#71.
泊まりとなると色んな問題が出てくる。
ーーーまずは下着にパジャマ、
そして一番の問題はベット問題だ。
・
ソファで寝るから大丈夫、と言い張る先輩。
その逆を言い張る私ーーー・・・。
「ーーーそこまで言うなら一緒に寝るか。」
お互いに妥協しない、
でも私は泊まらせてもらう身だからベットに寝る権利はないと思ってる。
だけど先輩は明日の朝早くて起こすと困るからと自分がソファに寝ると言っている。
「ーーー頼むから言うこと聞いてくれよ。」
何度もお互いに妥協しないことに先輩がしびれをついた。
言い合ってても埒があかないと思った私も諦め、
先輩の提案・・・
私がベットに寝かせてもらうことで話は落ち着いた。
ーーー下着に関しては、
明日の朝に帰る予定だし不潔だけど1日は諦めようと先輩には何も言わなかった。
「柊は大きいけどパジャマ置いておくぞ。」
「ーーーありがとうございます。」
自分のスウェットを貸し出してくれた先輩、
ちょっと・・・
いや、本当はすごく嬉しくて私は脱衣所でそれをギュッと握りしめた。
気持ち悪いけど・・・
先輩の匂いを噛み締め、幸せに浸った。
あまり長風呂するのはどうかと思い、
普段より早めに動く。
それでもやっぱり先輩が入った後だと思うと勝手に頬が緩んで気がつくと変な人になっている。
・・・どうしよう、
嬉し過ぎて、幸せで、
先輩の前でもにやけそうになる、
と自分の顔をお湯で流した。
「ーーーありがとうございました。」
お風呂から出ると先輩はちょうど大学の課題に目を通してた。
「ゆっくり出来たか?」
「はい・・・ってメガネ!?」
ーーー先輩メガネなんだ、と初めて知る情報。
まだまだ知らないことが多いんだな、と思った瞬間。
「ああーーー、普段コンタクトだからな。」
大きな茶色い黒縁メガネ。
ただでさえ顔が整ってるのに、
メガネ男子だったなんてずるいよって思ってしまった。
「すごい似合っていますね。」
「それはどうもーーー・・・」
先輩は私から視線を逸らし、
課題に目を戻す。
邪魔しても悪いと思ってソファに座り携帯を見ながら私はタオルで頭を拭いた。
誰からも連絡は入っていない、
私はSNSを開く・・・ーーー。
須永くんが運転免許の合宿に行って無事に免許が取れたことが更新されていた。
双葉ももうすぐ行く大学の見学で北海道に行ってるのが更新されていた。
「へえ、双葉も須永も北にいんのか。」
「ーーーうわぁ!」
携帯に集中してると突然覗き込む先輩。
「・・・そんな驚くことか(笑)」
「驚きますよ!もう・・・」
「ーーー髪、やってやるよ。貸して。」
どうやら髪の毛を拭くのが遅い私を見かねて、
せっかちの先輩は我慢できなくなったっぽい。
「ーーーありがとうございます。」
私の髪の毛は長いーーー。
だからきっと大変だと思うけど、
先輩はドライヤーを持ってきて乾かしてくれる。
こうして誰かに乾かしてもらったのなんて、
きっと人生で初めてかもしれない。
「これ生まれつきの髪の毛?」
「ーーーそうなんです。お姉ちゃんは母に似て直毛、私は父に似てクルクルなんです。」
「パーマしなくて済むし良いじゃんか。」
「みんなに言われます(笑)」
「ーーー柊がこの家に来た時は、俺が乾かしてやるよ。」
なんか・・・今日の先輩甘くない?
