#75.
翌日の午前中、
警察官が私の話を聞きに来た。
ーーー私だけじゃない、
巻き込まれて入院している人みんなから話を聞いていた。
・
「ーーー明後日には退院できるってさ。」
そして午後、仕事終わりに剛くんがきた。
「うん、分かったーーー。」
「それで、これからのことなんだけど・・・」
剛くんはベットの隣に置いてある椅子に座った。
「ーーー・・・」
「愛梨と話し合って、一度花には戻って来てもらいたいと思ってる。もちろん愛梨も納得している。」
ーーー出て行けって言ったのに、戻って来い?
虫が良すぎるでしょ、って正直思った。
「・・・剛くん、私はモノじゃないよ。」
微笑を浮かべ剛くんを見つめる私を、彼はハッとして見る。
「勝手だよな・・・ゴメンな、花。」
1番辛いのは板挟みの剛くんなのにーーー。
「ーーー後少し・・・高校を卒業したら働こうと思ってるんだ。」
「えっ、短大は?!」
「ーーー担任から聞いてない?辞退したんだ。」
そう、わたしはカプセルホテルに泊まってる間自分のこの先のことを考えた。
それで結論として出したのは進学の道を諦めて働く道に進むことだった。
「ーーーそっか・・・家に戻るのが嫌なら樹の家に世話になるか?ーーーそれでも良いって昨日言ってたぞ。」
「何でそんなこと言うの?!」
「花?」
落ち着いていた私の気持ちが一気に乱される。
「出来ると思う?そんなこと出来ると思う?私がいたら先輩の可能性を潰しちゃう!・・・何で連絡したの?何で・・・何でわたし生きてるの?!」
歯止めが効かなくなったわたしは剛くんに攻撃する。
「はな、落ち着け・・・」
「何で先輩を呼んだの?!何で・・・もう住む世界が違うんだって剛くんだって薄々気がついていたでしょ?!なんで!?」
わたしは彼の胸元を掴み訴えた。
「ーーー花・・・」
「私なんて・・・消えればよかったのに!」
私と剛くんの激しい討論・・・
一方的に私が怒って興奮している姿を通りがかった看護師さんに見られ、
私は安定剤を点滴に入れられ、
そのまま眠りについた。
ーーー私が目を覚ましたのは夜中のことで、
もう剛くんの姿はなかった。
目覚めて剛くんに八つ当たりしたことを後悔した。
ーーーきっと彼はもうここには来ないだろう、
そう思った。
でも剛くんは樹先輩を次の日連れて来たーーー。
面会時間開始ちょうどに。
「何考えてるの?わたし昨日言わなかった?」
「・・・花の中で勝手に作ったイメージで樹と終わりにするのは良くないと思う。今この大切な時期に樹の時間奪うのはどうかしてるって思ったけど、オレは花のほうが大事だ。だから・・・樹と別れるにしろきちんと話し合ってお互いが納得してから別れるべきだと思うわ。・・・今日はもう来ないから、じゃーな。」
強引に先輩を連れて来て話し合えと言う。
自分は帰る・・・
なんて勝手な人なんだろうと思う。
「どう言うことか説明してくれないか?ーーーさっきコーチから所々聞いたけど柊が考えてること、初耳だらけで混乱してる・・・」
昨日剛くんが座ってた椅子に先輩が座る。
「言ったじゃないですか、もう住む世界が違うって。剛くんに言われたからって何でヒョコヒョコ付いてくるんですか・・・」
「住む世界が違うの意味が分からないけど、オレはコーチに言われたからじゃなくオレの意思で会いたいと思ったから会いに来たそれだけだ。」
先輩が真っ直ぐすぎて私は何も言えなかった。
「会いたい、柊が好きと言う感情だけではダメなのか?柊はどうやったら納得出来る?」
「わたしは・・・」
足元で拳を作り握りしめる私の上に先輩の手が包み込んで来た。
「ーーー約束しただろ、素直に話すって。オレは鎌倉でお前が頑張ってるって思ってた、応援してたよ・・・。柊は違う?」
「私だって先輩のこと応援してる!誰よりも応援してる!でも・・・一人になりたくない・・・」
いつもなら怒ってるはずの先輩、
今日はすごく優しかった。
「言ったよな?ーーーオレがいるって。」
先輩は私の拳を強く握りしめた。
そして私を強く抱きしめる。
「でも先輩は・・・私を抱けない、それって・・・」
今は一緒にいて良いかもしれない、
でもいつかその時が来ても同じことが繰り返されるなら一緒にいないほうが良いとも思う。
ーーー私にもっと魅力があれば…
「ーーー勘違いしてるよ。オレはお前が大事だから・・・柊のことが大切だから・・・安易な感情で抱きたくないんだ。」
私は先輩の胸元を握りしめたーーー・・・。
「大学辞退したこと聞いた。オレは・・・柊が働くと言うなら応援する。だけど1つ・・・オレはお前が幸せでいるか辛い思いをしてないか毎日柊を見たいと思った。ーーーアパートを見つけるのでも良い、だけどそれまででも良いからオレと一緒に暮らしてほしい。・・・お前が無事でいる、その安心をオレにくれよ。」
わたしは先輩の腕の中でまるで小さな子供のように大きな声を出して泣いた。
うわぁぁぁん、とすごい声を出して泣いた。
ーーーだけど看護師さん含め、
誰もわたしを責める人はいなかった。
私が落ち着くまで先輩はずっと私を抱きしめてくれていた。
・
「ーーーそろそろ戻るな。何かあったら連絡入れておいて。」
「・・・ありがとうございました。」
たくさん泣いて、
