#91.
ーーー先輩がお見舞いに来た、
いるはずない人がいて、
私は先輩を罵倒した。
ーーーせっかく来てくれたのに酷いことを言って、
後悔ばかり残って入院してるはずなのに、
全く心が落ち着かない。
会いたいーーー、
会って謝りたい、
でもプライドが邪魔して連絡さえ出来ない。
・
そして今日は知らない女性がお見舞いに来たーーー。
「こんにちは、私は松村くんと同じ大学でマネージャーをしているアリサと言います。」
どこかで見たことあるけど記憶がないーー。
「ーーー近藤さんと花ちゃんが松村くんに大学に会いに来た時に邪魔しないでと言ったマネージャーの1人です。」
自分から思い出したくもないであろうことを話したよ、この人。
「ーーー何かご用ですか?」
「松村くんは同じ部活の大切な仲間です。今、その彼が花ちゃんのことですごく悩んでると吉岡から聞いたの。私で良かったら話を聞こうかなと思って来たの。」
思い出したーーー。
大学で先輩の可能性の邪魔をしないでと言ったマネージャーの1人だと言うことを。
あの時は非常に冷酷に感じたけど、
今目の前にいるこの人は冷酷すら感じない、
むしろ親しみやすそうな表情をしてる。
「ーーー樹先輩は頑張ってますか?」
「えっ?」
私は先輩が練習サボってないか、頑張ってるかだけを知りたかった。
「先輩は練習参加していますか?頑張ってますか?」
「ーーーうん、頑張ってるよ。松村くんは有能だから心配しなくても彼は頑張ってるよ。」
「ーーー良かった、です。」
私は窓から見える大きな空を見上げた。
先輩の笑った笑顔が見えた気がしたーーー。
花、って笑いかけてくれている気がした。
「もし間違えてたらごめんね。花ちゃん、昨日わざと松村くんに罵倒した?本当は嬉しかったんじゃない?」
「えっ・・・」
アリサさんは笑って私を見る。
私は彼女の方を見るーーー・・・。
「病院にいると精神壊れるよね、その気持ちも分かるけど・・・何となく花ちゃんはわざと松村くんを遠ざけている気がしたんだ。ーーーゴメン、外で聞いてたの。」
「聞いてたって・・・筒抜けってことですか?」
「言い方悪かったけど、松村くんは本当は病院に来るの抵抗あったのよ。花ちゃんに拒絶されるからって。でも私と吉岡が無理やり彼を連れて来たの、ごめんね。」
アリサさんは私の手を握った。
「彼も苦しんでるのよ、辛いのはあなただけじゃない。」
とも言った。
「・・・私は小さい頃から足が悪くて何度も手術とリハビリを繰り返して来たんです。先輩はそんな私を優しく包んでくれていました。でも自分が無理したせいでまた足を壊した、自業自得なんです。あの時、バッティングなんかしなければ・・・きっと手術にはならなかった・・・」
私は自分の行いを悔やんで、
悔しくて拳を握る。
「それと松村くんに何の関係があるの?」
「・・・」
答えられなかった。
「吉岡が言うにはあなたが消えてしまうんじゃないか、重病なんじゃないかと気が気じゃなくて昨日は練習にもならなかったそうよ。」
「うそ、先輩がそうなるはずがない・・・」
「何でそう思うの?」
「ーーー先輩は私のことなんか好きじゃない・・・。」
「そうかな?・・・松村くんは気がつけなかった自分を責めているそうよ、好きじゃなかったら責めることもお見舞いに来ることもしないんじゃない?」
「・・・松村くん松村くんって、そんなに先輩の名前を出さないで!」
ーーー私は嫉妬の黒い感情を出してしまった。
「えっ?」
「ーーーすいません・・・」
「花ちゃん、すごい彼のこと好きなのね(笑)」
「それは・・・」
「好きなのにどうして手放そうとしてるの?ーーーもしかして彼のために手放そうとしてるんじゃない?」
私はアリサさんを見たーーー・・・。
「やっぱり・・・。本当は心では違うこと思ってるよね。本当は彼に会えて嬉しいはずよね。でも・・・松村くんの負担になるって思ってるんじゃない?」
「そんなこと・・・」
アリサさんは大きな深呼吸をした。
「ーーー私にも経験があるの。昔大好きだった人を相手のために手放したことが。でもそれって自己満で相手のために本当はなってない。」
「アリサさんはどうなったんですか?」
「ーーー吉岡が全部受け止めてくれたわよ。本当の気持ち、私に話してみてくれない?」
アリサさんは上手いーーー。
人を誘導尋問のように招き入れて、
私の心に入って来て気持ちを聞き出す・・・。
私はアリサさんの魔術にまんまと騙された。
「・・・私はアリサさんの言う通り先輩のことが大好きです。だから付き合えてることが奇跡に近いんです。これまでも異性問題だったり色んなことで何度も討論して来ました。でも先輩は優しいから全部受け止めてくれる。・・・好きだからじゃない、優しいから受け止めてくれるんです。でもそんな優しい先輩に甘えてばかりで私はいつも怒らすんです。ーーー先輩の居場所になりたかったのに、なれなかった。少しでも支えになりたかったのに気を使わせてしまっている自分が嫌で・・・」