大学に行って友達に会った時も普段言わない俺の女なんて言ってくれたし、
ちょっと恥ずかしい言葉を普通に言ってくれる。
でも素直に嬉しかったし、
そこはきちんとお礼を伝えた。
・
「明日朝練があって早いから、柊が起きた時いないと思う。」
「分かりました、なら鍵はどうしましょうか?」
「ーーーこの家、オートロックだから問題ないけど。」
確かに言われてみれば、
鍵という鍵を持ってなかったし、
さっき家に入る時もパスコードを入力してた。
「そっか、なら私は適当に帰りますね。」
「ーーー朝練がある分、帰宅するのも早いけど・・・会うか?」
会いたいーーー・・・
すごく会いたいけど・・・
「会いたいですけど明日は不動産屋に行きます。本気で家探さないと・・・」
「そっか、ならタイミング合いそうなら連絡して。」
「ーーー分かりました。おやすみなさい。」
「おやすみ。」
私は先輩が準備してくれた布団に入る。
先輩の匂いがすごくするーーー・・・。
何だろう、
すごく落ち着く匂い。
そう、先輩は初めて会った時からすごく落ち着く匂いを持つ人だった。
きっと先輩を好きになった1つがこの匂いだったような気もする、
先輩の隣にいると気持ちが和らぐ。
先輩の匂いを嗅ぐと気持ちが落ち着く。
それだけじゃないけど、
先輩とずっと一緒にいたいと願って好きになった気がする。
私は変な感情を捨て目を瞑るーーー。
大丈夫、と言い聞かせて心を落ち着かせる。
ーーー目を瞑って剛くんの苦しんでる顔が浮かんだ。
お姉ちゃんと言い争ってた時の剛くんの顔が。
普段見ない顔だったから印象に残ったんだと思う、
でも私はこれから先どうなるのか突然不安になった。
口では大丈夫、何とかなるって言ってても・・・
本当は不安しかない。
だって私はまだ高校生だもん、
未成年だもん。
一人暮らしに大学・・・
この先の生活のことを考えると、
少し不自由を抱える私には重労働のバイトはできないし、
そうなるとお給料もそこまでもらえないと思う。
ーーーこの先の生活が不安でしかなかった。
私はいつも不安を抱えると過呼吸を起こす。
今日も少しずつ呼吸が荒くなっていくのを自分でも感じ、布団の中で必死に我慢する。
ーーーどうか強くならないで、と願う。
いつもは剛くんに甘えて眠りにつくまでそばにいてもらう。
今日は・・・剛くんはいない。
必死に耐えないと・・・
そう思えば思うほど呼吸が荒くなっていき、
私は布団の中で苦しみもがいたーーー。
・・・ ドンっ!・・・
だけどやってしまった・・・
「柊、大丈夫か・・・。入る・・・」
「・・・く、苦し・・・」
ベットから落ちた音が思いもよらぬ大きくて、
私はそのまま横に倒れた。
ーーー起き上がれず、もうダメだと思った時先輩が来た。
私の姿を見てすぐ先輩は部屋から出ていき、
またすぐに袋を持って戻ってきて私を抱き抱えるように支えてくれた。
「大きく深呼吸して、ゆっくり・・・」
そして袋を被せながら私に優しくいう。
ーーー私は先輩の指示に動く、
そして少し落ち着きを取り戻してきた。
「ーーー少し水分取ろう。」
さっき袋と一緒に持ってきてくれたペットボトルを少し飲む・・・。
「・・・ごめ・・・」
先輩は私を強く抱きしめた。
「大丈夫、ここにいるから・・・」
「ーーー知って・・・?」
「さっきコーチから一応話は聞いたから念のため起きてた。」
お父さんとお母さんが亡くなってからも私はしばらく過呼吸を起こすことが多かった。
その時はいつも祖父が私をさすってくれる落ち着かせてくれていた。
父と母を失ってから1人になるのが怖くなり、
暗闇や孤独を感じる時に発作がとても出やすい。
剛くんと一緒に暮らしていても、
疲れが酷かったりすると発作が出てしまうことがあった。
その度に剛くんは祖父のようにさすってくれてた。
だから長崎に行くことを剛くんはすごく反対した、
1人なんてもってのほかだと。
それでも行くことを決めたから、最後は諦めた。
でも長崎での時間は楽しさも疲労感もあって、
不安に感じる暇なんてなかったからなのか、
環境が自分に合うのかわからないけど発作は一度も起きなかった。
「ごめ・・・本当は1人になるの怖くて・・・」
「ーーーそうだよな。」
「ーーー誰もいなくなったらどうしようって・・・」
「オレはいなくならないよ。コーチも、もちろん。」
先輩は抱きしめる力を強めた。
「・・・怖いよ・・・」
私は先輩の腕の中で泣き続けた。
「少し落ち着いたかーーー?」
程なくして先輩が私に問いかける。
ハッとした私は先輩の腕から離れる。
「すげー顔だな笑」
そんな私の顔を見て先輩は笑い、
私の涙を手で拭う。
「もうこんな時間・・・ごめんなさい。寝ましょうか。」
私は冷静さを戻し、
もう大丈夫と思ったーーー。
先輩に笑顔で伝え立ちあがろうとした。
だけど座ってる先輩の手に強く引かれ、
また彼の腕の中に収まる。
「ーーー柊の大丈夫は信用出来ない。お前が嫌じゃないなら・・・一緒に寝るか。」
「えっ?」
「何もしねーよ。ただ隣に寝るだけだ。」
・・・少し残念だと感じた。
何もしないと断言できるほど魅力がないのか、と。
「そうしてもらえたらありがたいです・・・」
私はお願いしたーーー・・・。
先輩はリビングの光を消し、
一緒に布団に入ってくれた。
「手を繋いでても良いですか?」
「ーーーもちろん。」
「ありがとう。」
安心するこの手・・・
優しい温もり、
先輩は何でも包み込んでくれそう、
そんな錯覚に陥ってしまいそうなほど幸せを感じた。
ーーーだから気がつけば朝を迎えていて、
もう横には先輩の姿はなかった。
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