#86.
仕事にも慣れたゴールデンウィーク明け、
私は仕事終わりに環に会った。
・
「樹さんの雑誌読んだ?」
到着するなりニヤニヤした環が私にいう。
「先輩雑誌に載ったの?」
環の話ではスポーツ界では有名な雑誌に今後注目される選手の数名の一人で先輩が選ばれたとのこと。
「そんな事だろうと思って持って来たよ。」
環の鞄から出されたのは一冊の薄いバスケ専門雑誌、
表紙は現役プロのバスケ選手が載っている。
先輩のページは進んで進んで、最後の方に載ってた。
「今回5人が選ばれて、樹さんのページはここね。花のことが書かれているの。」
「えっ!わたし?!」
環に言われてその記事に目を通す。
最初はバスケを始めたきっかけだったり高校時代の話が多くされていた記事。
バスケだけのことじゃなくてオフの時の時間の使い方など幅広くインタビューされていた。
《 松村選手は選手としての腕だけじゃなく、その生まれ持った容姿からファンも多いと聞きます。ズバリ聞きます!今、特定の方はいらっしゃるのですか?》
その問いに対して、先輩は・・・
《 ーーー大切な子、いますね。高校の時からずっと・・・自分の青春をずっと一緒に過ごして来た子がいます。》
《 世の松村ファンを敵に回しましたね(笑)ズバリ、その子はどんな子ですか?!》
それに対して・・・
《 芯がすごく強い子だと自分は思ってますね。辛い経験があっても前を向いて歩く姿、カッコいいですよ。》
《 バスケに限らずスポーツは遠征が多いですが、そんな時どうされているのですか?》
《 寂しい思いをさせてるとは思いますね。だから一緒にいれる時はこれでもかってくらい甘えさせてやりたいなとは思ってます、難しいですけどね(笑)》
私に関する記事はこれだけだったけど、
何これ、すごくすごく恥ずかしくてでも嬉しい内容だったーーー。
まさか先輩が私の存在をこんな公の雑誌で話すなんて想像もしてなかった。
「今、樹さんの彼女は誰だ?!と考察されてるらしいよ(笑)高校にまで問い合わせが来たってこの前、後輩と会った時に話していたよー!」
「えっ!!」
「来週の試合、やばそうだよね(笑)」
そうか・・・
この雑誌が発売されて初めての試合が来週になる、
これを読んだほとんどのファンは真相を確かめに絶対に来るもんね。
ーーーその試合、私も環と行く予定なんだけど。
大丈夫かな、と少し不安がよぎった。
・
自宅に戻ったのは22時過ぎ、
私にしてはかなり遅い帰宅となった。
「ーーー環とは楽しかったか?」
私が帰宅すると先輩はテレビを見てくつろいでいる。
「うん。あのね・・・雑誌見たよ。」
「えっ!!」
先輩は私の目に入ることを想定してなかったようで、
本当に驚いていた。
「・・・環か・・・」
そしてあー、と言いながら頭を抱えている。
「・・・恥じい・・・花の目には入らない思ってたのに(笑)」
私は先輩の横に座って、
頭を下げる先輩を軽く抱きしめた。
「・・・嬉しかったですよ。隠さないで、堂々と話してくれてありがとう、すごく嬉しかった。」
「ーーー隠す必要もないし、早く言いたくて仕方なかったわ!」
「・・・わたし、試合行っても問題ないですかね?」
「花を特定させるようなことは絶対しないよ、安心しろ。」
そういうことじゃなくて、
先輩の彼女としてファンの人が認めてくれたらもっと嬉しいなって思ったんだ。
でもそこは先輩には言わずに伏せておいた。
「なら楽しみにしてるーーー・・・」
・
そして迎えた先輩の試合の日、
私は見送ってから環と待ち合わせしていたカフェで時間潰してから向かった。
環の情報によると今日のチケットは完売、
やっぱり先輩の彼女が来ると見込んだ人たちが買ったのかもね、なんて話していた。
何度見てもバスケのルールは私にはさっぱり分からない。
実際にバスケ部の環も分からないことがあって、
須永が欲しいー!と叫びながら応援してた。
「今日もサイン会あるんだって!今月は今日で最後みたいだよ!」
試合が終わり駆け足で走る子が目立ち、
彼女たちの会話が私たちの耳にも届く。
「サイン会っていつもあるわけじゃないの?」
「毎回はないんだよー。チームによって違うけど、月に何回って決められていたりイベントがあったりの時にもらえるみたいだよ。もらってみる?」