たくさん抱きしめてもらった私は落ち着きを取り戻した。
少し気持ちに余裕が出来た。
ーーーどんなに離れた方が良いと思っても、
私の心の特効薬は他の誰でもない先輩なんだと思い知らされる。
何度もごめんね、と思う。
手離さないと、と思う。
でも・・・この手を手離すこと、それだけは出来ないとも思う。
私は看護師さんの手を借りて車椅子に乗り、
屋上へと行く。
ーーーどうしたら良いのだろうか、
そう悩んだ時、
いつも空の力を借りるから。
でも・・・やっぱり笑いかけてくれていた両親の姿が見えない。
応援してくれていた良くんの姿も、
勝くんの姿も・・・
誰の姿も見えなくなってた。
「ーーーここにいたのか。」
次の日も同じ屋上に来て空を眺める、
それでもやっぱり前いたはずの姿が見えないことに私は不安を覚えた。
そんな時ーーー、剛くんが現れた。
「あっ・・・」
「ーーー部屋に行ったらいねえし、看護師さんが屋上だって教えてくれたよ。昨日は話し合えたか?」
「・・・一緒に暮らそうって言われたよ。」
「おー、樹もやるなぁ笑」
「でも悩んでる。やっぱり私がいること、負担になると思うんだ・・・」
「ーーーそれは樹が感じて思うことだから俺にはなんとも言えないけど。大丈夫だと思ったから花に一緒に暮らそうって言ったんじゃないのか?」
「ーーー結局さ、私は1人では何もできないんだよね。未成年だし、剛くんにも先輩にも色んな人に迷惑かけてる。」
「そうやって支えながら人は生きていくから仕方ないだろ。心配してもらえるって得なんだぞ、甘えておけ。」
「・・・ありがとう。」
剛くんは私の頭に手を乗せてポンっと軽く叩いた。
ーーー大丈夫、
そう言われている気がしてすごく心強かった。
・
退院の日、
私は1人で手続きをした。
剛くんは休むと言った、それを断った。
先輩も午前の休みを取ると言った、
だけどそれも断った。
自分の生活を犠牲にしてまで、
私のために動いて欲しいとはどうしても思えなかったから。
看護師さんやお医者さんに挨拶をして病院を出る。
ーーースーツケースを持って、
私は先輩の通う大学へ足を運んだ。
偶然なのか、意図的なのかーーー。
午前中の練習で終わると言った先輩に合わせ、
私たちは一緒にお昼ご飯を取ることになっている。
だけど監督に呼ばれてしまった先輩は遅くなるからと、
以前待ち合わせをしたカフェテリアで待っていて欲しいと私に言った。
リサさんに会った時みたいに誰かに絡まれたらどうしようという不安がなかったわけじゃない、
それに今の痩せ細ってる自分で誰かに会いたいという気持ちも起きなくて悩んだけど・・・
先輩がいなければ行く当てもない自分がいて、
言われるがままカフェテリアで待つことにした。
大学の中に入るのは2回目、
スーツケースを持ってるし目立ったらどうしよう。
そんな不安ばかり抱えていたけど、
大学生は高校生と違い忙しそう。
みんな自分のことで精一杯で、
他の人に目を向けている暇なんてなさそうなくらい関心がなくて都合が良かった。
「ーーー悪い、遅くなった!」
窓際の席に座りホットココアを飲む、
もう直ぐ飲み干すところで先輩が走ってきたのがわかった。
「いいえ、大丈夫・・・」
私は立ち上がり、
先輩は私のトレーに置いてあった水を飲み干して2人で歩き出した。
「樹!ゼミの課題、週末やろうぜ!連絡するわ!」
「樹の彼女!?またねーー!」
校内を歩いているだけでも先輩の知り合いに出くわす、
大学は自由だなって思った。
ーーー高校の時もだったけど、
大学に入ってもどこにいても先輩は人気者だなって思った。
それは女子だけに限らず、
同性からも先輩は慕われる人なんだなと再確認した。
「ーーー本当に先輩のところにお世話になっても良いのでしょうか?」
だから余計に不安になる、
本当にこんな私がお世話になって良いのか。
「当たり前だ。なんでそう思う?」
「だって・・・先輩は大学生で、きっと友達も多いでしょうし・・・色んな方が先輩のおうちにお邪魔したくても私がいることで出来なかったり色々気を遣われるんじゃないかなって。」
先輩は振って笑った。
「本当にネガティブだよな(笑)余計なことは気にしなくて良いよ。別に柊が一緒にいることを遠慮するつもりもないし恥じることでもない、友達がうちに来たって柊が同じ家にいてなんの問題がある?」
ーーー本当に気にも止めてないようで、
先輩は私に逆に問いかけた。
「ーーーそれは分からないですけど・・・」
「友達が来ることは結構あると思う。ゼミの課題を一緒にやることも多いし俺の家が大学から1番近いからな。バスケ部の溜まり場にも最近なってる・・・逆にそれでも良いか?」
「ーーー私は良いですけど、その時は部屋に隠れていますね。」
「隠れる必要はないと思うけど。女子は来ないし、柊の存在、みんな知ってるしな(笑)」
「ーーーありがとうございます、お世話になります。」
私はそう言って、
先輩の手を自分から繋いだ。
ーーー暖かい温もりを感じながら、
この寒い一月の雪が降りそうな道を歩く。
凍えそうなほど寒いのに、
不思議と私の心は穏やかな気持ちだった。
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