#54.
水曜の朝は剛くんは起きてこないことが多い。
毎週火曜が会議で、
そのまま飲んで帰ってくるからだ。
「剛くん、遅刻するよ・・・」
私は何個も鳴り響く目覚まし時計を止めに部屋に入り、
ついでに剛くんを起こす。
「・・・」
全く起きないーーー・・・
「剛くん!」
耳元で叫ぶのが鉄則。
ーーー普段部屋には入るなと言われてるけど、
この日だけは特別に入る許可をもらってる。
だってそうしないと起きないからね。
「ーーーはいっ!起きます!起きます!」
一度起きれば支度は早いーーー。
顔を洗ってスーツに着替え、
学校で着るジャージや部活で着るジャージを用意して朝食を取る。
普段は一緒に摂らない朝食も、
なぜか水曜だけはここ最近一緒に取ることが増えた。
「ーーー花がいなかったら本気で遅刻だわ。」
「だろうね(笑)飲みに行くのやめれば良いのに笑」
「ーーー断れねーよ、色々上の人だしさぁ。」
「でもずっと私がいるわけじゃないんだし、お姉ちゃんに起こしてもらえるようにちゃんと習慣化しておきなね。」
剛くんの食べる手が止まった・・・ーーー。
「出て行くのか?」
私も剛くんの目を見たーーー・・・。
「・・・剛くんが合宿行ってる間に、鎌倉のおじいちゃんとおばあちゃんに会いに行ってきたよ。」
「・・・そっか。どうだった?」
「鎌倉ってすごく良いところだった。おうちもすごく広くて、おじいちゃんもおばあちゃんもすごく優しかったよ。一緒に暮らそう、引き取りたいって言われたよ。」
「ーーー決めたのか?」
「きっとその方が幸せだとは思うんだよね。でも、私がいなくなったら誰が剛君のご飯作るんだろうね?お姉ちゃんが不在の時の話し相手は誰がなるんだろうね?とか剛くんとの思い出が多すぎてすぐに答え出せなかった(笑)」
「ーーー花、オレは・・・」
「でも決めたの、私は鎌倉には行かない。昨日みたいなアクシデントがあった時、剛くんしか助けてくれる人いないもん。」
ホッとしたように剛くんは微笑を浮かべた。
「でもね、お姉ちゃんの気持ちは尊重したい。だから短大に入ったら一人暮らしはする、それは認めてほしい。」
「ーーー徒歩圏内だ。」
「は?」
「徒歩圏内で行ける範囲なら一人暮らし許してやる、何なら隣の部屋なとか空いてんじゃないのか?笑」
「剛くん!(笑)」
「冗談だよ(笑)徒歩圏内とは言わない、だけど車で15分以内だ、それ以外は認めない。それと花はすぐに体を壊す、だから金銭的援助はする!それが条件だ。」
「・・・えっ、でも安いアパートなら・・・」
「それは愛梨の希望だよ。金銭的援助は愛梨が唯一の肉親だからと希望してる、叶えてやれよ。」
「ーーー分かった。アパートの件とか色々相談させてもらっても良いかな?」
「もちろんだ。ほら!花も準備しないと遅刻するぞ、先行くわ!じゃーな!」
時計を見ればギリギリの時間、
樹先輩に会うことを伝え忘れてしまったと思った。
夕飯作って出れば良いか、
と思い直して私も支度して学校に向かった。
・
「本当に!?良かったーーー!」
「ありがとう。」
「昨日の先輩、かっこよかったよ?花が帰ったと分かった瞬間、走って行ったからね!私たち置いてきぼり(笑)だから先輩抜きで楽しんだよ!」
聞く前に双葉が色々と昨日の先輩のことを教えてくれた。
「そうそ!あのクールな先輩が花がいなくなったと分かったら焦って走って行って、かっこよかったよ!しかも普段見ないから新鮮だった!」
環も先輩を褒めている、
何だか自分の好きな人が褒められるって嬉しいなって思った。
「ーーーありがとう。」
私は2人に抱きついて伝えたーーー。
そして、放課後ーーー・・・。
ホームルームの音と共に学校を後にして自宅に戻る。
6時半までは時間が長く感じる、
明日のお弁当の支度や、
剛くんの夜ご飯の準備をして、
待ち合わせの場所に向かった。
・
