#94.
私は先輩と離れるのが怖くなったーーー。
先輩とだけじゃない、
1人になることを極端に恐れるようになった。
お姉ちゃんの苦しむ姿を目の前で見て、
1人になるのが怖くなってしまった。
・
「ーーー今週末、2泊3日で海の大会で家にいないからな。」
季節は真夏の8月中旬で、
お盆休みを狙って先輩たちのチームで海に行くというのは前から聞いていた。
一度は誘ってくれたけど、
どう考えてもレベル的に私に見合わなくて断った。
ーーーあの時はこうなることを想定してなかったし、
今となれば行くって返事すれば良かったと思った。
「・・・うん。」
でも今更覆すことなんて出来なくて、
私は笑顔で答えることしかできなかった。
行かないで、と言えばきっと先輩は行かないだろう。
行かないで、と言えばきっと彼は心配するだろう。
先輩が毎年に楽しみにしているイベントだと知ってるから。
だからそんなことは絶対に言ってはいけない気がした。
お風呂で・・・湯船に浸かりながら流れ出す涙をお湯と一緒に流した。
「ーーー行ってくるわ。土産、何が良いか考えておけよ。」
金曜の朝、先輩は海へと行ったーーー・・・。
玄関から見送り、
ベランダからも先輩が見えなくなるまで手を振った。
ーーー涙も風と共に流れていくかのように消えて行った。
わたし、大丈夫だろうか・・・
このお盆の最中、会社も休みでずっと先輩と一緒にいた。
ーーー1日だけご実家に戻る先輩と離れた数時間でさえも私は不安に襲われた。
1人という恐怖が自分を襲い、
震えが止まらなくて何度も連絡しちゃって迷惑をかけた。
ーーー夕飯を食べてくるはずだった先輩は、
友達との約束も断って帰ってきた。
ただ不安だった・・・ーーー。
私がいないところで先輩に何かあったら。
私に関わる人全てが苦しんでいるからこそ、
余計に不安を隠せなかった。
怖かった、先輩を失いそうで。
そう考えるだけで震えが止まらなくて過呼吸を起こす。
ーーーでも今自分の身を守れるのは自分だけだから、
大丈夫と自分に言い聞かせて落ち着かせる。
・
三日間、先輩からの連絡はほとんどなかった。
楽しんでいる、その証拠だと思うけど私は逆でほとんど睡眠を取ることができなかった。
1人への恐怖で震えが止まらなく、
動悸も止まらなくて全く寝れない日々を過ごした。
先輩が海へ行ってる間の1日だけ、
私は剛くんと会ったーーー。
・・・話がある、と呼ばれた。
先輩のマンションでは抵抗があると言われ、
私たちは駅前のカフェで待ち合わせをした。
「・・・愛梨がお前が会いに来てくれないって言ってたぞ(笑)」
「ごめんね、忙しくて・・・」
お姉ちゃんから何度か連絡もらって、
会いに来てと言われた。
でもこの精神状態で行けるわけがない、
お姉ちゃんに会ったら私はまた自分を責めるだろう。
「・・・花、痩せたな・・・」
「そう?体重変わらないけどね・・それより、話って?」
私はあまり長居したくなくて要件を求めた。
「・・・足、どうしたんだ?なんで松葉杖してるんだ?」
その話だとは思ってたからあえて今日は松葉杖して来なかった。
でも隠し切れる嘘でもないことも分かってた。
「・・・3ヶ月前くらいかな。その頃に、足に違和感があって病院に行ったの。そしたら血腫が出来ちゃって。」
「え?血腫?」
「ーーーうん。まぁ知り合いとバッティングセンター行ってやったのが原因っぽいから自分が悪いんだけどね。だから・・・手術したんだ。」
「えっ?手術!?同意書は?!愛梨に何も連絡来てねーぞ。」
「・・・結構痛みがひどくて立ち上がれないほどで、急ぎの手術で。だから先生にお任せしたんだけど・・・おばあちゃんの方に頼んだのかな。また迷惑かけちゃったかな・・・」
「ーーー今は?痛みは?」
「もう大丈夫だよ。リハビリも頑張って回復してるし。でも・・・私の左足はもうダメなんだろうね。」
「えっ?」
「だってただバッティングしただけだよ?それだけなのにこれだよ?(笑)なんの使いもんにもならないね(笑)」
「はな・・・」
困惑してる表情と、
私を心配する表情をする剛くん。
「でも大丈夫、リハビリ頑張ってきちんと歩けるように戻るからさ!お姉ちゃんにも心配かけてごめんねって伝えておいてもらえる?」
「・・・今から会いに来るか?」
席を立とうとした私に剛くんが提案する。
私は驚いて彼を見るととても穏やかな顔をしていた。
ーーーお父さんになったんだな、って嬉しかった。
それと同時に寂しくも感じた。
もう私の知ってる剛くんはいないのかもしれないと。
「・・・またにするね。お祝い送るから待っててね。」
私は席を立ち、お金を置いてゆっくり歩く。
でもまだまだ慣れてないから、
バランスを崩して転んだ。
立ちあがろうとしてもなぜか足に力が入らない。
「お願い・・・動いてよ・・・」
私は涙を流し、左足をドンドン強く叩く。
・
何度も叩いても今日に限って調子が悪い。
「花!もう良いから・・・!!」
そんな私を見かねた剛くんは私を強く抱きしめた。
「もう良い・・・頑張ってるよ、お前は・・・!!ずっと放っておいて・・・樹にばかり任せてごめん。辛いよな、苦しいよな・・・ごめんな。」
剛くんは強く強く私を抱きしめた。
その腕の中で私は泣き崩れたーーー。
ーーー人の目なんて気にしていられなかった。
剛くんに支えられ店を出る、
ゆっくり歩幅を合わせてくれる。
そういう優しさがすごい好きだった。
お父さんみたいに優しい人だと思ってた。
「ーーーここで大丈夫。」
「送るよ・・・ーーー。」
「大丈夫。」
「さっきすっ転んで、はいそーですかって引き下がると思うか?」
「ーーーそうだよね。」
結局、剛くんは家の中に入るのを確認すると言って玄関まで入った。
でもその先には入らず、
そのまま本当に帰った・・・。
やっぱり気まずさが残った・・・ーーー。
本当は仲直りしたい、
前みたいに・・・
一緒に暮らしていた時みたいに距離のない関係に戻りたい。
ーーー私どうやって笑ってた?
