#46.
交流試合を迎えた六月中旬、
私は環と双葉に何度も体育館に誘われた。
でもきっと私が見に行くことを須永くんは望んでない、
それに先輩にも見に行けないと伝えてしまった。
・
交流試合は放課後の15時スタート、
帰りのホームルームから1時間後だ。
空白の1時間、普段なら静けさが残る教室も今日は多くの学生で賑わっている。
ーーー部活に行く子や友達を待っている子、
それに今日は交流試合を見に行く子が多いんだと思う。
だってみんなのアイドル、樹先輩が出るから。
私は複雑な気持ちを抱えたまま、
視線の先に見えた須永くんに目をやる。
怪我が無事に治って、
どうやらスタメンに選ばれたっぽくてホッとした。
彼氏と友達のどちらかを優位に応援することは難しいけど、二人とも頑張ってほしいとも思う。
《 旧校舎の図書室で待ってる。》
先輩からのメールで私は急いで向かう。
前に一度だけ連れて来てくれた図書館、
相変わらずミシミシと今にも床が落ちそうな音がするけどすぐそばに先輩の姿を見つける。
もうジャージを着て準備万端で、
窓から空を眺め、黄昏ている。
「緊張してる?」
「ーーーちょっとな。見に来いよ。」
先輩の隣に立つ私、
先輩は私を見て言った。
「そりゃ私だって先輩の活躍見たいよ?でも・・・須永くんも拒絶されてても友達だもん、見たらきっと応援したくなっちゃう。どっちかに勝って欲しいなんて思えないよ。」
先輩は少し黙って何かを考えてるように思えた。
「ーーー両方応援すりゃ良いじゃん?こんなこと言うのもあれだけど、柊の応援一つで勝利が決まるわけじゃねーし(笑)それとも柊は勝利の女神なのか?笑」
「・・・ち、違うけど!」
冗談混じりで言う先輩は意地悪だったけど、
きっとその場を和ませようとしてくれたんだと思う。
私がウジウジ言ってるから。
「それに・・・」
でも突然真面目な顔になって、私の方を向く。
「えっ?」
「ーーーオレは他の誰でもない、柊にオレのバスケを見て欲しいと思ってるんだ。」
恥ずかしいことをサラッと言いながら、
彼は私の頬を自分の手の平で触る。
ーーー視線が絡んで恥ずかしくて目を逸らす。
その視線を先輩の手が元に戻し、
視線を絡ませる。
この先に何が起きるか予知しているワタシーーー、
そしてそれを私も望んでいる。
先輩の顔が近づき、
私もそれに応えるように・・・
至近距離に顔が近づいた時、
先輩の電話が鳴った。
「やべ、吉岡さんからだ!いかねぇと。」
恥ずかしすぎてホッとしてる自分と少し残念に思ってる自分がいる。
「ーーーうん。」
「とにかく体育館で待ってるよ。」
私の頭をポンと軽く叩いて図書館を去る先輩を見送りながら、
自分の欲を恥じた。
ただキスができなかった、それだけでこんなにも欲情するなんて、と。
ただ先輩に触れたい、触れたかった、そう強く思った。
自分自身を今度は落ち着かせるために、
私が窓から空を眺めたーーー。
先輩と付き合ってから空を見上げるのが減った気がする。
いつも空に何かを求めてた、
今は先輩といることの方が大切で先輩に色んなことを求めてしまっていないか不安になるけど・・・
きっと大丈夫、そう信じて今やっている。
図書館を出て教室に戻るわたし・・・
ちょうど旧校舎と新校舎の境目となっている通路で今度は須永くんに遭遇した。
ーーー話しかけるな、と保健室で言われてから一度も話しかけてもないし会話もしてない。
あんなに仲良かった男友達なのに、と少し切なくもなった。
視線が絡んで私は視線を外す。
ーーーそれは須永くんも同じだった。
だからすれ違いざまになっても俯きながら歩いた。
「・・・ありがとう。」
反対方向に向かう私たち、
だけどちょうどすれ違った時に耳元に聞こえた小さな声に私は振り向いた。
ーーーこっちを向いて立つ須永くんの姿がある。
「えっ・・・」
「双葉にテーピング教えてくれたんだろ?アイツが毎日テーピングやってくれたおかげで、怪我治った。柊のおかげでもある、ありがとう。」
「ーーー私はただ友達を助けたかっただけだから。」
「友達、ね・・・。柊!」
「な、何?」
「今日の試合、俺たちが勝ったらオレとデートしてくれないか?」
「えっ・・・」
「負けたら2度とこの気持ちを柊に出さない!友達に戻れるように努力する!だから・・・もし勝てたら・・・頼む!」
須永くんは私に深く頭を下げたーーー・・・。
冗談なんかじゃない、彼は本気で言ってる。
「私は先輩も須永くんも大切だからどちらとも応援出来ない。でもやっぱり私の好きな人は先輩ーーー・・・」
「それも分かってる、分かった上で言ってる!頼む、勝ったらデートして欲しい!そしたら諦めるから、ちゃんと友達に戻るから・・・って女々しいな(笑)」
自分で言って苦笑いしてる須永くん、
女々しいなんて思わなかったよ。
