#83.
起きたら先輩の姿はなく、
いつもの朝のように朝ごはんも用意されていた。
・
何も変わらない毎日、
何も変わらない日常ーーー・・・。
それがどれだけ幸せなことなのか私は噛み締める。
両親を失い、剛くんに守られていた私は・・・
いつしか剛くんと距離が開き、
今は先輩に守られて過ごしている。
誰かに守られないと生きていけない私の人生、
それはそれで幸せだけど、
本当にこれで良いのだろうか、と昨日記入した書類を見ながら思うーーー・・・。
誰かに頼るってことはその人の時間を犠牲にしてしまうことに繋がるから。
私は学くんに電話して、
悩んだけど家に来てもらうように頼んだ。
カフェで話せる内容でもないし、と。
ただ先輩にとって知らない人だからいくら不在とはいえ従兄弟が家に来ると言うことだけはメールで伝えておいた。
《了解》とだけ返信があり、ホッとした。
そして、お昼過ぎた頃・・・
「えっ、何で?」
「ーーー学に呼ばれたんだよ。」
そう言って家にやって来たのはお姉ちゃんと剛くんだった。
久しぶりに見るお姉ちゃんのお腹は大きくなっていて、
出産が近いことを聞かなくても分かる。
「そっか・・・どうぞ。」
私は彼らを中へと受け入れたーーー・・・。
今微妙な関係の私たち・・・
沈黙が続く。
「何の要件なんだ?久しぶりに連絡来たと思ったら、同意が必要だから愛梨にも来て欲しいと連絡あって、1人で行かせらんないだろ・・・」
「そうなの?なら剛くんの家にすれば良かったね、ゴメンね・・・」
私は2人にお茶を出したーーー、
そしてすぐに学くんも家に来た。
不思議な感じ、
4人で囲むダイニングテーブル。
でもこの空気には明るい雰囲気は全くなくて、
暗い空気しかただずんでいない。
「久しぶりだな、元気だったか?」
「ーーー元気だよ。で、要件は?」
剛くんは昔から学くんと仲が良くない、
自分より年上なのに学と呼び捨てだし態度も悪い。
それは昔と同じで今も変わらないようだった。
「な、なんか食べる?お菓子あったかな・・・」
空気が悪過ぎて気を使う私を剛くんは座るように言った。
「いいから座れよ、用が済んだら帰るから。」
お姉ちゃんは剛くんの横に座って一言も話さないで俯いている。
「はぁぁ、わかったよ・・・。花、サインした書類は?」
「あっ、ここに・・・」
私は立ち上がって寝室から昨日書いた書類を持って来た。
「何の書類だよ・・・」
「先に愛梨に相談しなかったのは申し訳なかったと思ってるけど、花の意思を尊重したかった。結局こうして呼んだのは、花が未成年だから愛梨のサインが必要だからだ。」
寝室に行ってる間、会話してるのが聞こえた。
「ーーー持って来たよ、この2枚で合ってる?」
私は呑気に学くんに手渡した。
「ありがとう。ーーー早速だけど愛梨、この2枚にサインして欲しい。」
「遺産相続破棄契約書?・・・分籍・・・?何これ?」
お姉ちゃんは寝耳に水状態でわけわからない状態で顔を上げた。
「ーーー今ばあちゃんが肺炎で入院してる。それで母さんが年も年だから長くないだろうと、いろんな手続きを始めてる。その一つが・・・花のことだ。どうしても花を家族として認めたくない、だけどばあちゃんには旅館もあるし相続問題が出てくる。そこで相続破棄をして欲しいと頼んだ。それともう一つ・・・宮園の戸籍から抜けて欲しいと頼んだ。同じ家族という枠にいるのが耐え難いそうだ・・・ただ花は未成年だから意見は尊重したけど独断で決められない・・・。」
学くんは冷静に淡々と事柄を剛くんに話した。
「・・・お前・・・何言って・・・100歩譲って相続破棄とか理解する。だけど分籍って・・・宮園の籍から花を外すって・・・」
「反論するだろうから剛には話さなかったんだよ・・・」
「ーーー剛くん、決めたのは私だから大丈夫だよ。」
私は笑顔で彼に伝えた。
「お姉ちゃん、サインしてもらえる?」
「ーーー花は妹じゃなくなるってこと?」
「・・・戸籍上は。」