どんな話をしていたっけ?
剛くんとの思い出が過去すぎて思い出せない。
ーーーそして誰もいないこの家に1人、
また孤独の震えとの戦いが始まった。
・
先輩は予定していた時刻よりだいぶ遅く帰宅。
「・・・遅かったんだね。」
「花さ、携帯見てねーの?」
「えっ?」
それを言われて携帯を確認すると、
何件かのメールと電話の履歴がある。
「ーーーごめん、気が付かなかっ・・・」
「気が付かないって・・・笑。良いや、風呂入ってくるわ。」
お風呂に先輩が入ってる間、
履歴に残されたメールを確認する。
お土産の候補を催促メールが三件、
私からの返信がないことへのメールが4件。
予定を切り上げて早く帰ると書いてあった連絡も、
結局人身事故の影響で予定より遅くなってしまうという連絡のメール。
ずっと見ていなくて今全部見たーーー・・・。
そりゃこれだけ連絡して返事なかったら心配するよね。
・・・また先輩の予定を切り上げさせてしまった。
もう自分が嫌だ、
そう思った。
「もう遅いし寝るぞーー・・」
機嫌が治ったのか、
炭酸水を飲みながら先輩が私に言う。
予定を切り上げなければならなかったこと、
怒ってないのかな。
この前のご実家もそう。
私のせいで予定を狂わしてるのに怒ってないのかな。
不安で不安で不安すぎて、
私は先輩の手を強く握って胸元に自分の頭を擦り付けるように抱きついた。
不思議そうに私を見つめる先輩と目が合い、
私は彼の唇に自分の唇を重ねた。
触れている時は不思議と不安が消える・・・ーーー。
だから私は何度も先輩に唇を重ねる。
「おい、どした?」
先輩の問いかけも私は無視した。
先輩を押し倒す形を取り、先輩に深い口付けをする。
戸惑うも対応してくれる先輩はやっぱり優しい。
ーーー重なりたい、先輩と。
今すぐーーー・・・。
そう強く思った。
自分が自分であるために、
今重なりたいと強く思った。
触れていれば不安が消えるから、
ずっと触れていたいと思った。
だから私は自分でシャツを脱いだーーー・・・。
「おい、何やって・・・」
流石の先輩も驚いて、私を突き放した。
「どうして・・・。そんなに私は魅力ない?」
「違う、そう言うことじゃないって・・・」
「じゃあなんで・・・!!何でなのよ・・・!!」
泣き叫ぶ私に引いて、
先輩は何も言わず黙ったーーー。
「私が初めてだから・・・?」
「ちが・・・」
「わたし・・・もう自信ないよ。」
「花・・・話を・・・」
先輩は私と話し合おうとした。
「触らないで。ーーーおやすみなさい。」
私はシャツを着て、
そのまま先輩と距離を置いて反対側を向いて眠りについた。
・
朝起きたらもう先輩はいなかったーーー。
お盆中だから練習は休みなはず、
ランニングに行った跡もない。
どこに行ったのかは分からないーーー。
私もあんなに討論したのに、
ただ先輩がそこにいただけで深い眠りについた自分に笑えた。
この3日分の睡眠を一気にした気がする。
「・・・起きたか。」
部屋の掃除をして出掛けようとしているところに先輩が帰ってきた。
「あっ、うんーーー・・・」
「気持ち良さそうに寝てるから、コンビニ行って飯買ってきた。食うだろ?」
お腹空いてないなんて言える雰囲気じゃなくて、
椅子に腰掛けた。
「・・・いただきます。」
少し食べると気持ち悪い、
ゆっくりと少しずつ水分を摂りながら食べた。
「今日天気良いぞ。あとで散歩でも行くか。」
昨日のことが何もなかったように先輩は私に話す。
それが逆にいたたまれなくて私は何も話さなかった。
「・・・先輩。」
でもこれだけは伝えないといけない。
「なんだ?」
「・・・昨日は取り乱してすいませんでした。」
自分の失敗、だからきちんと謝罪した。
「ーーー何かあったか?」
「・・・いいえ、大丈夫です。」
でも自分の弱さは見せられなかった。
「ーーー飯食ったら散歩行くか。」
「・・・私は遠慮しておきます。」
「花・・」
「ご馳走様でした。」
笑顔で伝え寝室に私は入った。
ーーーなんだか寝不足や心の不安定でどっと疲れていて起きる気にはなれずにその日は一日中寝ていたと思う。
何度か先輩は私の様子を見にきた、
その度に私は寝たフリをした。
・
夜、先輩が出かけたーーー。
その隙を見て私は環にあるお願いの電話をした。
・・・麗華さんと話がしたいとお願いして、
連絡先を教えてもらい本来なら大嫌いなあの人に電話した。
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