いつもは私のほうが先について、
ゴメンというのが定番ーーー。
あれ?おかしいなーーー。
なのに今日はすでに先輩が待ち合わせの場所にいて、
色んなところから視線を浴びているーーー。
それは先輩がかっこいいから視線を浴びているのは一目瞭然なんだけど、
こんな平凡な私が横に並んでも良いのだろうかと同時に不安にもなった。
「ーーー柊、こっち!」
でもお構いなく、私に気がついた先輩は私を呼んだ。
「遅くなってすいません!」
「いや、俺が早く着いただけだから。行こうか。」
当たり前のように大きなボストンバックを持ち替えて手を繋いでくれた、
それだけで本当に幸せを感じた。
先輩について電車に乗り、
特急電車で数駅ーーー。
スーツの人や学生らしき人たち、
カップルで賑わう新宿で降車した私たちは、
大きなタワーに入った。
色々今日は段取りしてくれていたらしくて、
タワーに登るにもチケットが必要なはずなのに、
スムーズに全て携帯一つで先輩は終わらせた。
「都庁から見る景色が綺麗だと聞いて、一度来てみたかったんだよな。連れて来れて良かった。」
ーーー自分が見たかったから、
それに私を連れて来てくれた。
先輩の一つ一つの行動や言動が嬉しくなる。
エレベーターを降りて、
私は先輩の手を離し子供のように窓際に立った。
「す、すごい!見て、先輩!あれ、東京タワーですかね?あっちはスカイツリー?!」
「ーーーあれが六本木ヒルズだな。」
先輩は微笑みながら私の隣に立ち、
外の景色を眺めた。
「凄いですね!天気も良いから夜景も映えますね!あっちも行きましょ!」
半ば強引に先輩の手を引き、
私は反対側に先輩を誘導した。
反対側には東京オペラシティという大きな劇場が見え、
また別の方角からは川崎市が見えると先輩が丁寧に教えてくれた。
「ーーー期待通りの反応してくれて連れて来た甲斐があったよ(笑)」
1時間ほどで展望デッキを出た私たちは、
すぐ近くにあった定食屋に入った。
洋食を勧めてくれた先輩に対し、
和食が食べたかった私、
見事に妥協してくれた。
「はい、とても素敵でした。ありがとうございます!」
「去年はどこも行けなかったし、今年はいろいろ出かけたいよな。」
実行できるかは別にして、
そう思ってくれることが嬉しかった。
「はい。でもこうして平日に会えることがすごく幸せなことなんだなって思いました!」
先輩がまだ高校に在学中の時から今も、
練習三昧で平日の学校終わりに出かけるなんてほぼ皆無。
だから今こうして放課後に待ち合わせて出かけられていることが奇跡みたいなの。
「ーーーまた行こうな。」
「もちろん!」
私の声が大きく返事したもんだから、
少し驚いた先輩はフッと笑った・・・ーーー。
ご飯も終わり時計を見ると、
もうすぐ9時になろうとしてる。
高校生にとっての9時は遅い・・・ーーー。
それはつまり帰らなければならないということだ。
レストランを出て、
私は手を繋ぐ。
自分から繋ぐなんて慣れてないから緊張したし、
先輩も驚いてはいたけど握り返してくれた。
きっと寂しいという気持ちが先輩に伝わったんだと思う。
「次に会えそうなのっていつですか?」
「ーーー金曜空いてるか?さっき正樹から連絡が来て、夕方からBBQするけど来るか?」
「良いんですか?」
「環も須永たちもみんな来る、乗っけていくよ。また詳しくは連絡する。」
「楽しみにしています!」
ーーー今週は2度も会える、
それだけで嬉しいのに、
BBQに誘ってもらえた。
先輩と過ごす時間は辛い時間も多いけど、
この小さな幸せがすごく幸せだと感じることができる。
だから私はもっともっと、
きっと先輩を好きになるんだと思う。
だって先輩は私に小さな希望や幸福をたくさんくれるから。
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