とじゃ釣り合わない。私は・・・リハビリも上手く行ってないし、きちんと歩くこともできない。先輩にいつも合わせてもらってばかり。そんな自分が嫌なの・・・」
「ーーーオレは嬉しかったよ。あの日、試合に来てくれた日。花がオレのために一生懸命歩いてる姿を見てすげー嬉しかったよ。愛を感じた、愛しいと思った。・・・なのに何で?そんな簡単に壊れるものか?」
「・・・」
「リハビリ辛いなら言えよ。上手くいかなくたって頑張ってるの知ってる。弱音吐いたって支えるし、それくらいで嫌いになんてなんねーよ。」
花は大粒の涙を流しながら口を開き始めた。
「わたしは・・・怖い。お姉ちゃんが苦しむ姿を目の前で見た、蒼白してる顔を目の前で見た。死んじゃうんじゃないかなって怖かった。私のせいで死んじゃったらどうしようって・・・」
「だからあれは・・・!生まれる時期だったってコーチも言ってただろ?」
「そうは言っても!・・・分かってる、頭ではそう思ってる!でも心がついていかない!どうしても自分を責めちゃう!自分のせいだから・・・自分のせいでみんながいなくなっちゃうって思って。1人になるのが怖くなっちゃったの。本当は先輩が実家に行ったのも不安だった。帰ってこなかったらどうしよう。何かあったらどうしようって。でも予定切り上げて帰ってきちゃって、それはそれで罪悪感を感じた。この前の海もそう!行って欲しくなかった・・・!!1人になるって思ったら寝れなくて震えが止まらなくて・・・。」
彼女は自分の震える手を反対の手で押さえた。
「だったら一緒にいる選択しろよ・・・」
「出来ないよ!!みんな私のせいでいなくなっちゃうんだよ?!全部私のせいで・・・!!だったら・・・私がその前から消えないとって・・・私のせいなんだよ・・・!!」
花は叫ぶようにオレに訴えた。
しがみつくように訴えたーーー。
ーーー彼女の心は壊れてた。
「・・・誰かに触れてないと不安だった。誰かと一緒にいないと孤独で不安だった。誰でも良かったのかもしれない、それでも私は先輩が良かった。だから先輩に触れていたかった、一つになりたかった・・・。でも拒否られたらもう私・・・」
心が完全に壊れてしまった彼女をオレは抱きしめた。
「やめて・・・お願い、今は触らないで・・・!!」
だけど彼女はすぐにそれを拒否した。

オレは冷蔵庫に背もたれになり座り込んだーーー。
頭を抱えて、
どうしたら彼女の心を救えるかと考えた。
そこまで追い詰める必要性のないことに、
どうして自分を追い込んでしまうのだろうかとも考えた。
ーーー花は寝室の扉に背もたれになり、
体育座りして顔を見せないように涙を殺している。
「ーーー花には黙っていたことが一つある。」
この沈黙を破ったのは自分ーーー・・・。
オレの言葉で花は顔をあげる。
酷い顔になってるーーー。
顔を上げてくれたことで聞く耳は持ってくれているのが分かって良かった。
「・・・オレはずっと後悔して欲しくないから花が成人するまで抱かないと言ってきた。もちろんそれに嘘はない。だけど・・・花と付き合うと決めたとき、コーチと花が成人するまで行為はしない約束したんだ。花の父親・・・お兄さん代わりになってる人との約束を俺はそんな簡単に破れない。」
「・・・剛くんと約束か・・・そりゃ守るしかないよね。先輩にとって剛くんは恩人みたいなもんでしょ、そんな人との約束破れるわけないよね。」
「・・・誤解しないで欲しいのは、それは花のご両親の願いでもあるそうだよ。詳しくは聞けなかったけど、自分たちが高校在学中に妊娠してしまって後悔はしてないけど周りの反発に苦しんだと。万が一もあるからそう言うことは成人してからして欲しいと愛梨さんが幼い頃からずっと言われてたそうだよ。ーーー出来るなら俺だって花と重なりたいと思う、それは何度も伝えてきたと思う。だけどコーチとの約束、花のご両親の願いを破ってまですることじゃないと思う。それにそんなのがなくたって愛情の表し方はたくさんあると思うし、触れ合うこともたくさん出来ると思う。」
花は何も言わなかった、
ただ「そうだね」と言って、一点を見つめて何かを考えていた。

「・・・風呂沸かそうか。」
時間も時間だからとオレは冷蔵庫の前から立ち上がる。
「私、やる・・・ご飯もまだだよね?軽く作るね。」
「ーーーいいよ。自分でやるから。」
そう言ったけど花はキッチンから風呂自動を押し、
冷蔵庫から具材を取り出し何かを作り始めた。
花が風呂に入ってる間に、
オレは彼女の作ってくれた夕飯を食べた。

