#57. – Itsuki Side –
「あの人誰だろ?花と良い雰囲気じゃない?」
・
環の言葉にその場にいた全員が息を呑んだと思う。
ーーー柊の手を自然と繋ぎ、
自然と中へと誘導する男。
彼女の笑顔も安心しきった、
まるでコーチに見せる顔そのものだった。
だからすごくお似合いだとその場にいた全員が思ったんだと思う。
「ああやって自然に支えてくれる人って素敵だよね!あっ・・・」
2人を見て素直な意見を言ったかと思えば、
俺に気を遣って何言わなくなるメンバー。
「いや、分かってるからさ。あいつにとっては俺では物足りないことくらい笑」
須永が急遽来れなくなったのを良いことに俺は弱音を吐いた。
厨房から戻った柊を見て・・・
連絡を取らなかった1週間で乗り換えたのだろうかと思った、
だけどそれは違う、とも思った。
自分で言いたくはないが、
柊は俺のことがすごく好きだ。
俺も柊のことが好きだとも思う、
だけど自分の感情と気持ちの整理ができない時が最近増えた。
好きでもうまく伝えられない、
伝え方がわからないことがあるんだと最近思うようになった。
環たちと店を後にした俺は、
おそらく裏口だと思われる出口付近に立った。
ーーー柊と話をするためだ。
環の情報では6時にバイトが終わる、
あと少しでその時間だ。
「えっ・・・先輩?!」
6時を少し過ぎたところで柊は裏口から本当に出てきた。
「よっ、久しぶりだな・・・」
真夏だからキャミソールに黒い羽織を着ている、
少し前から見える胸元を見て俺の心臓が大きくドクンと音を立てた。
「どうしたんですか?環たちとご飯に行ったんじゃ?」
「・・・ちょっと話したくて待ってた。」
「えーと、今日は猪野さんと帰る・・・」
柊が話し終わる前にその例の猪野さんが出て来た。
「花、店長に捕まって・・・ってどちら様?取り込み中だった?」
私服に着替えた猪野はめちゃくちゃ美形の顔をしていて、
ハーフだと思えるくらい堀の深い顔立ちをしてた。
「あっ、高校の先輩で・・・」
「取り込み中って感じかな?」
「先輩すいません。猪野さんと帰る約束をしてて・・・」
柊はどちらを取れば良いのかわからず気まずそうに俺に言った。
「ーーー少しだけこいつと話をさせてもらっても良いですか?」
だから俺は下手になり猪野に、柊を貸してほしいと伝えた。
「なら今日は先に帰るよ、また明日ね、花。」
「お疲れ様でした。」
柊は猪野が見えなくなるまで見送ってたーーー。
まるで俺の存在が見えないかのように・・・。
・
「あいつとどういう関係?」
俺の問いかけにハッとした柊、
一瞬にして緊張しているのが分かった。
「・・・どういうとは?バイトの先輩です。」
「それだけか?」
「それだけです!確かにスキンシップ多いですけど、それは先輩のマネージャーさんと同じ感じで恋愛感情とかではないと思います・・・」
「でも柊は好きな部分あんじゃねーの?」
柊は俺を見たーーー・・・。
「何それ、疑ってんですか?だったら・・・寂しい気持ちにさせないでって私からしたら思います。」
今度は俺が彼女を見た。
「・・・」
彼女が正論すぎて俺は何も言えない。
「ふふ、なんって・・・違うか。あのBBQの日から先輩おかしいもん。私の大きな発作を見てめんどくさくなったんだよね?会いたくないのメールだけでもバレバレ(笑)」
「ちげーよ・・・」
「違くないよ。わたし、勘は強い方だから。私だって嫌だよ、自分の好きな人でもこんなめんどくさいの。分かるよ、だから私は先輩を責めないし・・・」
「黙れ・・・ちげーって言ってんだよ!」
俺は彼女を黙らせるために強引にキスをした。
ーーーこんなことしたかったわけじゃない、
冷静にきちんと話したかった。
だが俺には冷静さを保つことができなかった。
ここ最近ずっとこうなんだ・・・
柊のことを考えると感情が抑えられない、
会いたくて仕方なくなる。
抱きしめたくて堪らなくなる、
だから会えないと思った・・・。
彼女を傷つけてしまう気がしたから。
「ど、どしたの・・・」
俺の腕を一度離し、彼女は不思議そうに俺を見る。