「だから手放そうって決めたの?」
「ーーーはい。先輩の邪魔になりたくない。好きな人の幸せを願うのも、一つの愛ですよね?」
「・・・そうだけど。」
「それに、この足も・・・リハビリしてどこまで良くなるか分からない。良くならなかったら先輩の負担が増えるだけ、もうお荷物にはなりたくないんです・・・」
「花ちゃん凄いね。」
「え?」
「そんなに松村くんのこと好きになれる人、花ちゃん以外いないと思うよ。ーーーこのこと、本人に伝えても良いかな?」
「えっ!?ダメです、先輩はここに来ちゃダメなんです・・・」
「でも彼は本当の花ちゃんの気持ちが聞きたと思う・・・。逆の立場で何も言われないのってイヤじゃない?」
アリサさんは正論で、
それだけ彼の事を想うなら、
一度きちんと気持ちを話すべきだと何度も私に説得をした。
樹先輩の気持ちも考えてあげて欲しいと、
友達として見てるのも辛いと言われた。
「・・・次の練習オフの日はいつですか?」
「週末が試合だから、月曜かなーーー。」
「・・・じゃあ月曜にお見舞いに来て欲しい、それだけ伝言してもらっても良いですか?きちんと話し合ってみます・・・」
アリサさんはそれから吉岡さんとの馴れ初めだったり、
ちょっとした愚痴を私に話したーーー。
あの日・・・
私が先輩の大学に行った日、
私に怪訝な顔して言った先輩と同一人物とは到底思えなかった。
・
月曜日、先輩は5時頃病室にやって来た。
「外は暑かった?」
「ーーーもう梅雨に入ったからジメジメしてるよ。」
「退院するの嫌だなぁ、雨嫌いだから・・・」
私は看護師さんに頼んで買っておいてもらったコーヒーを先輩に出す。
ーーーありがとう、だけ言って先輩は飲まない。
「いつ頃退院する予定なんだ?」
「ーーー予定では7月初めかな。でもリハビリとかの経過次第で変わるのかも。」
私は先輩の目を見て答えた、
久しぶりに先輩と視線が絡んで何だか恥ずかしくて視線を逸らした。
ーーーそこから少し沈黙が続いた。
「この前、酷いこと言ってごめんなさい」
でもその沈黙を破ったのは私ーーー。
どうしても謝りたかった、
だって言葉は人を苦しめるから、
先輩に苦しんでほしくなかったから。
「ーーーオレもお前の気持ちわかったつもりで・・」
「先輩は何も悪くないから!本当に悪くない・・・」
何も悪くないのに謝らせたくなかった、
だから先輩の言葉を遮った。
「この前、アリサさんとたくさん話した。ーーー聞いた?」
「いや。めちゃ愛されてるじゃないっ!としか教えてもらえなかったよ(笑)ーーーあのさ、足のこととか。気がついてやれなかったりゴメンな。」
私は先輩の頬に自分の手を添えた。
「・・・らしさを失わせてごめんなさい。」
そして謝罪したーーー。
「らしさって?」
「先輩らしさーーー。私の機嫌を伺って、先輩らしさを失わせてゴメン。・・・先輩の居場所になれなくてゴメン。先輩のこと大好きだから・・・先輩には笑ってて欲しい。私のことで悩んで欲しくない。・・・だから、だから・・・私は・・・先輩から身を引く。」
「ーーーダメだ、それだけはダメだ。」
私は先輩の頬から手を下ろした。
「そう思ってたのに・・・会ったらやっぱりダメだ。決断が鈍るーーー・・・」
「花、オレは花と離れる方法じゃなく解決できる方法を探していきたいと思ってる。」
「・・・不安なの。もしリハビリがうまくいかなくて歩けなくなったらって。今でさえ歩き方がぎこちないのにこれ以上ぎこちなくなるのは嫌・・・先輩の隣を堂々と歩きたい・・・」
ーーー先輩は私を抱きしめた。
「少しずつ、花が抱えてるものを一緒に解決していこうーーー・・・。」
今度は先輩が私の頬を手で触れ、
伝う涙を拭ってくれる。
そして先輩は私にキスをしたーーー。
「・・・退院したら試合見に来て欲しい。」
「それは・・・」
「花のために1番前の席をずっと取ってある。環と須永と並ぶ花の席をずっと取ってあるんだ。ーーー歩けなくても良い。車椅子だろうが松葉杖だろうが何だっていい。・・・オレは、お前に目の前で応援して欲しい。」
「・・・何でかなぁ。先輩からの愛を今日はすごく感じる。」
「まぁ、めちゃ好きだからじゃねえの?(笑)」
8時ギリギリまで先輩はいてくれ、
自分の分の夜ご飯も注文して一緒に食べた。
ーーー病院で食べる一緒のご飯はなんだか新鮮だった。
・
そして程なくして私のリハビリも始まった。
久しぶりのリハビリは想像以上にキツく、
