#80.
ちょうど試合が始まった時に入った私は、
混雑に巻き込まれることもなく、
急遽連絡した環が取ってくれていた座席に座った。
「なんか久しぶりだよね!なんだかんだ忙しくて卒業式から会ってないもんね!」
環と須永くんは元バスケ部の影響もあって、
正樹先輩や樹先輩の試合によく顔を出している。
逆もあって環や須永くんの試合の時に先輩たちが応援に行くことも多い。
「びっくりしたよ、花が応援に来るっていうから。どんな心境の変化?」
「今日は予定がなくて、行ってみようかなって思いついただけなんだ笑」
「ーーー先輩とうまく行ってるようで良かったよ。」
須永くんは私にそう言った。
「須永もね!彼女が出来たんだよ、同じ学年のマネージャーだってさ!」
「おい、環!ペラペラ喋んなよ!」
恥ずかしそうに環の口を押さえる須永くん、
この2人はやっぱり相変わらず夫婦みたいに仲良くで楽しいなって思った。
「良かったね、須永くん。」
「ーーーありがとう。」
私の言葉に素直に感謝の言葉を述べてくれて、
私はほっとした。
一時期、須永くんとギクシャクした時期があったからこうして彼に好きな人ができたのは素直に嬉しかった。
「あれ?そういえば先輩スタメンじゃないんだね。」
コートの方を見ると当たり前に試合していると思ってた先輩はベンチから応援している。
どのメンバーよりも誰よりも声を出している。
青木さんや吉岡さんが活躍しているのを先輩は応援している。
「えっ?知ってて来たんじゃないの?」
不思議そうに環は私を見る・・・ーーー。
「なにを?先輩、何かあったの?」
変な不安が私に襲いかかる。
「練習中に派手にぶつかって足を捻挫したらしいよ。で、今は試合は出れないってこの前言ってたよね?」
「ーーーああ、言ってた。柊には心配かけたくなくて言わなかったんじゃねーの?俺も捻挫くらいでは友達にすら言わねーし。」
「確かに須永は捻挫した時誰にも言わなかったよね!」
私のフォローに入った2人、
私はそんな2人を心配かけないように笑顔で応えた。
「どのくらい試合出てないの?」
「私たちもあまり知らないけど、2週間だっけ?そんなこと言ってたから来週からは出れるんじゃないかな!」
同じ家にいて一緒に過ごしていたはずなのに何も知らなかった。
湿布を貼るそぶりも、
痛がるような素振りも先輩は見せなかった。
そんなこととは知らないで、
先輩に朝ごはん作らせていたり、
何やってんだろ私・・・と自己嫌悪に陥った。
「ーーーだから先輩は私に見においでとは言わなかったのかもしれないね。行ってもルール分からないってのもあるけどね笑。環、私が来たこと先輩には内緒にしておいてもらえないかな?」
「えっ?」
「ーーー私は何も見てないし聞いてない。何も知らなかったことにしたい。」
幸いにも先輩は私たちが応援に来ているのは見えていないようだった、
だから私は環にお願いした。
「ーーーわかった。」
そして私は自宅に戻った。
ーーー私は何も見てない知らない、
そう自分に言い聞かせながら帰った。
・
夕方に帰宅すると言ってた先輩は、
私が想像していたよりも早く帰宅した。
ーーー帰りにスーパにより食材調達していた私は、
ちょうど夜ご飯の支度をしていた。
「あれ?おかえり!今ちょうど夕飯作ってて・・・」
息を切らして玄関に入って来た先輩に少し驚きながら、私は笑顔で迎えた。
そんな私を先輩は強く抱きしめたーーー・・・。
「な、何ですか?!」
「ーーー怪我のこと言わなくてごめん!大した怪我でもないから・・・まさか試合に来ると思わなくて焦ったわ。」
「ーーー気が付いていたんですか?」
「須永と環が盛り上がってるの見えて、帰りに柊探したけど見当たらないから急いで帰って来た。」
私はスッと先輩の腕から抜けて笑顔で答えた。
「大丈夫です。私こそ一緒にいたのに気がつかなくて申し訳なかったです。」
「いや、そんなことは・・・」
「もう出来上がるから食べましょう!手、洗ってきてください。」
私は夕飯の支度をしながら思った、
