#76.
季節は3月、
私も一昨日18歳の誕生日を迎えた。
そしてもうすぐ私は卒業式を迎える。
・
先輩と一緒に暮らし始めて2ヶ月、
比較的心が穏やかな日々が多い。
先輩が言っていたように週末はバスケの仲間だったりゼミの友達や同じ学部の先輩友達後輩などいろんな方が先輩の家に来る。
ーーーみんながみんな先輩を慕う、
そんな先輩を見て私も嬉しいと思った。
知らなかった学生生活の先輩の一部を、
今目の当たりにすることが出来て、
先輩との時間を共有出来ている、
そんな気がしてすごく幸せを感じている。
「今日もお邪魔してごめんね?」
「いいえ、ごゆっくり。今日はバイトなので、私は失礼しますね。」
この日も先輩の仲間が来てて、
吉岡さんに森田さん、青木さんと私の知る人ばかりで安心だった。
「ーーー何時ごろ帰宅する?」
「8時には終わると思うので、また連絡しますね。」
軽く先輩と会話して私はバイトに向かう。
このカフェのバイトもあと1ヶ月弱でサヨナラだと思うと少し寂しく感じる。
特に親しい仲間ができたとか、
お客さんと仲良くなったとか・・・
そう言う話は全くないけど、
レトロでのんびりした雰囲気が私は好きだったからやっぱりちょっと寂しく思う。
「花ちゃんは4月から大学生だっけ?」
カウンターに座る常連さんに話しかけられる。
その方のコーヒーを注ぎながら私は答える。
「その予定だったんですけど、色々あって就職することにしたんです。」
「へぇぇ。何系の会社に?」
「・・・小さな会社の事務です。」
あの一件で働くことを決め、
必死に就職活動をした私は、
小さな商社の事務をすることに決まった。
「新生活は大変だけど、楽しいこともあるから頑張るんだよ。」
お孫さんもいる年齢のその方は私に微笑んだ。
私もお礼の代わりに会釈で応えた。
・
「ーーー遅くなっちゃいました・・・」
私が帰宅したのは9時過ぎ、
バイトが終わり先輩にメールはしておいたけど連絡がなかったから寝ているんだとは思ってた。
反応がないと分かっていながら、
玄関先で独り言を言う自分。
リビングに音を立てないように向かうと、
案の定ソファで寝てる先輩の姿を発見。
先輩と一緒に暮らし始め、
今まで完璧に見えていた先輩のダメな姿を発見する機会も多くなった。
例えば・・・
脱いだら脱ぎっぱなし、とか。
片付けが苦手だったり。
家では結構グータラする人だったり。
ーーーでも今の私はそんな小さな発見も嬉しい。
ピザの箱や、
空っぽや飲みかけのジュースを片付ける。
この散らかりようからすごく楽しんだことは伝わる。
「ヤベッ!」
片付けていると先輩がハッと目を覚ました。
「あっ、起こしちゃいましたか?」
「ゴメン!俺がやるから・・・風呂入ってこいよ。」
「大丈夫ですよ、あとすこで終わりですもん。」
ソファから立ち上がり先輩は食器洗いを始めた。
「ーーーこれくらいはやるわ。」
「ありがとうございます。」
これが一緒に暮らすってことなんだな、
そう思うと胸がくすぐったかった。
テーブルの片付けが終わり、
私は先輩が立つキッチンに向かって後ろから抱きついた。
「・・・泡つくぞ。」
いいよ、とも嫌とも先輩は言わない。
「良いですよ。今日は疲れたから少しこうしていたいです・・・」
私は深呼吸と共に抱きついたままでいる。
ーーー大きな進歩だと思う。
自分から手を繋ぐこともできなかった私が、
声して先輩と過ごすことでここまで大胆な行動ができるようになった。
それは心に今、ゆとりがあるからと思ってる。
「ーーー今日、悪かったな。無理やりバイト入れたんだろ?」
ひんやりした手が私の手を包み込み、
先輩は体制を変えて私を抱きしめた。
「タイミングは同じでしたけど、入れないかと電話が来たんです。」
このバイトは先輩がバスケ仲間が来ると私に伝えてきた次の日に決まった。