なまっていたこの足を動かすのだけでも汗が出る。
「ゆっくりね。1・・・2・・・」
担当の方と一緒に少しずつ前に進むけど右足に力が入ってしまって左足を庇ってしまう。
そのせいで私はよろけて転び落ちることが多かった。
「右足に力を入れてしまうと右足も痛めますから少しずつ左足に。怖がらないで出来るはずです。」
ーーーでも全然歩けるめどが立たなくて、
私は時々お見舞いに来てくれる先輩に当たることもあった。
「大丈夫ーーー。ゆっくりで良いんだよ・・・」
どんなに当たっても先輩は私を抱きしめた。
優しい言葉をかけてくれたーーー・・・。
「・・・なんで・・・動かないの・・・」
トイレに行くだけに立ち上がり、
力が入れられずにベットから転げ落ちた時も先輩がいた。
上手いことできなくて泣き崩れる私を、
先輩はずっと抱きしめていてくれた。
忙しい中、私に会いに来てくれた。
うまくいかないことが多い中、
ずっと支えてくれたーーー・・・。
リハビリは全くうまくいかないけど、
何とか松葉杖で歩くことは出来るようになった。
体が小さくて細身だから、
全身で支える力が弱くて左足を支えるのが難しいのだろうと先生は言ってた。
ーーー着々と退院の日は近づいて来ている、
松葉杖から卒業を目標にしていたけど無理だった。
・
退院の日、
先輩は大事な試合に向けて練習に励んでた。
ーーーその代わり、環が来てくれた。
「松葉杖でもまだバランス崩しますので、ゆっくり歩く練習を。リハビリに通うことも忘れないように。」
担当医は厳しいながらもきちんと指導してくれる。
「お世話になりました。」
私は環に荷物を持ってもらって、
ゆっくりと松葉杖を進める。
何度転びそうになっただろう、
ゆっくり歩いてくれる環に私は捕まった。
ーーー環が男だったら絶対好きになってる、
そう思うほど彼女は頼り甲斐があった。
「ごめんね・・・」
何度も伝えるーーー。
「わたし、ごめんねじゃなくてありがとうが聞きたい。」
笑顔で私に言う環の言葉に涙が出そうになった。
・
環は先輩が帰ってくるまでいてくれたーーー。
1人にしておくのは危険だと言う判断をしたんだろうけど、ここまで自分で何もできないのも悲しかった。
ーーー先輩が帰宅してから環はすぐ帰った。
「退院おめでとう。」
「ーーーありがとうございます。練習頑張りましたか?」
「・・・スタメン取れそうだよ、来るか?」
私は首を横に振った。
まだ自分で歩く勇気はないから行けない・・・。
「まだ全然自分で歩けなくて、このまま歩けなかったらどうしよう。ずっと松葉杖だったらどうしよう・・・」
自分が座ってたソファの隣に座った先輩に私は泣きべそをかいた。
そんな私を先輩は抱きしめた。
「ーーーねぇ、シャワー浴びた?」
「ーーーいや。臭いだろ?」
「うん、でも急いでくれたと思うとそれも愛しい。」
私はぎゅっと先輩にしがみついた。
「ーーー変なやつ、臭くてごめんな(笑)」
「いいの。それも好きだから・・・。」
この臭さが私の不安の気分転換になって、
ちょっと助かった。
・
「ーーーこれで良いか?」
「うん、ありがとう。」
そして私はお風呂に入る時、ギブスにビニールを巻かなければならない。
それを手伝ってもらった。
「・・・1人で大丈夫か?洗えるか?」
「無理って言ったら手伝ってくれるの?」
「・・・それは拷問になるな笑」
「大丈夫、そこはきちんと病院で学んできたから絶対に転ばないから。」
椅子に座って洗う方法、
タオルの拭き方も全部教わって来た。
「ーーードアの外にいるから、何かあったら叫んでくれ。」
それでも先輩は心配だったようで、
扉の外で待ってくれていた。
「要介護の人みたい・・・」
「今だけだよ。今だけは・・・優しくしてやるよ(笑)」
ーーーお風呂も結局先輩を呼ぶことなく終わった。
「立てるか?」
そして次は寝室に移動する時ーーー。
手を差し出してもらえればいくらでも移動できる。
でもそれじゃ私のリハビリにはならないーーー。
「ゴメン、1人で歩いてみる。」
私は先輩が出してくれた手を断ったーーー。
そして松葉杖を支えにしてゆっくり寝室の方まで歩く。
ーーー ガタッ! ーーー
「大丈夫か?」
でもまたバランスを崩して、床に転げ落ちる。
先輩も後ろから支えてくれたけど、
間に合わなかった。
「ダメだよね・・・不安だよ・・・」
私は泣きべそで先輩に言う。
「ーーーまだ始まったばかり。諦めたらそこで終わりなんだ。諦めんな。」
手は差し出さない、
その代わり言葉で私を励ましてくれた。
・・・先輩はほぼ毎日練習に、
私はリハビリに通う日々を送った。
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