【 君がいる場所 】#92. 彼の涙*。

君がいる場所

#92.

リハビリに行く時はタクシーを使う。
まだ歩いていける自信はないし、
1人だから何かあった時に困るのは先輩だから。

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「今日もうまくできなかった・・・」
最近そんな会話ばかりで申し訳ないなと思う。
「今日はね、少し進めたんだ!」
逆にうまく行った日はいつも以上に興奮して伝えていたと思う。
ーーー先輩は疲れているのにも関わらず、
私の話を最初から最後まできちんと聞いてくれていた。
出来ない時は「焦らずゆっくり行こう」と励まされ、
出来た時は「やったな!」と喜んでくれる、
ただそんな小さなことだったけど私の心に安らぎをもたらしてくれた。

「・・・次、都内で行われる試合っていつ?」
「2週間後だな。ーーー来るか?」
先輩の話によれば今週は静岡、
来週は都内で試合があるという。
「環を誘って予定が合えば行こうかなーーー・・・」
その瞬間、先輩が私を抱きしめたーーー。
えっ、と戸惑う私に対して彼は言った。
「やっと・・・やっと見てもらえるな、楽しみにしてて。」
私に来るなと言ってから先輩はもう私が見に行かないんじゃないかと本当は不安だったことを教えてくれた。
ーーーだから観に行こうと思ってくれたこと自体が嬉しくて抱きしめてしまったんだって。
私はそんな先輩の気持ちが嬉しくて、
離れようとした先輩を今度は私が抱きしめ返した。
精一杯の力でギュッと抱きしめて、
そんな私を先輩は微笑みながら優しく包み込んでくれてた。

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私はすぐに環に連絡して予定を確認。
メールだけで済む内容だったけど会いたいと言ってくれて数日後に夜ご飯を食べに行く約束をした。
「樹さん、喜んだんじゃない?」
「ーーーうん(笑)でも最前列取るっていうから後ろで良いって言ったんだ。あまり目立ちたくないし・・・」
「花が来る来ないにしろ先輩は最前列をいつも取ってるみたいだよ?」
環からの情報に耳を傾ける。
どういうことだろう、と疑問を抱える。
「花が試合に来ていなくても、いつ花が来ても良いように花の座席を先輩は最前列でいつも取ってたみたいってこと。」
「えっ?」
「それほど試合に来て欲しかったんだと思うよ?」
そう言って先輩の大学の公式SNSを見せてくれた。
先輩からの発信は何もないけど、
コメント欄に大量のメッセージが残されている。
「また最前列空席だった!樹くんの彼女さん、また来なかった!待たせないで、来てあげて!」
「松村選手の一途さに泣ける!どうか彼女さんが来てくれますように・・・」
など私が来てくれることを願うコメントが大多数見られ批判コメントなどは一つもなかった。
「・・・花がそこに座ることできっと花が彼女だとバレると思う。でもファンの多くが来て欲しいと願ってるのもここに書いてある事実。自信持って行って良いんじゃないかな?」
ーーー環の言葉になぜか救われ、
私は涙を堪えながら感謝の言葉を伝えた。

「試合なんだけど・・・」
「環、行けるって?」
「うん、行けるって。環の席も取ってくれる?」
「ーーー当たり前だ(笑)花の隣の席を取っておく。」
彼女の特権だけど、
最前列席は特等席の気がして嬉しい気持ちになった。
ーーーそして、この日、私はある決意をした。

この日までーーー。
試合当日まで、私は必死にリハビリを頑張った。
車椅子でもない松葉杖でもない、
自分の力で歩けるというのを先輩に見せたかったから。
ただ自分との約束てして、
出来なかったことに対して先輩に当たらない。
当たるくらいなら出来ないことをやらないと決めていた。
ーーーただ人は目標があるとやる気が起きるもので、
私は限られた時間の中でリハビリを必死にやった。
その中で自力で歩くことに何度か成功した。
無理はしない、
でもその中で何歩か前に進むこともできた。
きっと出来る、
自信持てば出来る、
そう思って私は当日を迎えた。

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心配症の先輩は会場まで私を連れて行くと言った。
そもそも選手と観客では入る時間も違うのに過保護すぎると私が怒ったことで諦めたけど、
環が家に迎えに来ることになった。
「心配しすぎだと思うんだよね!」
「愛されてる証拠なんじゃない?ーーー荷物持つよ。」
リュックを背負い松葉杖を使って歩く私に気遣う環。
ありがたいけど、何も出来ない自分に腹が立つ。
電車が遅延してきたことなどが重なり、
会場に到着したのは試合が始まって少し経過してからのこと。
「ーーー先行ってて。緊張して動けない・・・」
最前席を準備してくれているのを知ってるから、
いざという時に緊張が強まって近くのベンチに腰掛けた。
「ここまで来てそれ言う?(笑)ほら、グダグダ言わないで行くよ!」
ーーー環に片腕を掴まれて立たされて、
支えられながら座席に向かわせられる。
座席に向かう小さな階段では松葉杖は逆に危ないからと環が持ってくれ、
私は彼女に支えられながら一つずつの階段を降りて最前列がある1番下まで降りた。
ーーーその時一瞬だけど、
先輩と目が合った気がした。
先輩の目の色が変わった、そんな気がした。

