#93.
その日、先輩は夜遅く帰宅したーーー・・・。
早く帰宅することを希望したけど、
ミーティングから先輩たちに捕まり、
私とのことを根掘り葉掘り聞かれた、
と次の日に話してくれた。
文句を言いながらも楽しそうに話してくれる、
そんな先輩を見て聞いているだけでも十分に私は楽しかった。
・
「絶対無理だけはすんな。本気で心臓止まるかと・・・」
「わかってるって(笑)お父さんみたいだよ?」
「おとう・・・!?お前なぁ・・・」
「じゃ!行ってきまーす!」
先輩に自力で歩けることを証明した日から、
私は少しずつ本当に歩けるようになっていった。
愛の力って本当にすごいなぁって思う。
で、今日から久しぶりの出勤でタクシーを使うように私に言った先輩に私は拒否った。
お金ももったいないし、自分の足で今は行ける。
私を甘やかさないで欲しいもんだ。
久しぶりに復帰した会社では、私をとても歓迎してくれたーーー。
特に愛菜さんは涙を流すほど喜んでた。
ーーーいつのまにか子供も生まれていて、
あんなに大きなお腹だったのに膨らみが消えていた。
まだ赤ちゃんは職場に連れて来れないと写真を見せてくれたけどそれは本当に本当に可愛い赤ちゃんだった。
それと同時に私は元気さんに対して複雑な気持ちになった。
ーーー出産報告をどんな気持ちで聞いていたんだろう。
苦しいはずなのに笑顔で喜んでるのが苦しかった。
だってもし自分が同じ立場なら絶対に喜べないーーー。
好きな人の幸せを喜べるほど私の心は広くない・・・。
「ーーーお昼一緒に食べに行きませんか?」
「良いけど、なんか食いてーの?(笑)」
「ーーーラーメン!」
「りょーかい!」
奥田さんはお休みだったから元気さんと2人で。
先輩には帰宅したら話そうと思ってあえてメールも電話も特別な連絡は入れなかった。
・・・
久しぶりの業務は午前だけでも疲労を感じる。
でも他の人に比べたらまだ新米だから、弱さは見せない。
「・・・ほら、ラーメン行くぞ。」
「はいっ!!」
元気さんはいつも行くラーメン屋ではなく、
時々1人で行くラーメン屋に連れて行ってくれた。
「なんか話があんだろ?」
「えっ?」
「柊さんから誘うなんて珍しいから、話があるんだなって思ったわ(笑)」
ほぼラーメンを食べ終わる頃に元気さんは私に聞いた。
「愛菜さんのこと大丈夫なんですか?!辛いのに無理して笑ってないですか?」
「ーーーそのことか(笑)」
普通に微笑んで笑ってる、どうして笑えるんだろう。
「・・・なんでそんな・・・」
「辛いって言ったら慰めてくれんのか?」
「それは・・・」
「ウソだよ(笑)あの日は悪かったな、お前の彼氏の反応試しただけだから特別な気持ちはないから安心しなよ。それに愛菜のことも心配しなくても大丈夫、吹っ切れてるから。」
「でも・・・!!」
「心配してくれるのありがたいけど、そう思うなら女紹介しろよ(笑)」
「女の子ですか?私の友達で良いなら・・・!!」
「楽しみにしてるわぁ、ほら休憩終わるぞ。」
ーーー元気さんはいつの間にかランチが終わってて、
私は急いで彼の後を急ぐ。
「ーーー間に合わなかったらお前のせいだからな!笑」
「分かってますって!」
「・・・でも転ぶなよ、まだ松葉杖なんだから・・・」
そう言ってゆっくり歩幅を合わせてくれる優しさはやっぱり先輩に似ていると思う。
松葉杖なくても歩けるようにはなってるけど、
すごく遅くなってしまうし、まだ補助無しは転んだ時のリスクもあって外では松葉杖することにしている。
「ありがとうございます!」
「ほら、行くぞ。」
そう言ってゆっくり歩いてくれる、
どうして愛菜さんはこの人を好きにならなかったのかな。
副社長のどこに惚れたのかな。
副社長に魅力がないわけじゃないし、
もちろん仕事もできるし魅力的な人だけど。
だけど私は元気さんの方が愛菜さんに合うと思う。
ーーーそんなことを考えながら隣を歩いてた。
「ーーー花?」
そんな時に向こう側から驚いた顔をして私を見る人物・・・
ーーーお姉ちゃんが歩いてきていた。
えっ、なんでお姉ちゃんがここにいるの?
