#67.
剛くんが帰宅したのは日付が変わる頃、
それもすごい憔悴しきっていて、
今にも倒れそうなほど疲れ果てていたーーー。
「剛くん!」
「あっ・・・そっか・・・悪い、忘れてた・・・」
私が近寄ると我に返ったかのようにハッとする彼。
私が今日帰ってくることを忘れるくらいの何があったのだろうと思った。
「大丈夫?!何かあったの?」
不安で私は尋ねるーーー・・・。
「・・・何もないよ、心配すんな。」
うそ、剛くんの目を見ればわかる。
何年一緒にいると思ってるんだろう。
「うそ!何かあるのは分かってる!役に立てないけど話を聞くことくらいは・・・」
私が話終わる前に剛くんは私を強く抱きしめた。
「・・・だ・・・」
「えっ?」
何言ったか全然聞こえなくてもう一度聞き返す。
「ーーー愛梨に離婚届を渡された・・・」
「えっ、何で!?」
私は彼の腕からスルッと抜けて驚きを隠せずに叫んだ。
って言うか、お姉ちゃん今どこにいるの?!
「・・・俺が悪いんだよな、愛梨の願いを叶えてやらないからさ。」
「お姉ちゃんの願いって?」
「・・・それは・・・」
言いづらそうな顔をする剛くん。
「剛くんと二人で暮らしたいってこと?」
剛くんは首を縦に振る。
「ーーー子供が欲しいそうだ。花には言わなかったけど、愛梨は結婚する当初から子供が欲しくて。それで結婚したも同然なくらい、だけど全然出来ないから離婚したいと・・・」
「そんなーーー・・・剛くんはそれで良いの?!」
「良いわけないだろ・・・愛梨は俺が花を好きだと一点張りで俺の気持ちなんて聞きもしないよ。俺は高校時代からずっと愛梨を想ってた・・・花は愛梨の妹だから・・・良の大切な子だから大切にして来た、それが裏目に出たんだろうな・・・」
ーーーそれって私が邪魔ってことだよね。
私が出ていけばお姉ちゃんは戻ってくる、
それだけのことだよね。
「・・・私が出ていく。それで解決するなら、離婚も子供も解決だよね。」
「花・・・俺はそう言うことを言ってるわけじゃ・・・」
「剛くんの気持ちも分かるし、私も剛くんが相手だからきっとここまでお世話になった!でもお姉ちゃんだからって言って犠牲にして良いとは思わない。剛くんが大切にするべきは私じゃなくてお姉ちゃんだよ?」
「ーーーそうなんだよな・・・」
「私がお姉ちゃんに話に行く!お姉ちゃんの今いる場所を教えて。」
ーーー剛くんは私にその住所を教えてくれた。
群馬県にある郡山という場所に一人でマンスリーを借りて住んでいると言う。
何で群馬なの?って聞いたら、
一人になりたかったから誰も知らない場所に行きたかったと教えてくれた。
私は何も知らなかった・・・。
多分以前お姉ちゃんが私に出て行って欲しいとほのめかした時からずっと感じていたんだろう。
私は一人暮らしするって言っててもあまり本気にもしてなくて4月までに引っ越せば良いや、なんて安易な考えをしてた。
またしても私のせいで人を不幸にしてしまう、
そんな気がしたーーー。
こんな近くに、身近にいる人たちなのに、
そんな人たちの気持ちにも気がつけなかった。
荷造りを解く予定だった私は、
その逆で数日分の衣類を追加でスーツケースに入れる。
群馬ならバスで行ける距離、
携帯で予約を取り次の日の夜のバスを取る。
隣で剛くんが何か指摘しているけど、
そんなこと私の耳には届かなかった。
・
私が出ていく時、剛くんはいなかった。
ーーーいつもだったらやり取りするメールも今回は送ることなく私は家を出る。
お姉ちゃんの本気を知って、
もう剛くんに甘えてはいけないと悟ったから。
私はこれから1人で生きていかなければならないんだ、そう悟った。
夜に出て深夜バスに乗って、
お姉ちゃんの家に着いたのは次の日の昼前だった。
「ーーー剛から聞いてたからお昼作ったよ。」
お姉ちゃんは私の前では気さくに話す、
でも少しやつれてて痩せた気がする。
・・・剛くんも、
お姉ちゃんも・・・
私は苦しめてしまっていたんだね、と思った。
お姉ちゃんの歓迎に素直に喜べなくて、
私は苦笑いをこぼしながらも遠慮がちにお邪魔した。
「すごい荷物だね、何泊していくつもりなの?(笑)」
「ーーーごめん。」
「全然、何泊でも好きなだけいなよ。」
話し方はやっぱりおねえちゃんだ、
淡白であっさりしている。
お姉ちゃんが作っておいてくれたオムライスを食べる、
昔お母さんが作ってくれた味にすごく似てる。
「このオムライス・・・」
「似てるでしょ?お母さんの味に。」
「ーーーうん。」
ニコニコ笑うお姉ちゃん、
本当に剛くんに離婚を伝えたのか疑いたくなる。