もし私が先輩の試合に見に行くことさえしなかったら捻挫したことも知ることはなかったんだな、と。
それを思うと胸に喪失感をとても感じた。
・
「よし!頑張ろう!」
また1週間仕事が始まる、
私は洗面台で自分に向かってカツを入れる。
職場には始業開始時間より1時間前に入るように心がけている。
いつも静かな職場、
始業時間になると眠そうに副社長と隣で笑いながらお茶を出し始める愛菜さんが来る。
そして勇気さんに奥田さんが出勤してくるのが通常だ。
「あれ?おはようございます・・・」
「ああ、おはよう・・・ーーー。」
でも今日はイレギュラーで私が出勤すると既に勇気さんの姿があった。
真剣に設計図に向き合う彼を見る。
ーーー朝ごはんのパンを頬張りながら図面を描く、
なんだか面白い光景だなと思った。
「ーーーまだ何か用か?」
「いえ、コーヒーでも淹れましょうか?」
「大丈夫、お構いなく。」
なんと無愛想な人・・・。
でももう慣れたもんで、その中に優しさもある。
職場の中では1番年齢が近いことで、
なんだかんだ1番話すし、
私が計算で困ったりしてると自分の仕事を中断してでも助け舟をしてくれる、
そんな一面を持っている人だ。
無愛想だけど優しい・・・少し樹先輩に似ていると思った。
「ーーーここ、分かんないのか?」
「あっ・・・数字が合わなくて・・・」
「AとEの数字がまず合ってない、そこを合わせれば簡単に出来る。」
コーヒーを取りに来たついでに私が苦戦してるのが見えたらしく助けてくれた。
「うちの娘も花ちゃんみたいな素直な子だったら良かったなぁ・・・俺の顔を見ればあっち行けって顔して反抗期ってホント厄介だよ。」
始業時間まで奥田さんと話をする、
いつも娘さんとの可愛らしいエピソードが多いんだけど。
「奥田さんが甘やかすからでしょ(笑)」
勇気さんは年下だけど奥田さんと対等に会話することが出来る。
「そんなこと言うなよぉ、男親にとって娘ってのは・・・」
「はいはい・・・」
その話になると長くなるのを知ってたから私たちは苦笑いして聞き流す。
「花ちゃんは彼氏いるんだっけ?」
「ーーー一応います。」
「一応って・・・笑。長いの?」
「そうですね、もうすぐ4年かな。」
「すげーな。青春の全てをその人で過ごしてきたんだ?俺には考えらんねーわ、無理無理!」
「でもそれだけ長いと、そろそろ結婚なんじゃないの?」
愛菜さんが興味津々に話に入ってきた。
「いやいや、そんな話は全く・・・」
「何してる人なの?大学生?」
「ーーー大学でバスケしてる人なので、本当に忙しい人です。」
「バスケ?!絶対カッコいいよね!」
「愛菜、お前興奮しすぎね(笑)」
副社長がいないのを良いことに、愛菜さんは私の話に興味津々。
大学同期だと言う昔からの友人である愛菜さんと勇気さんの会話に距離感はゼロ。
「えーー、良いじゃない!試合とかないの?行ってみたい!」
「行けると思いますけど、万が一破水でもしたら・・・」
「副社長も連れていくわ、あの人も元バスケ部だから好きだと思うの。彼氏さんに聞いておいてもらえる?」
本気なんだーーー・・・
「分かりました。」
「勇気も奥田さんも行くよね?」
「ーーー週末は俺は家族サービスがあって無理っす!」
「オレも・・・」
「ダメ、勇気は強制参加!花ちゃん入れて4人、聞いておいて♡はい、仕事仕事!」
1番仕事の妨害していた愛菜さんが、
1番切り替えが早くてみんなで大笑いした。
ーーー家族みたいに仲良くて、
私はこの職場が大好きだ。
その夜、私は先輩に今日の話をした。
「えっ?みんなが来たいって言ってるの?」
「ーーーゴメンね、話の流れで先輩の話になっちゃって。副社長の奥さんが盛り上がっちゃって(笑)」
「大丈夫、なら監督に言ってチケット取っておいてもらえるように頼むよ。」
「そんな良い席じゃなくて自由席で・・・」
「妊婦なんだろ?万が一があっても困るし1番前取っておく。」
でも試合がある土曜の前日の金曜、
私は先輩と大きな喧嘩をした。
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