「えっ、何でここにいるの?」
「・・・ここの近くの婦人科なんだ。」
そう話しながらお姉ちゃんは元気さんを見る。
「あっ、職場の先輩なの・・・こちらは私の姉です。」
「柊さんの姉貴?モデルのHANAが?」
ヤベッという顔を元気さんはした。
「えっ?」
「いや、妹がファンで・・・よく見せられてたんで。あーー・・・HANAは柊さんの名前か!なるほど!身近にいるもんだな(笑)」
「ーーー花、その松葉杖・・・」
元気さんの話は無視して、私の松葉杖に気を取られるお姉ちゃん。
私も姉と会うのは先輩の家で討論して以来・・・。
「先戻って・・・」
先に戻るという元気さんの裾を掴んで引き留めた。
お姉ちゃんと2人になりたくない、
何を話せば良いのか分からなかったから。
「・・・わたし、手術したんだ。」
「えっ!!?手術??」
「2ヶ月前くらいにね・・・まだリハビリ中なの。」
「何で?!どして?」
「足に血腫が出来ちゃって・・・ごめん、私職場に戻らないといけないからまた話そう。また連絡するね!」
「花・・・!剛は?・・・剛はこの事知ってるの?」
私は首を横に振った。
「ーーー知らないと思うよ。先輩はきっと剛くんに話してない。」
「そんな・・・花!待って・・・!!!うっっ・・・」
お姉ちゃんの元を去ろうとした私。
私に向かって叫ぶお姉ちゃん、
ーーーからの苦しむ声が聞こえて振り向く。
「大丈夫ですか?!もしかして陣痛!?今、何ヶ月ですか?」
すぐに私じゃなくて元気さんが駆け寄ってお姉ちゃんに問いかける。
「・・・来週出産予定で・・・」
お姉ちゃんも苦しそうにお腹を抱えて元気さんに何かを伝えている。
ーーーそのままお姉ちゃんの意識は遠のいて何を話してももう耳には届かなくなってしまった。
「うそ、お姉ちゃん!!」
私はお姉ちゃんの元にゆっくり行き、苦しむお姉ちゃんの手を握る。
陣痛ではなくて破水してしまったようで、
液体が大量に溢れている。
「ここからなら救急車呼ぶよりタクシーの方が早い。柊さんは会社に電話して事情話して。あとお姉さんの旦那さんにも・・・」
「・・・」
目の前に倒れている姉を見て、パニックになってしまった私はなにも耳に入ってこない。
「柊さん!大丈夫だから!会社に事情を話して、お姉さんの旦那さんにも連絡する!」
元気さんの私に対する言葉で我に返る私・・・。
「ーーーはいっ!」
元気さんに言われるままタクシーに乗り込み、
私は会社に今この状況を話した。
そしてきっと練習中であろう剛くんに連絡を入れる。
ーーー手が震える。
お姉ちゃんの赤ちゃんが突然産まれることになるなんて。
私が・・・またやらかしてしまったのだろうか。
真っ青な顔をして苦しそうな顔して意識を失った姉の顔が頭から離れないーーー・・・。
どうしよう、お姉ちゃんに何かあったら。
私はまた取り返しのつかないことをしてしまったんじゃないかと自分を責める。
ただ・・・無事でいて欲しい、それだけを願い・・・
「大丈夫、落ち着いて。」
震えが止まらなくて元気さんは私の手を掴んで、何度も励ましてくれた。
・・・
「花!愛梨は?!」
剛くんに連絡がつかなくて、私は学校に電話して伝えてもらった。
そしてすぐに剛くんは来たーーー。
人が運ばれるってこんなに怖いんだ・・・
私は何度も病院に運ばれてきた、それは当たり前のように感じてしまっていたけど。
自分の大切な人を失ってしまうかもしれないと言う恐怖が自分を襲ってくるんだと怖くなった。
「ーーーごめんなさい・・・。私が・・・お姉ちゃを追い詰めてしまったかもしれない・・・だから・・・」
私は剛くんを見るとホッとして涙が崩れるほど出た。
剛くんの前にしゃがみ込み、土下座するように謝罪した。
「花、大丈夫。もういつ生まれてもおかしくないって言われてたんだ。だから花のせいじゃない・・・」
剛くんは私を立ち上がらせ、安心させるように抱きしめた。
「もし・・・お姉ちゃんと赤ちゃんに何かあったら私のせい・・・」