俺は何も答えずに彼女の唇をもう一度奪った。
「ま、待って先輩!ここ、裏口とは言え人が来ないわけでもなくて・・・」
柊は変な言い訳をつけて俺を阻止した。
普段周りのことを気にして手を繋ぐことさえ控える自分だけど、どうやら今日の俺はそんなこと気にもしないらしい・・・。
キョロキョロして、誰も来ない死角を探し俺はそこに彼女を誘導した。
「どうしたんですか?本当に・・・何かあったのですか?」
柊は俺に問いかけたーーー・・・。
「・・・悪い。どうかして・・・」
相手の許可もなく強引に唇を奪った、
最低だと思った。
「頭冷やして・・・」
いたたまれなくなくその場を立ち去ろうとする俺の服の袖を彼女は引っ張った。
「そうじゃなくて。何かあったんですか?と聞いています。」
そして、柊は俺に抱きついた。
「先輩が何か困ってるなら私が力になりたい。」
彼女は俺にそう言った。
俺も彼女を強く抱きしめた・・・。
「ここ最近おかしいんだ・・・ここ一週間、柊に連絡できなかったのはそのせいだ。悪かった。」
彼女は首を大きく横に振った。
「おかしいって?体調が悪いんですか?」
「いや・・・」
オレはバツが悪そうに言葉を濁す。
「なに?」
「・・・ゴメン。BBQの日、柊が環たちと一緒に何かしているのを見たんだ。」
「えっ?」
「そろそろ帰ると呼びに行ったらちょうどタイミング悪く・・・」
「・・・私の傷を見たんですか?」
柊は少し顔色が悪くなった。
「傷?・・・いや、そこまでは見てない。ただ柊が上半身着用してなくて、それを抱きしめる環を見て・・・あの日から自分が抑えられない。」
彼女はオレの言ってる意味がよく分かってないようだった。
「環なのに・・・相手は環なのに嫉妬した。そして俺も柊のその先の姿を見たいと思ってしまった。・・・柊に会えばきっと我慢出来なくなる、優しく出来なくなると思って会うのを控えた。悪かった・・・」
「それって・・・私に欲情してくれたってことですか?」
「・・・ああ。気持ち悪いよな・・・」
「嬉しいです!私はてっきり先輩は私に興味がないと思ってたから・・・」
「んなことはない。これでも必死で我慢・・・」
今度は彼女が俺の言葉を遮り、
唇を重ねて来た。
「ーーー帰りましょうか。」
ニコッと笑って俺に呟いた。
俺の話を聞いていたのだろうか。
いや・・・
ちゃんと理解したのだろうか。
・・・帰りましょうってなんなんだと思った。
なんの解決にもなっていない、と。
「ーーーさっきのはバイトの先輩です。」
家への帰り道、彼女は俺の手を繋いだ。
そしてバイト先の話をし出した。
夏休みのほとんどをバイトにしていると。
「あの人はきっと柊のことを・・・」
好きだと思う、と伝えようとした。
「ううん、あの人には好きな人います。ただ女性に対して優しい人なんですよ。」
ほっとした自分、
そこまで話すほど仲良くなってることに嫉妬する自分、
なんだか複雑な気持ちを抱えた。
「・・・私は寂しくても会えなくてもやっぱり先輩が好きだから。先輩以外考えられないんです。」
恥ずかしいことをサラッと言う、
そんな彼女をすごく愛しいと思った。
「ーーーあのさ・・・」
「はい、何ですか?」
「俺の知り合いが海の家をやってて、来週泊まりで行くとになってる。柊が海を苦手としてること知ってたから敢えて誘わなかったけど・・・克服も兼ねて一緒に行かないか?」
ちょうど彼女のマンションの下に着いた時に俺は問いかけた。
「それってそう言うことですか・・・?」
大きな深呼吸をして彼女は俺に聞いた。
「・・・散々我慢してて、柊にも大事にしろって我慢させて来たのに情けねけど今の俺は我慢できる自信がない・・・。今ここででもすぐに抱きたいくらいお前を愛しいと思ってる。」
少し悲しそうな切なそうな表情を見せた柊、
そして何かを決めたように言った。
「見せたいものがあるんです、少しよって行きませんか?」
と。
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