#63. – Itsuki Side –
昼休み、
環から着信を受けた。
「花が・・・遠くに行くのかもしれない!」と。
・
どう言うことかと環に問う。
「今・・・たった今・・・樹先輩をよろしくねって・・・まるで消えちゃうような言い方で・・・」
「落ち着け・・・。柊が出て行ったのいつ?」
「5分前くらい・・・」
環の電話を切ってオレは柊を追いかけた。
着替える余裕もなくバスケのジャージで学校を出て彼女の家の方に走るーーー。
「柊!」
そして遠くから見つけた・・・。
大きなスーツケースを持ってタクシーを待つ彼女を。
「柊!」
背には大きなリュックを背負って、
小さい体に不釣り合いなほど大きなリュックを。
「・・・花!」
遠くから見つけ、
走る速度を早めたけど彼女がちょうどタクシーを見つけ乗る瞬間だった。
・・・その瞬間に彼女の名前を叫んだけど、
柊の耳には届かなかったようでそのままタクシーに乗り込んだ。
すぐに携帯を取り出し、柊に発信する。
この1か月半、発信することなんてなかった彼女の携帯に迷うことなく発信した。
だけど・・・彼女の携帯から聞こえたのは作られた機械音だった。
何度も発信したけど、
彼女の声を聞くことはなかった。
・
「コーチ!」
学校に戻ると校門で待つ環を無視してオレはコーチの元に走った。
「おー、楽しそうに活躍してたな笑」
相変わらず陽気に話して来るコーチ、
だけどオレはそんなのお構いなしに話した。
「柊は?スーツケース持ってタクシー乗るの見たんですけど・・・」
えっ!!、と環が驚いててもお構いなし。
「・・・花は小旅行に出かけたよ。」
「この時期にですか?!」
「大丈夫だよ、1週間で帰って来るよ。」
「どこに?」
居場所を問い詰めて何をしたいんだろう、自分に思った。
コーチも何となくそれに気がついていたのか、
大きなため息をついて陽気な姿から少し真顔になった。
「・・・オレも止めたんだよ。だけど花が自分で選んだ、分かってやれ・・・」
「だからどこに?」
「ーーー追いかけるのか?お前にその権利あるの?・・・何があったか詳しくは聞いてない。だけど初めてを捧げる覚悟で行った樹との旅行で別れは覚悟してなかった、とだけ教えてくれたよ。女の子が初めてを捧げるってどれだけの覚悟かお前分かる?それを裏切ったらしいな・・・」
コーチは冷静に話すけど淡々と笑顔もない。
「コーチ!それは本当に誤解で・・・」
環が割り込んだーーー。
「誤解だったとしても、誤解を与えたのは事実で花が傷ついたのも事実なんじゃないか?・・・花はもう樹のことを見限ったんじゃないのか。オレはお前たちに花の居場所を教える義務はないと思ってる。ーーー役に立てなくて、花を止められなくてゴメンな。」
コーチはそれだけ言って、在校生の方に向かった。
ーーーコーチは花の居場所を知ってる、
それだけは確実に分かった事実だ。
ーーー見限る・・・
「・・・どうしますか?」
「ーーー頭冷やすわ。」
午後の部は出ずに、オレも学校を出た。
・
コーチが言った 《 見限る 》 と言った言葉が頭から離れない。
ーーー柊はもうオレを必要としていない。
そう言うことなんだろうか。
俺がこの一ヶ月半どれだけ苦しんで・・・
なんて独りよがりのことは言えない。
何度アイツに会いにバイト先に足を運んだだろう。
だけど外から見る彼女の頑張ってる姿を見て、
会わずに毎回帰った。
あの日・・・車で彼女に言ってしまったことをどれだけ後悔しただろう。
感情的になったとはいえ、言うべき言葉ではなかった。
環を抱きしめてしまったことをどれだけ後悔しただろう。
これまでどれだけ彼女を傷つけてきたんだろう。
ーーーたくさん愛情持って接してくれた彼女は戻って来ない気がした。
・・・彼女は俺の元を去った。
自業自得・・・。
分かっているけど、
悔しくて後悔ばかりで初めて涙を流しそうになった。
はは・・・
笑える、こんなに柊のことを好きだったなんて。
付き合いたての頃よりアイツのこと好きになってる。
会いたくて愛しくてたまらない、
去って気がつくなんておかしいだろうと笑いがこぼれた。
ーーー来るはずのない携帯に、
少しの期待を乗せ、
女々しいと思いながらも俺は彼女の連絡を待つ。
それでも数日経過しても彼女から俺の携帯に通知が来ることはなかった。
そんな俺にも幸運が降りてきたーーー。
柊が長崎にいると言う情報を掴んだのだ。
《 花ちゃん、浮気中でーす!》