「ーーー分かった。なら結果をベンチで見届けさせてもらうね。」
「約束だからな!」
私の返事を聞くことなく、
須永くんはどこかに走って消えた。
・
私は先輩を探したーーー・・・。
須永くんと交わしてしまった約束をきちんと事前に伝えないとと思って。
吉岡さんに呼ばれたって言ってたからバスケ部の部室か体育館だと思って私は体育館に向かう。
ーーー案の定、女子たちに囲まれている先輩の姿を見つけた。
試合前からこれじゃ大変だな、と気の毒に思った。
これでは私が話す機会なんて持てないや、と残念な気持ちになりよく行ってた裏庭の桜の木の下の木陰に隠れて先輩に電話した。
「ーーーもしもし!助かった・・・」
「すごい囲まれてましたもんね(笑)」
見てたなら助けろよ、と聞こえたけど私にはそんな勇気はありませんと伝えた。
だってまだ学生生活の残ってる私だもん、
女子たちの目が怖いよって思った。
「あのね、さっき須永くんに会って少し話したんです。」
「ーーーああ。オレにも話に来たよ。」
「聞いたんですか?」
「聞いた、勝ったら柊とデートさせて欲しいってさ(笑)」
「・・・良いんですか?」
「別にいーんじゃね?アイツ、本気で来るな。こっちも気が抜けねえな。」
ーーー良いんだ、私が須永くんと出かけても。
正直そっちの方がショックだった。
「・・・本気出してね?」
「ーーー出すよ。柊の隣を譲るつもりはない、つまり負けるつもりの試合はしねーよ。」
「・・・うん、頑張ってね。」
その言葉でさっきショックを受けたばかりの私は、
今度は有頂天になる。
女心は変わりやすいと言うのは本当で、
先輩の言葉一つ一つに一喜一憂している自分に笑えた。
・
試合が始まってもしばらくは体育館に行けなかった。
正直見るのが怖かったーーー・・・。
剛くんも本気モードだったし、
須永くんも本気だった。
負けに行く試合ではないと言うのは熱意で伝わり、
それは先輩たちも同じだった。
だから外まで聞こえるゴールした時の音が、
どちらのゴールだったのか冷や冷やした。
私が体育館に行ったのは第3セットからだ。
「遅いよー!」
環たちに言われたけど、これでも頑張った方。
私がベンチに座っているのを見た先輩は手を振った。
ーーー普段なら絶対しない人が、
私に手を振った?
ほらね、女子たちからの視線を感じてまた俯く私。
特に一年生は私と先輩の関係を知らないから。
「どっちが勝ってるの?」
「須永たち!逆転しては逆転されの繰り返し!めちゃ楽しいよ、この試合!」
双葉がすごい興奮して教えてくれる。
バスケ素人の私にでも分かるだろうかーーー、
少しの不安を抱えながら視線を試合に戻す。
ごめん、ルールとか全然分からないけど、
とにかくゴール決めて欲しいと願った。
先輩に?須永くんに?
ーーーそれはやっぱり先輩だった。
どんなに良い人でも自分に寄り添ってくれる人でも、
目の前にいる須永くんはすごくカッコ良いけど、
やっぱり私の中で須永くんは友達。
目の前にいる彼を見てもドキドキはしない。
でも先輩は違う・・・ーーー。
やっぱり先輩の姿を目で追ってしまう。
バスケをしててもしていなくても目で追ってしまう。
それに先輩と一緒にいる時はいつもドキドキしている。
それが気持ちの違い、そうなんだと思う。
だからやっぱり私は須永くんとデートしたくない、
そう・・・心の中で先輩を応援した。
友達失格でも、
私は先輩を選んだ。
・
試合が終わったーーー・・・。
ほとんど見ることは出来なかったけど、
開放感で須永くんは体育館のど真ん中に横になってる。
「ーーーお疲れ様。」
私はタオルを持って彼のところに向かう。
それは先輩と試合前の電話で約束していたから。
勝ち負けに関わらず、須長にタオルを持っていってあげてと。
それは私は先輩の優しさだと思ってる。
須永くんに対する先輩からの愛だと思ってる、
だから私はその約束を守った。
「・・・お疲れ。終わった、疲れた・・・」
「・・・うん。」
起き上がり、地べたに座る須永くんに合わせて私も丸腰になる。
「樹さん、あんな強かったっけ?・・・手加減しねーんだもんな(笑)」
「ーーー」
私は苦笑いをこぼす。
「約束は約束だもんな。ーーー友達としてよろしくな。もう2度と柊に気持ちぶつけねーから。」
須永くんはそれだけ言って、
私の前から去った。
そんな彼を追いかけることも出来ずに、
私はただひたすらに見つめていた。
「須永のためにもこれで良いんだよ。」
環はそう言った。
「・・・きっと良い恋だった、そう思える日が須永にも来るよ。」
双葉もそう言った。
だから私は二人の言葉を信じた、
どうか須永くんが素敵な恋ができますように、と願いながら。
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