「花、大丈夫。落ち着こう、な?」
剛くんは私の背中をさすりながら私を安心させるーーー。
いつもの優しい私の大好きだった剛くんの手に安心を覚え、少しずつ冷静を戻していったわたし。
「・・・あなたは?」
そして剛くんも元気さんの存在に気がついた。
「あっ!私の職場の先輩でここまで運んでくれて・・・。元気さんがいなかったら私だけだったら・・・」
剛くんは私から離れて、元気さんの前に立つ。
「この度はご迷惑おかけして・・・ありがとうございました。」
「いえ。それじゃ、俺はここで・・・」
もう自分の用事は済んだからと元気さんは剛くんに挨拶をする。
「ーーー花も戻って良いよ。生まれたら連絡入れるから。ここにいたらお前、自分責め続けるだろ?」
「ーーー分かった。待ってるね。本当に御免なさい・・・」
私を待つ元気さんから松葉杖を受け取り、
私と元気さんは病院を後にした。
・・・
「ーーー柊さんはこのまま自宅に戻って。」
「えっ?私も職場に・・・」
「身内が大変な時に仕事どころじゃないでしょって愛菜が休めってさ。復帰直後に厄年か?(笑)」
「ーーーすいません。明日必ず出勤します。」
「気をつけて帰って。」
元気さんはタクシーに私を乗せて、
自分は歩いて職場に戻った。
自宅に戻っても何もやる気が起きなくて、
ただソファに座ってボーとしている自分がいる。
夜暗くなっても体が動かなくてソファから動けない。
だから真っ暗の中、
私はただ1人ソファに座ってた。
「うわっ・・・!!びっくりさせんなよ・・・」
だから先輩が帰宅して電気つけたら真っ暗闇の中にソファに座る私を見て軽い悲鳴をあげてた。
「あっ・・・おかえり。」
ハッとして私も先輩を見る。
ーーー何もしてないことで、部屋が明るくなったことで現実に戻された。
夜ご飯も作ってない、
着替えもお風呂も何もしてないーーー・・・。
「ごめん、お風呂もご飯も何も・・・」
「ーーー花はそのためだけにこの家にいるわけじゃないだろ?出来ない時があって当たり前なんだよ。目が腫れてる。・・・何かあったか?」
私を責めることなく先輩は優しく抱きしめた。
「・・・先輩・・・」
そして今日の出来事を全て話したーーー。
きっとまだお姉ちゃんは苦しんでることも。
「もしかしたら私が・・・お姉ちゃんを昂ぶらせてしまったかもしれない。大きい声で叫んだから破水してしまったのかもしれない。また私はお姉ちゃんを・・・」
自分を責めることしかできない私は、先輩に訴えた。
「ーーーはな、それは違うと思うよ。コーチも言ってるように時期だったんだと思う。今、お姉さんが頑張ってる分、心で応援してあげると良いんじゃないか。」
私はしがみつくように先輩に抱きつく。
嗚咽を我慢しながら先輩に抱きつき、
先輩は私を優しく包み込んでくれた。
「ーーー花、電話が鳴ってる。コーチから。」
その時にテーブルにあった私の携帯が鳴る。
先輩の言葉を聞いて私はすぐに電話を取る。
「もしもし!お姉ちゃんは?!」
「無事だよ、母子共に元気だ。3200gの男の子が生まれたよ。」
「ーーー良かった・・・本当に良かった!おめでとうって伝えておいて。剛くんもおめでとう・・・」
私は受話器を抱えて涙をこぼす。
「花、落ち着いたら会いにこいよ。」
「ーーー今日はお姉ちゃんのそばにいてね。」
すぐに電話を切って、
男の子が生まれたことを先輩に報告した。
自分のことのように喜んでて、
先輩はすぐに高校バスケ部メンバーのいるLINEに連絡を入れていた。
剛くんから送られてきた新生児の写真を見て、
赤ちゃん良いなぁと思った。
「ーーーいつか花もお母さんになれるよ。」
その写真を一緒に見て先輩はそう言った。
言葉の流れできっと軽く言ったんだと思う。
でも何となく他人事のようにも感じ取れたーーー。
・・・
そのあたりから、
私は異常な行動をするようになった。
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