ただ先輩がバスケをしてる姿を見たいだけで会場に来た私とは違い、
サインを目的に来ている子たちも多くいることを環が教えてくれた。
「ーーーもらってみようかな。」
だからせっかくなので私たちも貰ってみることにした。
・
先輩の列は想像していた通り行列ーーー。
吉永さんも森さんの列も行列だった、
特に四年生は引退する人が多いから余計だと思う。
本格的に色紙を持ってる子や、
いろんな選手のサインを集めてて画用紙ノートを準備してもらっている子・・・
みんなのやる気を感じた。
「はな、ペンとノート持ってる?!」
それを見て焦ったように環が私に聞く。
確かに、ペンとノートがないと何も書いてもらえないことに苦笑いが起きる。
「・・・ペンならある。」
「なら、このレシートで良いか!先輩だし!笑」
先ほどカフェでもらったレシートを出して、
適当適当と言いながらシワシワになったレシートを必死に伸ばしてたのには笑いが堪えきれなかった。
待つこと40分以上、
まだ私たちの順番が回ってこない。
後ろから前の方を覗いてる人がいたり、
みんながまだかまだかと待つ。
「ーーーもしかして○○大の環さんですか?」
その時、後ろに並んでいた人に声をかけられた。
「えっ、そうですけど・・・」
「わたしたち、女バスも見に行っててこの前環さんの試合見ました!すごいかっこよかったです!デビュー戦であんな派手に活躍されてて頭から離れなくて、まさかと思って声かけちゃいました!」
愛の告白並みに色々言われて環も恥ずかしく赤面してる。
「ありがとうございます。」
その子たちは環だと分かると、彼女にめちゃくちゃいろんな質問を投げかけてくる。
環も気まずそうだけど嫌な表情見せずに受け答えしていてこうやってファンの幅は広がっていくんだなと思った。
「ーーー環、お前の番だけど。いらねーの?笑」
話に夢中で、自分の番が来たことも忘れてた環はハッと先輩の方を見る。
「やっぱり樹さんとはお知り合いなんですよね!」
「えっと・・・」
返答に困る環と先輩、私も棒のように立ってる。
「高校が同じなんで・・・」
環もズカズカ来られすぎて少し引き気味に話す。
「もしかしてインタビューで話されていた彼女って環さんのことですか?!」
その問いに周りにいた多くの女性がえっ、と足を止める。
「違う!違いますから!」
「ーーーこいつは高校の後輩ですよ。サインいらないなら次に回すからどいてくれる?」
少しずつ機嫌が悪くなってるのが分かる先輩、
私はサクッとその場から一線置いた。
「えぇ、2人ならお似合いだと思ったのに!」
女子二人組が環と樹先輩に言う、
私の心はズキンと鳴ったよ。
「・・・サインいらないや。はな、行こ!」
我慢の限界が来た環はその場から私の腕を引いて離れた。
駅に向かう道中、「なんなの!あーいうのほんと困る!」とずっと愚痴を言ってた。
「ーーー試合に来るのは良いけどサインやイベントにはもう並ぶな。」
帰宅して先輩に言われた一言。
イライラが収まらない様子で、帰宅してすぐに夕飯もいらないと走りに行ってしまった。
あの女子たちに怒ってるのか、
サインに並んでしまった私に怒ってるのか分からないーー。
「・・・困らせてごめんね。」
帰宅してから先輩に伝えた。
「嫌な思いをするのは花なんだぞ。これからまた同じようなことが何度も繰り返される可能性もある。俺はそれを目の前で見てても介入して止めることも出来ない。」
「・・・もし環が本当に相手だったらファンの方も認めてくれたかもね。」
先輩に拒否されたと思ってひねくれ者の私が出た。
「俺は良いよ、柊が相手ですって言ったって。その代わり花は試合に来れなくなると思うぞ。」
「・・・分かった。」
「堂々と出来れば1番良いのかもしれないけど、今出来ないんだから我慢してもらうしかないんだよ。」
「ーーーもう試合には行かないね。」
涙を堪えたーーー。
先輩は私が傷つくのを恐れて来るなと言ってる。
だけど私は全否定された気がして、
もう反論する気さえ起きなかった。
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