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次の日もその次の日も、
このことがなかったかのように彼女は笑顔だった。
一緒にいる時は楽しそうに笑い、
この前の泣きじゃくる姿はここ2日の彼女からは想像が出来ない。
「今日、麗華さんから電話が来たよ。この前の件で俺たちのことを心配してたらしい。」
「ーーーそうなんだ、連絡するの忘れてたからありがとう。」
「ーーーああ。それと・・・」
まだ何かあるの?と言いたそうな表情をして彼女はお箸を置いた。
「内定が決まりそうだよ。」
「ほんと?!凄いね!」
大学も3年になった頃から俺は就活を始めた。
ほとんどが推薦で就職する中、
俺は自力で就職活動をしていた。
自分が生きたいと思える会社を何個か見つけ、
そこから受けて行った。
シートだけで落とされることはもちろん、
面接で落とされた時には自分自身を否定されたかのようにも思える。
それでも俺が頑張ろうと思えたのは花がそばにいたからだと自信をもって言える。
「ーーーすごいなぁ、先輩は。少しずつ前に進んでる。」
「花もすごいだろ。仕事に関しては俺より先輩だしな(笑)」
「そこはバスケチームあるの?」
「ーーーあるよ、一応あるところを受けていたからな。社会人にならないと分からないことも多いけど、大学リーグよりも忙しくなると思ってる。・・・それでもバスケ続けても良いか?」
花は微笑んでお箸をおいた。
「ーーーイヤだ。」
「えっ・・・」
俺は彼女を見たーーー・・・。
ただただ優しい瞳をしている。
俺との視線を絡まして、彼女は俺から視線を落としてクスッと笑った。
「なんてね(笑)私がイヤだって言えばバスケ辞めるの?」
「それは・・・」
「違うでしょ?仕方ないよ、私もバスケしている先輩を好きになったんだもん。」
「ーーーありがとう。」

それからの数週間、
花は本当に穏やかに過ごしていたと思う。
ーーー少なくとも俺の前では。
俺の前で叫ぶことも罵倒することも無くなった。
あんなに毎日が不安定の塊だった人間が、
あの大きな討論の日から何もなくなったことに逆に俺は不安を感じている。
本来なら喜ぶことだけど、
なんとなく違和感が俺にはあった。
俺が帰宅すればご飯が用意してあって、
笑顔で迎えてくれるーーー・・・。
俺の話に聞く耳を持つ。
・・・だけど自分の話をしなくなったんだ。
俺の話に相槌を打ち、それに対して質問は投げかけてくる。
だけど自分のその日のことをあんなにペラペラ話していたのに今はそれが無くなった。
「花はどんな日だったか?」
と聞いても。
「うーん、何も変わらない日だったよ。」
同じ答えが返ってくることに違和感を強く感じ始めた。

ある日の日曜、
俺は彼女に吉岡さん達と出かけると言った。
楽しんでね、と笑顔で見送られ駅に行き喫茶店に入った。
ーーー本当は吉岡さんと出かける約束なんかしていない。
こんなやり方は汚くて好きじゃないけど、
彼女が今どんな毎日を過ごしているのかただ知りたかった。

「ーーー何を泣いている?」
そっと音を立てないように帰宅すると俺の見立て通り彼女は1人で泣いている。
体を震わせ、手を振るわせながら。
ーーーあの日、孤独に対する恐怖を彼女は俺に訴えた。
だけど・・・なんの解決話をすることもなく話がすり替わってしまったことに対しても俺は疑問を持ってた。
だから絶対1人の時に何かあると察した。
「えっ・・・先輩?!」
予想外の人物が戻ってきて焦って涙を拭う花。
俺は彼女の隣に座って手を握った。
「花、オレはいなくならない・・・。そりゃ遠征でいなかったりすることは多い、だけど花が言ってる消えてしまうとかそう言った部類ではいなくならないと約束出来る。」
「わたし、大丈夫だよ。」
花はオレに笑ったーーー・・・。
オレは彼女を強く抱きしめた、
強がってるって分かるからーーー。
「大丈夫じゃないだろ!こんなに震えて・・・たった30分でこれだぞ?不安で仕方ないんだろ?」
俺はこれでもかってくらい強く抱きしめた。
「ーーー怖いよ。1人になるのが怖い・・・でも耐えなきゃ、頑張らなきゃって思うから・・・。」
花の涙が俺の服を伝ってくる。
「1人には絶対させないから・・・」
俺は強く彼女を抱きしめた。
俺は手を緩め彼女も腕から解放され俺を見る。
ーーーどれだけの涙を流したのだろう。
どれだけの涙を我慢したのだろう。
どれだけ苦しんでいるのだろう。
俺は彼女に唇を重ねた。
驚く彼女に俺は微笑んで何度も口付けをした。
これで解決したわけじゃない、
だけど少しでも彼女の不安要素をとってあげたかった。

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