#87.
「だから彼氏一本にしすぎなんだよ。柔軟にいかないと俺みたいに後悔する。」
休憩中、
なぜか私は元気さんにアドバイスをもらっている。
彼は樹先輩だけではなく、
他も視野に入れろと言う。
趣味を増やすなり彼氏だけに没頭するなと。
じゃないと絶対に後悔する、と言った。
・
「柊さん、今日定時?」
「はい、定時で終わります。」
「ーーーちょっと付き合え。」
「えっ?」
「人生の勉強だと思って付き合え。」
もうすぐ上がろうとしている私に元気さんは言った。
私の趣味探しに付き合ってくれる、
そんなような話だった。
ーーー愛菜さんへの当てつけ、
そして暇つぶしだと言ってた。
「出来ないですって!」
「できないと思うからできねーんだよ!いいか、バットはまずこうやって持つ!ボールが来たらパーンと打つ!なっ、今この状況では足に力は入れないんだよ。」
バッティングセンターで今抱えてるものを吐き出せと言われ致し方なく足のことを話したけど元気さんは「だから?」と言ってお構いなしだった。
その逆で無理やり私にバットを持たせ打てと言うもんだから適当に打てば文句を言い、
ネットを超えて私をバックハグする形に体制を整えた。
剛くんや樹さんとしか至近距離を詰めたことがない私は内心ドキドキでそれどころじゃなかった。
そんなのも束の間、感覚を掴んだ私は打てる喜びを感じるバッティングというものに楽しさを感じた。
「あーーー!スッキリした!楽しかったー!」
「だろ?体動かすって気持ち良いんだよ、嫌なこと忘れさせてくれんだよ。」
「ーーー愛菜さんに告白しないんですか?」
「愛菜は俺の気持ち知ってる。何度告白しても受け入れてもらえなかったから諦めるしかねーんだよ(笑)」
切なそうに私を見る、
本当に辛い不毛な恋をしているんだなと心が痛くなった。
「体動かしたから飯食うか?ラーメンで良いか?!」
「ぜひ!」
元気さんはバッティングセンターに近いラーメン屋さんに私を連れて行った。
「彼氏といつもどんなところで食うの?」
「あまり外食できないってのもありますけど、食べに行くとしたらイタリアンとか・・・でもやっぱり自炊が多いかな。」
「それってなんでなんだ?」
「だって彼は一日中体を動かしてて、私のために外に出すなんて申し訳ないじゃないですか。それにわたし、自炊好きですし・・・」
そんなことを話したらデコピンされた。
「・・・あんた、彼氏に気を使いすぎじゃね?それ疲れねーの?」
疲れる?私が?
「どうでしょう?そう言うふうに感じたことはないですね。」
「ーーー相手のためだけの恋愛してねえか、それ。」
「好きになったのも告白したのも私ですし、好きの重さが全然違うんですよ・・・」
「ふうん・・・俺には理解できないね。」
それだけ言って残りのラーメンを元気さんは食べ干した。
「ーーー彼氏心配してねえか?遅くなっちまって悪かったな。」
「彼も食べて帰ると言ってたので大丈夫です。」
元気さんに誘われた時、
念のために樹さんには会社の人とご飯に行くと話をした。
その時に先輩もご飯食べて帰るから気にしなくて良いと連絡をもらった。
「ーーー近くまで送るわ。」
「いえいえ、大丈夫です!ここからなら歩いて帰れますから。」
「さすがに夜道を未成年1人で歩かせるわけには行かないんで・・・」
お互いに引かなかったけど、
最後は私が折れて近くまで送ってもらうことにした。
「ここで大丈夫です。その先なんで・・・」
「ーーー予定より遅くなって悪かったな。」
「いえ、スッキリしました!楽しかったです!」
私は野球の素振りをした。
「ーーー(笑)。下手くそ。」
元気さんは笑ってまたデコピンした。
「ひどい、さっきから痛いんですからね(笑)」
ワハハ、と笑う元気さんは会社では見ないくらい無邪気な少年のようだった。
新鮮な姿で、私は元気さんを見つめたーーー。
やっぱりなんとなく考えたかや態度、いろんな面で樹さんに似ている気がすると思って。
「えっ・・・」
そんな私の視線に気が付いて元気さんは私の頬に手を添えた。
「あんたは充分可愛いし魅力的な女性だと思う。・・・色んな経験をもっと積めばもっと魅力的な女性になると思う。ーーー彼氏と別れて俺と付き合ってみるか?」