学くんが答え、お姉ちゃんは涙を流した。
「ーーー出来ない。そんな酷なことを認めるなんて私には出来ない・・・花は良いの?本当にそれで良いの?おばあちゃんに会えなくなるんだよ?」
「ーーー決めたのは私だから。」
「決めたって・・・18歳の小娘に何が決められるって言うんだよ!」
剛くんはテーブルをバンっと叩いて感情的に怒鳴る。
「・・・私も戸籍を抜いたら存在しなくなるのかなって思ってたんだけど、自分で戸籍を作ることが出来るんだって。だから・・・わたし、これを機に自立しようと思ってさ。」
「はな・・・!!お前、何言って・・・ふざけんな!」
「私はずっとこれまで自分を責めて過ごして来て。おばさんに罵倒されるのも辛かったけど剛くんに優しくされるのも苦しかった。私がサインすることで叔母さんの心が少しでも和らぐなら・・・償えるなら私はいくらでもサインするよ。」
「認めない!俺は認めない!」
「ーーー私はお姉ちゃんからお父さんとお母さんを奪った。剛くんから弟を、学くんからも弟を。そんな私がどうして生きてるの?・・・だったら生き残ってる私が償える方法、それが出来るなら何だってするよ。」
「何でそんな冷静に言えるの・・・?紙切れ一枚かもしれないけど、重いよ。花、これは重すぎる紙切れなのよ。なんで分からないの?おばさんがおかしいことにどうして気がつかないの?学くんもどうしておばさんの言いなりなの・・・。」
「・・・俺は花を嫌ってはないけど、母さんは花を嫌うことで今を生きてる。勝を失った悲しみは花を憎むことで保ってる、それをオレはずっとみて来たから・・・苦しむ母さんをもう見たくないんだよ。」
ーーー学くんはお母さん思いなんだなと思った。
「わたし、お姉ちゃんはすぐサインすると思ってた。だってお父さんとお母さん奪ったんだよ?お姉ちゃんの青春台無しにしたんだよ?それに剛くんと一緒にいるの邪魔って言ってたし、喜んでサインすると思ってた。」
「バカにしないで。ーーーそれとこれは話が別なのよ・・・」
ーーー暫く沈黙が続く・・・。
「おばさんに償いたいと言うなら違う形で償ってよ。花、ごめん。どうしても私にはサイン出来ない・・・」
お姉ちゃんはテーブルに膝を乗せ、頭を抱えるように私を見て言った。
「思いつかないもん・・・」
「生きて、あいつらの分まで幸せになることで償えよ。」
「・・・出来るわけないじゃない。」
「花、お願い。考え直して・・・」
お姉ちゃんは泣き崩れ、
剛くんはそんなお姉ちゃんを支えていた。
「ここまで言っても・・・無駄なのか?」
「・・・私は今までおばあちゃんやお姉ちゃんに守られ、剛くんにも甘えて今は先輩に甘えて生活してる。それってその人の時間を犠牲にしてるってことじゃない?剛くんだって私を気にかけることなくなって少し気が楽になったんじゃない?」
「ーーーんなことあるか!毎日樹に花の様子を電話して聞いてたよ。ずっと気にしてた、毎日花のこと考えない日はなかったよ。それは愛梨も同じだよ。俺たちの会話に花の話が出なかった日はない。」
「そう言うのがイヤだって言ってるの!もう負担になりたくない!誰の負担にも・・・」
「誰が負担だって言ったんだよ?!オレ言ったことあるか?!愛梨に言われたことあるか?!樹に言われたのか?!勝手に想像して勝手に凹んでんなよ!」
「剛くんには分からないよ、人に憎まれるって言うのがどれだけ辛くて苦しいのか。本当は私だって悔しいよ?苦しいよ?なんで私なの?!って思う時だってあるよ!ーーーいっそのこと私のこと消してよ。」
私はすぐ近くにあったペーパーナイフを手に取った。
「・・・花!」
「私のこと大切なんでしょ?・・・本当に大切だと思うなら、今ここで私のこと消してよ。」
私は剛くんに私に向けるように無理やり持たせる。
「ーーー花!」
「私を解放してよ、お願いだから・・・。それで償うから・・・」
剛くんの手が震えてる、それが手と手を通して伝わって来た。