体育祭から数日あいたある日の平日、
2日の休みを利用して大学の先輩の吉岡さんと森さんで長崎旅行に出かけた、
その際に送られてきた一枚の写真とメール。
「どういうことっすか?!」
すぐ吉岡さんに発信した。
「いやぁ森が花ちゃんの顔を覚えててさ、あいつ花ちゃんのこと可愛いってずっと言ってたろ?だから半強制でお茶に付き合ってもらったんだよ。」
「ーーー彼女、今長崎にいるんですか?!」
「ハウステンボスで会ったからな(笑)」
1人で?、とは聞けずに俺は無言になった。
「ーーーそうなんですか。」
「花ちゃんってさ・・・良くも悪くも真っ直ぐな子だな。」
「えっ?」
「大して知りもしないオレたちに真っ直ぐ話してくれたよ。思い出にできなかったものを思い出にするために長崎に来たって言ってたぞ。俺たちには理解できなかったけど樹なら理解できるんじゃないか?・・・お前、ここ一ヶ月半調子悪かったろ。彼女も関係してるんだろうなと思ったから念のため連絡したんだよ。」
「・・・ありがとうございます。」
「明日はグラバー園に行って、明後日東京に戻るって言ってたぞ。俺たちは明日戻るけどな(笑)」
「ーーーまだ彼女と一緒ですか?」
「・・・森が必死に連絡先を聞いてる(笑)」
「えっ・・・」
「彼女は頑なに断ってる(笑)面白い光景だぞ(笑)」
「オレができる情報は流したからあとは自分で頑張れよ。」
「ありがとうございます!」
吉岡さんが戻ったら何か奢ってやらないとダメだと思った。
ーーー柊は、
きっと過去の自分の気持ちを清算するために長崎に行った。
吉岡さんが言っていた意味はきっとそう言うことだろう。
ーーーなぜ長崎なのか分からない、
だけど彼女は初恋の彼・・・
彼を思い長崎に来たことは確実だった。
彼女の彼に対する想いには勝てない・・・
このままオレは彼女を諦めるのか?と自問自答した。
「すいません、明後日の練習休ませてもらいます!」
監督、コーチ、キャプテンそれぞれに連絡を入れてオレは長崎行きのチケットをすぐに取った。
ーーーこれが正解なのか分からない、
だけど誰も邪魔が入らない場所で、
2人だけで話がしたいと思った。
次の日の便で長崎に向かい、
オレは吉岡さんが言ってたようにグラバー園に急ぐ。
午前の便に乗っても早くて到着したのは昼過ぎ。
もう来てしまったかもしれない、
もしくはまだ来てない、すれ違いになる可能性もあると思うと変に胸がモヤモヤする。
グラバー園は広い、
特に花壇が多く花好きにはもってこいの公園だ。
本当にここに柊がいるのだろうか、
とにかく一周してみる。
カフェも中を覗くけど彼女がいる気配がない。
半分諦め、
オレも多くの人が行っている展望台に足を運び、
男1人悲しく長崎港を眺めた。
ーーー カシャっ ーーー
そこにカメラのシャッター音が鳴りなんとなく気になりその方向を見る。
・・・柊だった。
オレの視線を感じた彼女もこっちを見る。
「えっ・・・」
驚きを隠せない様子で大きな目をもっとまん丸くして驚いている。
「ーーー見つけた。」
オレはそう伝えたけど、
会いたいと望んでいたのはオレだけだ。
彼女はその場から立ち去ろうと、
逃げるように小走りをした。
「待ってくれ。」
オレは咄嗟に彼女の手を掴み、
あの日言われた言葉をふと思い出した。
ーーー環を抱きしめたその手で触らないで、という言葉を。
「・・・悪い。」
パッと彼女から手を離した。
柊は建物の外に出て、
オレも彼女を追いかけるように出た。
「ここで何してるんですか?!」
多くあるベンチの中の一つに腰掛けて彼女が言う。
「こっちのセリフでもあるけど。」
「わたしは・・・」
言いかけて柊は言葉を止めたーーー。
そりゃそうだ、オレには言えないだろうな。
「オレは柊に会いたかった、だから来た。」
彼女は何も言わずに空を見たーーー・・・。
柊が空を見る時は誰かを想う時だ。
ご両親だったり、きっと初恋の彼のことも今までも何度も思っていたんだろうと思う。
「先輩、知ってます?グラバー園にはハートストーンが隠されているんですって。2人で手を重ねると幸せになれるって言われてるんです。」
「ーーー見つけたのか?」
彼女は首を横に振った。
「行くか。」
ベンチから立ち上がりオレは彼女に声をかけた。
「えっ?」
「ここまで来たんだ、そのストーンってやつを見つけに行くぞ。」
「ちょ、待ってください・・・」
柊は戸惑いながらも付いてくる・・・
