【 君がいる場所 】#51. 無力*。 – Itsuki Side –

君がいる場所

#51. – Itsuki Side —

《 集合時間まで時間があるようでしたら会えませんか?》
合宿の準備をしていると、柊からメールを受信した。
コーチから聞いたんだろう、
合宿に参加することを彼女は既に知ってた。

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11時の新幹線で合宿に向かう、
9時半東京駅にコーチや正樹と待ち合わせをしていたオレは9時に東京駅のカフェに来てもらうように柊に返信した。
忘れ物がないことを確認してオレは自宅を出て、
東京駅に向かう。
ーーー言い訳しても仕方がない、
本当のことを話そう。
自分に誓い、彼女が待つ喫茶店に入った。

「お忙しいのにすいません。」
2日前に会った時の明るい表情とは真逆、
笑顔のひとつもない曇った顔だった。
店員にコーヒーを頼んで、
オレは柊のことを見た。
「ーーー昨日の朝の電話のことで話をしに来てくれたんだろ?」
彼女は濁った顔をしながらも微笑を浮かべた。
「いえ、これを返しに来ました。」
そう言って小さな紙袋をオレに渡した。
ーーーその中身は去年のクリスマスにプレゼントしたアクセサリーと先日あげたばかりの定期入れだった。
「きっと、先輩から話されることは私の誤解もあるのかなとも思います。でもホテルに女性といることが分かって、先輩が私を抱けない理由も、私に素を見せないことも妙に納得してしまう自分がいたんです。」
「その日のこと言い訳にしか聞こえないだろうけど。ーーー彼女・・・マネージャーが彼氏のことで悩んでて青木が相談に乗りながら一緒に飲んでた。呼ばれて行ったのは知ってるだろ?それで一緒に飲んで、終電なくして近くにあったビジネスホテルに泊まった、藤井と3人で。もちろん彼女との部屋は別々にしたよ、柊との電話中、青木の鍵を使って部屋に入って来たタイミングだった。」
嘘は言わない、これが本当のことだ。
信じる信じないにしてもこれが真実だ。
「たとえそれが本当だとしても、きっと私は毎度のように疑って信じられないと思います。私だって先輩と泊まりに行きたかった・・・先輩が女性をどうやって抱くのか知りたかった。一度でも良いから抱かれたかったです。」
正直、またかって思った。
だけどそこは口を閉じた。
「・・・誰でも良かったわけじゃない。先輩だから抱かれたかった。先に進んでみたかったんです。好きだった人だから・・・」
彼女の言葉から、もう過去なんだと・・・
オレを好きだったのは過去のことだったと、
それを強調されている気がした。
「オレは未成年の柊を安易な感情で抱くつもりはなかった。それだけ大切にしていたつもりだ。」
彼女は分かってました、と微笑を浮かべて続けた。
「ただ先輩の1番でいたかったんだけど、私には難しかったです。」
苦笑いでオレの目を見て、すぐ逸らした。
「ーーーオレなりに大切にして来たつもりだ。」
「してくれてると感じてる時もありました。でも・・・私よりも友達をバスケを優先する先輩を見るのが最近辛かったです。」
柊の頬から涙が落ちた・・・ーーー。
言えばよかったのに、と口から出そうになった。
いや、彼女は言おうとしてた。
それを言わせない雰囲気を作ってたのはオレだと自覚してた。
ーーー柊といるより同期といるのが楽しくて、
バスケをするのが楽しくて彼女と一緒にいる時間より優先したのは事実だった。
ーーーだからオレはそれ以上、何も言えなかった。
「合宿前にこんな話をするのもどうかなと思ったんですけど、遅かれ早かれこうなっていたと思うので・・・」
「・・・オレの安易な行動で不安にさせたのは申し訳ないと思ってる。そんなオレが言う資格ないかもしれないけど柊のことちゃんと好き・・・」
自分の気持ちはきちんと伝えておかなきゃと思い、
半分焦って彼女に気持ちを伝えた。
「・・・わたしは!」
だがその言葉を遮るように彼女は少し強い口調でオレの言葉を終わらせることなく邪魔した。
「・・・今の私の心の中に、先輩はいません!」
必死に涙を堪え、オレに伝えようとしている。
オレは柊のその言葉が本当か嘘か分からないけど、
ただ驚いて彼女を見た。
「他に好きな人がいるってことか?」
「ーーー先輩よりも大切だと思える人に気がついたんです。」
驚き過ぎて言葉が出ないーーー・・・。
「忙しいところお時間取らせてすいませんでした。わたし、行きますね。」
その彼女の言葉にハッとして視線を合わせる。
柊は立ち上がり、そしてこっちを向いて笑顔で言った。
「わたし・・・先輩のこと大好きでした。本当に大好きでした、絶対に忘れません!」
深いお辞儀をして走って店から出て行った。
ーーー彼女の瞳から大粒の涙が流れてることに、
鈍感なオレも気がついた。
「えっ、おいっ・・・!!」