離そうとする剛くんの手を私の全力の力を込めて拒否した。
「お願い、剛くん・・・」
その時・・・
「いい加減にしろ!」
大きな声が降って来て驚いた私はナイフを床に落としてしまった。
「樹!?」
すかさず剛くんが反応、私は自分のことに無我夢中だった。
「人が試合で疲れて帰って来てみれば、何なんだ?!柊も!何やってんだよ!こんなもん持って・・・」
そう言って先輩は落ちてるナイフを拾おうと腰を下ろした。
ーーーその前に私はつかさず落ちていたナイフを手に取った。
「柊!」
「離して!」
先輩は私の手を阻止して私を強く抱きしめた。
「離すわけないだろ!落ち着け!」
「いや・・・!何で・・・」
彼は暴走する私を強く抱きしめる、
身動き取れないように強く強く・・・
「落ち着け、大丈夫。お前なら大丈夫・・・」
まるで呪文でも説いているように、何度も落ち着かせようと大丈夫と言う。
「・・・何で私なの?私だって生きたくて生きたわけじゃない・・・恨まれるために生まれて来たわけじゃない・・・私に罪があるなら、消してよ・・・お願いだから・・・」
私は先輩の腕の中で泣き崩れた。
「・・・お前たちは離れて暮らして花を邪険にして来た。表面上の花しか知らない。だけど俺たちはずっと見て来たんだよ。花は花で苦しんで生きてる。心が壊れるたびに這い上がって、また壊れて・・・頼むからこれ以上こいつの心を壊さないでくれよ。お前に良心があるなら・・・」
剛くんは珍しく学くんに頭を下げたーーー。
「ーーー今日のことは母さんに伝える。花、追い詰めるつもりはなかった、悪かったよ。」
学くんに伝わったのか、
彼は私がせっかく書いた同意書をその場で破った。
・
剛くんたちも暫くして帰ったーーー・・・。
私は食器洗いをして、
寝室で横になったーーー。
何が正解だったんだろう。
いまだに答えが分からないーーー。
先輩も今、
リビングで1人で過ごしてるーーー。
お互いになんとなく、
今は同じ空間にいるべきじゃないと分かっているんだと思う。
「柊、お腹空かないか?うどん作るけど食うか?」
「わたし、作ります・・・」
「いいから、休んでおけ。10分後に来て。」
私なんかなんもしてなくて、
疲れているのは先輩の方なのに何をしているんだろう・・・。
先輩に呼ばれて、今目の前にうどんがある。
でも食欲が湧かなくて逆に吐き気がする。
「ーーー食欲なくても食え。生きるために食うんだよ。どんなに疲れててもイライラしてても悲しくても美味しいもの食ってる時は幸せを感じるだろ?食べるって大切なんだぞ。」
「ーーーいただきます」
説得力がありすぎてお箸を持つ。
美味しい、と口にすると笑って「だろ?うどんは誰にも負けない自信があるわ。」と言ってくれる。
それを見ただけで涙が出てきた、
先輩は気がつかないふりをして食べ続けてくれた。
先輩はいつもより早く眠りについた。
彼の寝顔を見て、
何をやっているんだろうと自分を責めた。
先輩の家で揉め事を起こし、
誰よりも疲れているはずの先輩に気を使わせて夕飯まで作らせるーーー・・・。
最低だと思ったーーー。
「ーーーごめんね・・・」
私は先輩の寝顔を見て胸が苦しくなり謝罪の言葉をかけた。
そしてそっと起こさないように先輩の頬に軽いキスをした。
次の日の月曜日は私のほうが早かった。
ーーー先輩は水曜までオフと言ってた、
だから久しぶりに先輩の朝ごはんを作った。
自分だけじゃない、
誰かのためのご飯を作るのが嬉しくていつもよりもたくさん作ってしまった。
そして私は先輩を起こさないよう、
そっと家を出たーーー・・・。
会社に着く頃、《 朝ごはんありがとう。うまかった。仕事頑張れよ。》とメールをもらって、
その1通だけで今日のやる気が通常の2倍以上になった。
頑張るぞ!
ガッツポーズをして私は事務所に入った。
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