そして座席に座ると、
「えっ!ずーと空いてた席が埋まったよ!」
「彼女どっち?松葉杖?ショートの方!?」
と一部のファンの声も私の耳に入った。
聞こえないふりしてルールもわからない先輩のバスケ姿を目に焼き付ける。
「見て、花・・・チームのSNS。」
環が私に見せてきた内容、
それは私がきたことに対する感謝のコメント。
「どっちが彼女でも良いや!ありがとう、彼女さん!樹くんのやる気入った!」
そう言ったコメントが多くて、
私は来た以上は逃げられないと心を強く決めた。

前半は先輩のチームがリードして終了。
ハーフタイムショーはチアガールの方々が可愛らしいダンスを披露している。
15分の休憩の中、トイレに行く人が大半。
私は動くのも大変なのでその場に居座ってチアダンスを見る。
そうこうしてる間に先輩たちが戻ってストレッチを始めた。
もうすぐ後半戦が始まると言う合図になる。

吉岡さんと隣同士に座る先輩は、
ストレッチをしながら楽しそうに話してる。
リラックスして試合を楽しんでるのが伝わるから私も嬉しい。
もちろん勝つに越したことはないけど、
勝ち負けよりも試合自体を楽しんでいるのかなと思った。
ーーー後半戦が始まるまで、
私も環とずっと話していた。

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後半戦も先輩や吉岡さんの活躍で勝利。
その日のMVPは先輩かなと思ったけど、吉岡さんがMVPに選ばれインタビューを受けていた。
「これ、放送されているの?」
「どうだろ?そんな大きな試合じゃないからされてないと思うよ。」
でもMVPとか選ばれて私も住む世界が違うんだなと思った。

試合が終わってもほとんどの観客は帰らない。
次の試合を待つ人もいれば、
先輩たちが体育館から消えて行くのを待つ人たちもいる。
ーーー先輩は試合終了後のストレッチを、
今度は青木さんとお互いに押し合いっこしている。
楽しそうにじゃれ合う姿を見るのも新鮮で私は楽しい。
「はな、樹さんこっちに来るよ!」
周りを見たら吉岡さんも彼女の元に歩き、
青木さんも彼女の元に歩いて勝利を喜んでいる。
だからなのか・・・ーーー。
先輩も私の方へと歩き出してて、私は先輩から視線が外せなかった。
「環、今頑張る・・・!!」
私は今日この日のために頑張ったリハビリの成果を見せたくて立ち上がり先輩の方に歩き出す。
「あの子だ!松葉杖の子が彼女だよ、きっと!」
野次馬は私の耳にも聞こえる、でも気にしない。
松葉杖が倒れないよう環が私を支えてくれた。
ーーーそして私は松葉杖を取り、環に渡す。
それを見て驚いた先輩は足を止めた。
何をしているんだ、と言いたいような表情で。

「・・・何して・・・?」
私はゆっくり一歩を踏み出す・・・。
大丈夫、リハビリ頑張ったもん。
沢山めげたけど、今日のために・・・
先輩を驚かせたくて頑張った。
でも簡単には行かなくて一歩踏み出して、よろけて転びそうになるのを環が支えてくれた。
それを見た先輩も私に駆け寄ろうとしたけど、
私は阻止した。
「来ないで、そこまで頑張るから。」
「花、お前何言って・・・無謀な挑戦すぎる。」
その声が聞こえても私は気にしないで立ち上がって一歩進める。
「毎日励ましてくれて嬉しかった。この日のためにたくさんリハビリ頑張ったんだよ・・・」
また一歩踏み出す、
よろけても踏ん張ってふらつくのを阻止できた。
「彼女さん、骨折してたんだ!・・・松村選手のところに歩こうとしてるんだよ!・・・頑張れ!」
「彼女さん、頑張れ!頑張れ!」
鳴り響く私を応援してくれる声が嬉しい。
私はもう一歩を前に出すーーー・・・。
ーーー出来た!ふらつくことなく出来た。
もう一歩、少しずつ出してゆっくり進める。
10歩進んだーーー。
そして力尽きた私はふらついたけど、
先を読んだ先輩にキャッチされた。
「ーーーどう?驚いた?まだ少しだけど、杖がなくても歩けたよ?まだまだだけど頑張れる気がする・・・」
ーーー先輩は私を強く抱きしめた。
「っっっくっ・・・」
耳元から聞こえる先輩の涙を堪える声。
「・・・先輩?」
「ーーー頑張ってたもんな。はな、頑張ってた・・・」
「・・・泣かないでよ。こっちまで涙が出る・・・」
私は先輩から離れて涙を拭ってあげた。
「ーーー樹くん、やっっっと彼女来て良かったね!」
背後から聞こえるファンの方々の声ーーー。

私は誤解してたーーー・・・。
何となくファンの方々は先輩のことが好きだから私のことを応援なんてしないと思ってた。
高校がそうだったから、でも違う。
この人たちは本当のファンなんだ、
先輩のプレーが好きで、
私のことも認めてくれる、
それがすごく嬉しかった。

 

完全に非現実話ですいませーん( ̄∇ ̄)

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