オレはこのままで良いのだろうか。
多分彼女の幸せを願うなら、
オレみたいな冷たい人間じゃなくて、
もっと優しい人と付き合うべきだろう。
オレは自分なりに彼女を好きだった、
確かに同じ天秤には乗せられないかもしれない。
だけどオレが人を好きになれたこと、
それだけでも奇跡に近いんだ。
今、ここで彼女を行かせてしまったら2度と会えない気がした。
ーーー彼女は今回は本気だった、
人を試す別れではなく、
本気の決意だった。
それに何か様子がおかしいーーー。
いつもだったら話せばお互い落ち着いていたはず、
だけど彼女は一点を見つめて一方通行に決めた。
ーーーオレの話に聞く耳さえも持たなかった。
自分の分の会計を急いで済まして、
店を出たオレは必死に彼女を追いかけ探す、
だけど見つからなかった。

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「ずーと携帯見てるけど、ケンカでもしてんのか?」
結局柊を見つけることが出来ずに、
コーチたちと合流して新幹線に乗り込んだオレは、
さっきからずっと携帯を気にしている。
電話がないか、
メールに返信はないか・・・。
だけどその期待は毎度裏切られている。
「・・・いえ・・・」
コーチにからかわられて適当に交わすしかできなかったオレは自分のコミュ力の薄さを恥じた。
ーーー彼女の様子がおかしかったことをコーチに伝えるべきか迷った、
だけど自分の勘違いかもしれないと今は黙っておくことを決めた。

そして、新幹線を走らせること1時間半・・・。
俺たちは目的の名古屋に到着、
駅には今回お世話になる大学のコーチがお迎えに来てくれていた。
ーーーこちらからのメンバーは計13名、
関西地域からのメンバーや全国から集められ合同に強化練習が三日間行われる。
これを乗り越えたものは将来有望になれるという言い伝えがあるからオレも気持ちを入れ替えた。

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三日間はあっという間だったーーー・・・。
スパルタコーチや監督の元、俺たちは少し成長した気がする。
新しい仲間も増え連絡先も交換した、
こういう交流ができるのはスポーツの楽しさの一つだと思う。

「どうかしたんですか?」
監督同士が話し込み、帰りの駅までのバスを待つ中。
剛コーチだけ少し離れたところでそわそわと携帯を手にしては何度も誰かにかけている。
「・・・あっ!花と連絡取ってるか?」
振られたこと伝えてない、
だから内心ドキッとした。
「いえ・・・」
「全然連絡がつかねーんだ。出張に来ても連絡つかないことなんてなかったのに、電源も入ってねーからGPSも自宅から動かねー。どこか行くとか聞いてないか?」
「ーーーいえ、何も・・・」
「寝てるとかかもな、サンキュ!」
コーチは心配かけまいと笑顔で去ったけど、
去りながらも発信してて心配で仕方ない様子が痛いほど伝わった。
ーーーオレも彼女に電話してみたけど、
コーチの言うように機械音が流れるだけで留守番電話に繋がった。
きっと何度かけても同じことが繰り返されるだろう、
そう思った俺は正樹を通して環に柊の家に行ってもらうように頼んだ。
「貸しは高いですからね!」
ちょうど練習から帰宅したばかりの環を動かしたことでブツブツ文句言っていたらしいが、
そう言いつつ柊を見に行ってくれてる彼女は根は優しいんだと思う。

環から正樹ではなくコーチの携帯に電話が来たのは後少しで東京に着きそうな時だった。
「ーーーシャワー浴びたりご飯食べていたら遅くなっちゃって今来たんですけどインターホン押して良いんですか?」
「ーーー押してみてもらえる?」
環が押しているのが聞こえるが反応がないのも電話越しで分かる。
「出ないですね・・・でも外から見ると電気はついていますよ?寝てるんじゃないんですかね?」
「ーーーそうかもしれないな、ありがとう。助かった!」
心配させないように普段通りに対応していたけど、
電話切ってからのコーチはずーと一点を見つめてた。

ーーーオレは何も出来なかった。
コーチに対しても、
柊に対しても、
自分の無力を痛感した。

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