「えっ・・・!!」
驚きのあまり目を見開くーーー。
そしたらさっきよりも顔が近付いて、あと一歩で唇が重なりそうになる。
あと少し・・・
息を吹けば私の唇に感じる距離、
あと少しで唇と唇がくっつくーーー。
ダメなのにどうして私はこの場から動かないんだろう。
ーーー動きたいのに金縛りのように体が動かない、
元気さんの視線の虜になってる。
拒否したいのに体が動かないーーー。
「帰るぞ!」
だけどその瞬間、強い勢いで腕を掴まれて・・・
強引に私と元気さんの距離が引き離され、
私は自宅に戻った。
・
ーーー ドサっ ーーー
言うまでもなくそれは樹さんだってこと分かってる。
帰宅と同時に私はソファに投げ飛ばされる形になった。
「・・・何やってんだよ・・・」
「ゴメン・・・」
真剣な眼差しで私を睨みつける先輩に謝罪するしかない。
「2人で飯行ってたのか?」
「ーーーはい、2人でした。」
「俺には女性と2人で会うなって言って自分は良いってわけだ。」
「そう言うことになりますね・・・」
私は先輩から視線を逸らした。
「ーーー今、あいつから何されようとしてたか分かってんのか?」
「分かってます。」
「ーーーそれを受け入れようとしていたってことか・・・」
私は何も答えられなかった。
「あいつは花のことが好きなのか?」
「いえ、彼には好きな人がいます。でも先輩のことで悩んでるのも知ってたから、先輩と別れて付き合おうと言われました。」
「は?ーーー俺とのことをあいつに相談してたのか?」
「ーーー軽く。」
「なにを?この前の試合のことか?来るなって言ったことに不満があるって愚痴って甘えさせてもらったってことか?」
「・・・ごめんなさい」
「寂しい思いをさせてると俺だって分かってる。だからネックレスに指輪に少しでも寂しさを感じないように俺なりに考えてプレゼントもした。・・・これ以上、何をしろって言うんだよ・・・」
「私が欲しいのは・・・物じゃない。確かにネックレスも指輪も嬉しかった。だけど・・・一度でも良いから麗華さんみたいに隣に並んでお似合いだねって言われてみたかった。一度でも良いから環みたいに先輩と戯れあってみたかった、彼女に間違われてみたかった。私はただ・・・」
必死に涙を堪えながら伝えた。
悪いのは私、泣くのは卑怯だから。
「・・・だったらアイツのところ行けば?」
「えっ?」
俯いていた顔を私は上げて先輩を見る。
「俺とお前は不釣り合いだと思ってるんだろ?寂しい思いに耐えられないんだろ?だったら俺にはどうすることも出来ない。それならアイツと一緒にいたほうが良いんじゃないか?」
「・・・はは。」
苦笑いをこぼした。
私を試してるわけじゃない、本心だって分かる言葉。
「アイツなら花のことすぐに抱いてくれるかもな。」
「・・・そうだよね、先輩にとって私はそれだけの存在だよね。分かってたけど・・・目の前にして言われるとキツイな・・・」
頑張って耐えていた大粒の涙が頬を伝った。
「・・・仲直りしては喧嘩ばかり、もううんざりだ・・・こっちだって忙しんだ・・・」
ボソッと先輩が言った。
普段聞こえないはずなのにこの日は何故かクリアにそれが聞こえた。
「ーーーそうだよね、ゴメンね。」
私は自分の手で涙を拭い、カバンを持って玄関に走った。
「花!こんな時間にどこに行く!」
でも先輩は私の手を掴んで阻止した。
「ーーー離して!・・・私だってこんな自分嫌だよ!仲良くしていたいよ!元気さんのところ行けば満足?だったら行くよ!先輩が望むなら・・・先輩が死ねと言うなら私は死ぬ!」
「おいっ!」
「・・・元気さんのところに行けと言うなら行く!だから離して!」
先輩は私を抱きしめたーーー・・・。
「悪かったーーー・・・感情的になった、すまない。」
「ーーー嫌い。自分が嫌い・・・」
私はその場にしゃがみ込んだーーー。
そんな私を先輩は抱きしめたーーー・・・。
先輩は何も悪くない、
明らかに私が悪いのに・・・
先輩が折れたんだーーー・・・。
・
それからすぐ、
私は脚に異変を感じるのが強くなった。
コメント