#88.
脚に違和感を感じ始めたのはここ最近。
普通に歩いてても、
座っているだけでも突然激しい痛みに襲われ、
息をするのも苦しくなる時が増えた。
・
今日もまた先輩に一つ嘘をついたーーー。
仕事に行くと言って出たはずの私、
今病院に来ている。
年に一度の定期検診はずっと受けてきた、
リハビリもきちんと受けてきた。
なんも問題ないと言われ続けてきたのに、
急にどうしたと言うのだろう。
レントゲンを取りCTを取る、
1日がかりの検査となった。
CTの結果は2週間後にならないとわからないけど、
レントゲンの結果はすぐに分かった。
私でも分かるくらい左足の骨に変異が見られる。
どういうことなのか、と先生に問う。
昔の傷跡が今になって悪さをし始めた、
そして骨の形を変え始めているーーー。
骨を溶かし始めているかもしれないと先生は言った。
CTで何か見つかるかもしれない、
血液検査でわかるかもしれない。
全ては2週間後と言われた。
「はな?・・・はな?」
「あっ、ゴメン、なんだっけ?」
ーーー外食を減らし自宅でご飯を食べることに戻した先輩と夜を一緒に食べることが多い最近。
でもここ最近は骨の変異の悪さがどのように変化していくのか不安で会話に集中できない自分がいる。
「日曜の試合、イベントもなんもないから来れば?環も須永も井上も来るから終わってから飯食おうって話してる。」
先輩はあの日から私に気を遣って所々試合に誘ってくる。
多分私が試合拒絶されたのをあの日に感じたんだと思う。
「ううん、大丈夫。家でゆっくりしてる。」
「ーーー本当にいいのか?」
「うん、寝ていたいわぁ(笑)ーーーそれより今日の肉じゃが美味しく出来たよね!」
笑って誤魔化すのを先輩に気が付かれていませんようにと願ったーーー。
・
試合当日、私は笑顔で先輩を見送る。
最後の最後まで来ないのか?と聞いていたけど一度も頷くことはしなかった。
足が痛いのもあったけど、
本来は来て欲しくないはずだから。
ーーーでも日曜日、行かなくて正解だった。
先輩が試合で良かった、と心から思った。
・・・そう、私の足に激痛が起こり起き上がることも出来なかった。
ただ足を抑えてひたすらに痛みに耐え、
処方された痛み止めを飲み横になることしか出来なかった。
痛み止めの効果があるのはほんの数時間、
少し寝たらまた痛みで起こされるーーー・・・。
「ーーーはい」
「・・・大丈夫か?」
「えっ、何がですか?」
「何度も連絡したけど返事ないから体調でも悪いのかと思ったけど・・・」
時計を見ると4時過ぎ、
携帯を確認すると先輩からの何通かのメールが入ってた。
「すいません、完全に寝てしまってました・・・」
また嘘をつく、
足の調子が悪すぎて携帯触る余裕もなかった。
「疲れてんだな、起こして悪かった。」
「今からご飯ですか?」
「ーーーおう、飯行ってくる。遅くならないように・・・」
「私のことは気にしないで。・・・先に寝ていますね。」
先輩が言い終わる前に、
早く帰ってきて欲しくなくて言葉を遮った。
「おい!花!・・・花!」
「んっっ・・・」
「わかるか!?」
うっすら目を開けると先輩の深刻そうな顔がある。
「えっと・・・」
「今日1日で何粒の薬飲んだ?!・・・この処方箋はなんだ?」
先輩が持ってる薬、
私の痛み止め・・・
あっ、しまうの忘れてしまったと思った。
薬の飲み過ぎで頭がもうろうとしてるーーー。
「・・・痛み止めです。痛みがひどくて・・・」
「お腹か?!」
「はい・・・」
ほら、また一つ嘘を重ねた。
「ーーー生理痛だとしても飲み過ぎだ。起きないかと焦ったわ。」
「すいません・・・」
「起こして悪かった、ゆっくり休め。ーーー薬は預かっておく、もう飲むな。」
「ーーーおやすみなさい。」
何も疑うことなく寝室を後にした先輩の後ろ姿にホッとした。
・
2週間後、私は病院を受診した。
ーーー結果として骨の変異の原因は足にできた血腫だった。
何かの負担がかかった時、血腫ができてしまったんだろうと。
「思い当たることない?ーーーどちらにしても手術して取らないと痛みは取れない。変異してしまった骨も元に戻さないと本当に左足が使えなくなってしまうよ。」
思い当たること・・・
元気さんに連れて行ってもらったバッティングしかなかった。
でも楽しかった、だから後悔はしてない。
私は先生に何も伝えなかった。
「ーーーまたリハビリなんですか?」
「そうなるね。できればなるべく早く入院して手術になるから、お姉さんと相談して決めて。」
先生はそう言った、
でも妊婦のお姉ちゃんに話すつもりはない。
自宅に戻ってどうするべきか考えるけど答えが出ない。
「今日、練習中に猫が忍び込んできて・・・」
先輩は何も知らないとは言えたわいもない話をしてくれる。
私が寂しく感じないように、
なるべくその日の部活のことを話すように変わった。
ーーーあの日から自分でもわかるくらいに先輩の前で笑顔が減った私、
先輩に気を遣われているのが分かるから毎日が辛い。
先輩自身をさらけ出せる場所はあるのだろうか、
と不安になった。
先輩の居場所は私が良かった、
でも今はどう考えても居場所になれていない。
むしろ負担にしかなっていない。
ーーー手術となれば私は1ヶ月の入院となる。
良いタイミングかもしれない、そう思った。
ただ先輩を思い、
先輩のためだけに手術を受けようと決めた。
・
私は入院前日まで先輩には何も言わなかったーーー。
手術の同意書もお姉ちゃんには頼まなかった・・・。
だけど未成年の私は保護者となる人の同意書が必要で、会社の社長に頼んだ。
「今日は外で食べてきてくれる?」
「ーーー良いけど、花は?」
「・・・多分残業になるから。」
いつもの朝のやりとり、
少しの会話してお互いの道へ行くーーー。
「ーーー何で泣いてんだ?」
でも今日の私はおかしかった。
だって先輩が帰宅する頃に私はここにいない。
会えなくなる寂しさ・・・
手術に対する不安。
でも先輩のためにはこうした方が良いと言う気持ち。
いろんな感情が混ざっての涙だった。
「分かんないや(笑)ほら遅刻するよ、先にいって?」
「ーーーじゃ、行ってくるわ!」
嘘で塗り重ねられた私のこの人生に、
もう先輩を巻き込むわけにはいかないーーー。
嘘なら嘘を貫き通そう、
もう本当のことは言えないから・・・
涙を流しながら私は先輩に手を振った。
先輩が食事に困らないようにあるもので出来る限りの作り置きを作る。
普段できない掃除もきっちりやった。
ーーーシーツも洗濯もやり、病院出る前に取り込んだ。
家を出る時、私は居場所を誰にも特定されないように携帯の電源を切った。
ーーーわたしは私なりに徹底した。
これで良い、
これで良いんだーーー・・・。
嘘で重ねてしまった足の病状、
勝手だけどそれが終わった頃にまた戻って来よう。
その時にお互いの気持ちを冷静に話し合えればと思い、
先輩の家の扉を閉め病院に向かった。
入院は慣れてる、
1人も慣れている、
大丈夫と自分に言い聞かせるけど、
なぜか涙が止まらなく、
その日の夜はひたすら泣き続けた自分がいた。
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