見つけたい、だけど相手が違う、そんなところかなと思った。
気にせずオレは先に歩く、
もちろん彼女の歩幅に少し近寄りながら。
「ーーー見つからんねーな・・・」
「もう良いですって・・・本当に・・・」
ここまで来て諦めるのは納得いかねぇ。
「・・・足が・・・限界なんです・・・」
「あっ、悪い・・・」
柊の左足が悪いことを完全に忘れてた。
オレはしゃがみ込む彼女と同じ背丈になり、
立ち上がらせようと手を差し伸べた。
「あっ・・・あった!!先輩、あそこ!」
しゃがみながら指を刺す方向を見ると本当にハート型したストーンがあった。
「すげー!!すげーじゃん!!」
「ありましたね!やったー!!」
ーーー柊と出会って、
初めてこんな楽しそうな笑顔を見た。
彼女は立ち上がりその石の上に手を置いて目を瞑った。
・・・オレはその上に手を重ねる。
「いや・・・」
オレの手が重なったのを知った彼女は手を引っ込めようとするも、
オレは強引にその手を掴んで石の上に自分の手と一緒に重ねた。
「オレは・・・柊と幸せになりたい。」
オレの言葉への返事かのように、
柊は力強くその手を離してグラバー園から去った。
「・・・なんなの?!あんな形で裏切っておいて今更遅い!」
園を出て彼女はオレに感情を露わにした。
「ーーーごめん。」
「違う、先輩は悪くない・・・先輩の言う通りだった。私が良くんの死を乗り越えてない。だから彼が望んだ長崎に1人で来たかったのに邪魔しないで・・・」
「ーーー別の人が心にいても良い。それでもオレのそばにいて欲しい。」
「何言ってるの?・・・わたし、先輩には幸せになって欲しいです。私じゃ相応しくない、先輩は環のことが好きなの自分で気がついてない・・・」
「はぁ?」
「環と一緒にいる時の先輩はいつも自然で楽しそうです。私はいつも2人に嫉妬してた。・・・環を抱きしめたのも愛しいと思ったからでしょう?」
「それは違う。確かに環とは気が合うと思う。柊といる時よりアイツの方が自然体でいられるのも事実だ。」
「認めたね・・・」
「だけどそれはアイツに特別な感情を持ってないからできることであって、柊といるオレはヘマをしないか傷つける発言はしてないかといつも緊張する。それはお互い様だと思うけど違うか?」
「・・・自然体で一緒にいられる関係の方が長続きすると本で読みました。」
「全て本が正しいのか?ーーー環を抱きしめてしまったこと後悔してる。ただ正樹との恋が本当にうまく行くと思ってたし告白を後押ししたのはオレだ、責任を感じて抱きしめた。」
「ーーー私の顔が浮かばなかった?傷つくって思わなかった?」
「ーーー浮かんだよ。言い訳になるだろうが、環は友達として凹んでた、だから彼女を抱きしめた。」
「・・・だったら環のことを支えてあげて。」
「今の話聞いてたか?」
「私は1人でもこの通り大丈夫だから・・・」
「・・・環にも同じようなこと言ったようだけど、オレたちの気持ちは?自分の気持ちだけ押し付けて、オレや環の気持ちは考えないのか?オレが柊を好きだと言ってるんだ、それに嘘はない。」
「本当に好きなら裏切らない!抱きしめたりもしない!今の私は・・・先輩を見ると環を抱きしめてた光景を鮮明に思い出してしまう。良くんなら・・・彼が大人になってたらきっと違った、そう私は思ってしまう。須永くんを好きになってたらこんなに苦しまなかった、って思っちゃうの。先輩と前のように過ごせる自信がない、ごめんなさい・・・」
なぜ砂長の名前を出したのか、
理解できなかったけど・・・
彼女は深々とオレに頭を下げた。
彼女の傷は想像以上に深かったーーー。
「柊なら許してくれる、オレはきっとどこかでそう甘えてた。会いに行けば許してもらえる、そう思っていた。傷つけて悪かった・・・」
これ以上オレから何を言っても彼女の決心は変わらないと思った。
ーーー今日はもう諦めよう、
また出直そうと決めた。
「お腹すきませんか?美味しそうなお店見つけたんです、行きません?」
立ち止まること数分、
お互いに動こうとしない俺たちに柊が見切りをつけた。
この気まずい雰囲気を避けたくて、
彼女はきっとオレと過ごす時間を笑顔にしたくて誘ったんだと思う。
「ーーー行くか。」
その優しさを無駄にしたくなくて、
オレは彼女の誘いに乗った。
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