「剛から聞いてるかもしれないけど、今仕事休んでて毎日暇なの。だからお料理研究しようと思ってて、お母さんのオムライスを毎日作って研究してたの。」
ーーー何も知らないお姉ちゃんの情報。
仕事を休んでたことも、
そもそも群馬にいたことも何も知らないで、
仕事で不在にしてると思ってた。
「・・・そっか。お姉ちゃん。」
なんか今にも泣きそうな気分になって来たから、
オムライスを食べ終わり私はスプーンを置いてお姉ちゃんと話すことを決めた。
「どうしたの?」
「・・・わたし、一人暮らしすることにしたよ。」
お姉ちゃんから笑顔が一瞬で消え、
少し恐怖を感じた。
「ーーーそう。剛は納得したの?」
「剛くんは優しいから・・・私が剛くんにずっと甘えててごめん。」
「ーーー剛と花を一緒に暮らさせたこと、剛に花を託してしまったこと後悔してる。そんなことがなければ剛は花を見ることしなかったのに・・・」
ーーー剛くんが言ってた、
お姉ちゃんは勘違いしてるって。
「違う!剛くん言ってたよ。私を大切に扱ってくれるのはお姉ちゃんの妹だからって!お姉ちゃんのこと高校の頃からずっと想ってるって憔悴しきってる状態で言ってたよ!」
「口では何とでも言えるのよ・・・」
「じゃあどうすればお姉ちゃんは剛くんの気持ちを信じるの?好きな人に信じてもらえなくて剛くん悲しむんじゃないの?」
「ーーー花に何が分かるの?あんたは私から両親を奪った!・・・剛も・・・剛のことも奪うの?!花のことは妹だから嫌いになれない・・・でも今は・・・花を見ると剛の笑いかける笑顔が浮かんで辛いのよ。」
ーーーお姉ちゃんはこの10年、
私を責めることなど一度もしなかった。
事故だった、花は悪くないと剛くんと同じように言ってくれてた。
ーーーでも今聞いたことが本当の気持ちだったんだと思う。
本当は・・・お父さんとお母さんを奪ってしまったこと憎んでたはず。
「・・・東京に戻ったら荷造りしてすぐに家を出るよ。そしたらお姉ちゃん帰って来てくれる?剛くんに渡した離婚届、破棄してくれる?ーーー2度と剛くんとお姉ちゃんの前に現れない。約束するから・・・離婚するなんて言わないで。剛くんを苦しめないで・・・」
「そんなことしたら・・・行くところないじゃない。」
「ーーー私なら大丈夫、友達たくさんいるから。」
涙ながらに笑顔を作り嘘をついた。
友達なんて・・・
泊めてくれる友達なんて本当はいないのに。
「ーーーこんな約束したなんて知れたら剛に嫌われる・・・」
「剛くんには言わなくて良い。知らないふりして。」
私は無駄に持って来てしまったスーツケースを持って席を立った。
「ーーー苦しめてごめんね、お姉ちゃん。」
「こんなに剛を好きだなんて自分でも気が付かなくて・・・花、ごめんね。」
私たちは抱擁するわけでも握手するわけでもなく、
お互いに背を向けたままだった。
「・・・元気でね、お姉ちゃん。剛くんと幸せになってね。」
すぐに私は東京に戻った。
あまりの速さに剛くんは驚いていたけど、
それと同時にお姉ちゃんから離婚は無かったことにして欲しいと連絡を受けたとすごく喜んでいたからよかったのかな、って思った。
「花のおかげだから、ありがとうな!」
有頂天になる彼を見て、
剛くんも恋する1人の人なんだと思った。
「明日も早いでしょ?私、色んな旅疲れでもうお風呂入って寝るね。」
「そうだな、悪かった!また明日な。」
剛くんと話すだけで涙が出そうになる、
会わないとお姉ちゃんと約束した以上会えない。
長年お世話になった人だから、
本当の家族みたいな人だからやっぱり辛くて悲しくて苦しかった。
《 明日のお昼ごろ、そっちに帰るね。》
部屋に戻り荷造りをしているとお姉ちゃんからメールが届く。
それまでに出ていけってことなのかな、と思った。
・
「ーーー夕飯は家で食べるよ。愛梨も帰ってくるだろうし花の好きなもの作っておいてよ。」
「私は・・・先輩と約束してるんだ。ごめん。だからお姉ちゃんと2人でどこかで食べて来たら?」
「・・・そうか、ならそうするかな。」
玄関先で見送るのも習慣でお互い慣れたもの。
私たちが学校に行かなくても剛くんには普通に授業がある。
「剛くん・・・ーーー」
「ん?どうした?」
剛くんは私が去ることを知らないーーー。
「ーーーううん。ありがとう。」
悟られないように笑顔でそう伝えて彼は学校に向かった。
10年分のありがとうはきっと何をしても足りない。
私を責めないでいてくれたこと、
いつも味方でいてくれたこと、
前を向いて歩けるように支えてくれたこと…
ありがとう、
心の中で呟いて私は家を出た。
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