「ーーー気を使わせた挙句、片付けをさせるって最低だよな笑」
「最低だとは思いませんけど?」
「疲れてるのは柊なのに、オレ寝てるし・・・」
「ーーー大丈夫ですって。私、そんなことで怒る人じゃないので。」
「それは知ってるけど反省はしてるわ。」
先輩は私を抱きしめる手を強めた。
「ーーーもし私がいなかったらそんなこと考えなくて良かったのに、居候してごめんなさい」
私はすぐに負の自分が出てくる。
それを出すと先輩が私の左右の頬を手で潰す。
「今、どの口が変なこと言ったんだ?」
笑いながら流してくれるようになった。
ーーー先輩も私の扱い方に慣れたんだと思う。
「ーーーわ・・」
声にならずに声を出すのを諦めた。
フッと先輩は微笑んで、
私のタコになってる唇に自身の唇を落とす。
これがここ最近のパターンとなった。
「柊と一緒に過ごすことで心が毎日温かい。柊がいなかったら味わうことが出来なかった、ありがとうな。」
先輩は何度も私に自分の唇を重ねてくれた。
少し酔っているにしろ、
この行動は本当に幸せを感じた。
でも残念ながら、
私たちはまだその先には進めなかった。
・
次の日、私が起きると隣に寝ていたはずの先輩の姿は見えなかった。
ーーー時計を見ればもう10時、
そりゃ先輩はいないよね、と1人で微笑んだ。
私が遅く起きる日は、
必ず私のために先輩は朝ごはんを用意しておいてくれる。
サンドウィッチが多いけど、
時々おにぎりだったり、
和定食だったり・・・
それだけで料理上手なのが伝わる。
この日はおにぎりで、
先輩からの愛情を噛み締めながら食べ、
テレビを見る。
完全にくつろぎタイム、
だって今日は何も予定がないから。
予定がなかったおかげで家事がすごくはかどった。
掃除機に台所の細かい掃除、
ベランダ掃除もしてしまった。
寒いけど冬はなぜか掃除したくなるの。
掃除をして休憩、
休憩の方が多い1日だったけどためていたドラマだったりを無事に見れて大満足の1日となった。
・
「ーーーただいま。」
夕飯を作っていると先輩が帰ってきた。
「お帰りなさい!早かったんですね?」
「ーーー子犬みたいだな(笑)」
私が走ってきたもんだからフッと笑って先輩は言う。
「だって・・・」
帰ってきたのが嬉しくて、とは恥ずかしくて口に出せなかった。
「悪い悪い。飯作ってたんだろ?」
「あっ、そうだ!手洗ってきてくださいね!」
先輩はしっかり見えて手洗いをしないことがあるから、
私はビシッと伝えて先輩は笑いながら洗面所に消えた。
「明後日の卒業式の日なんですけど・・・」
「その日がどうかしたか?」
「ーーー環たちとご飯行ってきても良いですか?」
夜ご飯のスープパスタを食べながら、
私は先輩に問いかけた。
反対しないことはわかってるけど、一応確認。
「行ってこいよ。俺もその日は大学のメンバーと飯に行ってくるよ。」
「ーーーありがとうございます。」
「うん・・・ーーー。月末は空けておけよ。」
「分かってますよ、水族館ですよね!」
「ーーーおお。」
卒業したら何がしたい、と問いかけられた時に一緒に水族館に行きたいと答えた。
何で水族館なんだろう?と思ったけど、
先輩とデートというデートをまだあまり経験していないからカップルらしい場所に行きたいと思った。
プランは卒業祝いだからと練ってくれて、
シーズンオフに入る3月末に連れて行ってくれることになっている。
ーーーそんな楽しみなことを私が忘れるわけがない。
ペンギンはいるかな、
シロクマいるかな、
どんなお魚が泳いでいるんだろう・・・
先輩と見る水族館は何か変わって見えるのかな、
想像するだけで本当に楽しかった。
・
その会話から2日後、
私は高校を卒業した。
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