#38.
剛くんとお姉ちゃんが旅行から帰宅して、
プロポーズを承諾し晴れて婚約したことを報告してくれた。
おめでとう!なんて喜んではいたけど、
心のどこかで1人になってしまうという恐怖が芽生えたのも嘘ではなかった。
・
「おー、すげー!新年明けたら祝ってやらないとな!」
私は先輩に約束した通りに電話で伝えた、
先輩は正樹先輩と旅行中だったけど、
後ろからおー!やったじゃん!と叫ぶ正樹先輩の声も聞こえた。
賑やかで楽しそうだな、と思う自分。
それと同じくらい自分には誰もいないなって思ってしまう自分もいた。
「本当に、きっと剛くん喜びます!」
「もちろん柊も来いよ!お姉さんも!計画するわ、正樹が!」
「行きますよーー。」
電話越しから伝わる先輩の楽しそうな声が、
今日の私の不安になる気持ちを消してくれた。
ありがとう、そんな感謝の意味を込めて涙が出そうになった。
・
剛くんが地元に戻り帰ってくるまで1週間、
私はお姉ちゃんと2人で過ごした。
去年は1人で過ごし、
お姉ちゃんと2人きりなんてほとんど生活してないからお互いになんか緊張して遠慮がちで少し笑えた。
「剛くんといつ頃入籍するの?」
「ーーーまだ何も決めてないよ。そもそもプロポーズがこの前よ?(笑)仕事もあるし何も進められない(笑)」
愚痴ってるのか惚気てるのか分からない。
「剛くんが本当のお兄ちゃんになるのは嬉しいな。」
「ーーーそうね、花はいつも剛と良を追いかけていたからね。」
「結婚式楽しみだなぁ、お姉ちゃん綺麗だろうなぁ。」
私の独り言にお姉ちゃんは微笑んでいた。
剛くんがいない1週間だけ・・・
私の部屋にお姉ちゃんが一緒に寝た。
いつもは剛くんと寝ている寝室も1人では寂しく感じるからとこの1週間は一緒に寝た。
・
そして今日は初詣ーーー。
「よし、出来た!完璧!樹くん驚くんじゃない?ほんと人形みたいだよ?」
「変じゃない?やる気満々的な?」
「大丈夫、自信持って!楽しんでね!夕方から仕事でいないから泊まりでも何でも良いからねー!」
お姉ちゃんは自分のことのように私を送り出した。
初詣のために持っていた着物を着せてくれ、
髪の毛も癖毛を生かしてセットしてくれた。
鏡を見て自分が自分じゃないみたいで違和感、
だけどマイナスなことはなにも感じないほどに可愛いと自分でも思ってしまった。
ーーーそのせいか、
今日は先輩と待ち合わせの道中、なんとなくいつもより視線を感じている、そんな気がした。
「えっ、花?!」
「明けましておめでとう。」
「ぇえええーーーー!めちゃ可愛い!!人形みたい!!」
私を見た環は挨拶も忘れて興奮してる。
「変じゃないかな?」
「全然変じゃない、むしろめちゃ似合ってる!可愛い!」
「くそー!オレの彼女だったら・・・笑」
環と双葉は大絶賛、先に来ていた正樹先輩も似合ってるね、樹が見たら驚くんじゃない?とドヤ顔、須永くんは最近ジョーク風になってる口調で話して来てくれた。
「ーーー悪い、お待たせ。」
私たちがケラケラ笑う背後から聞こえた先輩の声に反応した私は振り向く。
その私を見て先輩は一瞬怪訝な顔をした気がした、
そして私から視線を離した。
ーーー似合っていなかったかな、
そう思うと少し胸が痛んだ。
「変ですかね?」
「ーーーいいんじゃねえ?混む前に行こうか。」
その空気に何となくみんなが察し、
先輩に挨拶できぬまま先行く先輩たちを追いかける形となった。
去年もそうだったな、と思い出すーーー・・・。
去年は体調があまり良くないまま初詣に来て、
これまた機嫌の悪い先輩に出くわした。
今年も先輩は2人でいる時のような雰囲気には出してなくて機嫌が悪そうにスタスタ歩いて行ってしまう。
・・・新年は機嫌が悪いのかな、
と少しだけ残念な気持ちになった。
初詣といっても特別やることなくて、
神社に行って少し歩くーーー・・・。
おみくじをやったりする人もいるけど、
私たちは混雑が嫌で去年も今年もそれをやらない。
ただ除夜の鐘を鳴らすーーー、
これが重くてなかなか大変だけどできた時の達成感はハンパない。
「樹?正樹?」
一度戻ろうと話し合ってる時、背後から大人びた女性から声をかけられた。
「・・・麗花さん、お久しぶりです。」
正樹先輩が答え、樹先輩は何も言わなかった。
「久しぶりね。新しいバスケ部の子たち?」
「ーーー今の2年です。」
須永くんは美人を目の前に自分アピールをして、
環は何となく好きじゃないと私の隣に来た。
「卒業しても交流してるのね。樹、元気だった?」
「ーーーはい。」
とてもそっけない返事、
それを寂しそうに見るその女性・・・。
ああ元カノなんだなって鈍感な私でも察しがついた。
黒髪がとても似合う長身のその女性、
どこかで見たような記憶・・・。
「この人って・・・去年の文化祭に来た人だよね・・・」
記憶力の良い双葉がボソッと呟いたことで、
私も体育館で見てしまった光景を思い出した。
よりを戻したいと言っていた元カノさんだ、と。
「ごめんね、お邪魔しちゃったわ。ーーーじゃ、またね。」
私たちにも笑顔で挨拶をしてくれたその女性を見て、
何と私とタイプが違うーーー・・・
何と釣り合う人なんだろうと少しどころか結構大きなダメージを受けた。
「あんなに綺麗な人と付き合ってたんだ・・・」
「はな、大丈夫?」
「大丈夫、ごめんごめん!行こう!」
変な不安を読み取られたくなくて、
私は環たちに心配かけまいと笑顔で応対し、
先に歩く先輩たちを追いかけた。
今回は私も環たちと一緒にご飯を食べていくことにした。
少し歩いたところに最近出来た美味しいと話題のレストランがあってそこに入る。
店内も外も人で行列していたけど、
そこまで待つことなく席に座れた。
私はサンドウィッチセットに、
みんなもパンケーキだったりそれぞれが注文。
「食えるか?・・・残せよ。」
「大丈夫です、何とかこれは食べられそうです!」
この日はあまり年末にあまり食べていなかったことからよく食べられそうな日で、
先輩とクリスマスに出かけた日よりもお腹に入った。
それでも1/3は残して、
それは先輩が食べてくれた。
その後、樹 みんなはカラオケに行くと言うので私は着物が重いこともあって一度帰ることを伝えた。
「じゃあ着替えたら来れば?」
「えっ・・・」
「いつも3時間くらいいるし、待ってるよ!」
返事もしてないけど来る前提になり、
苦笑いを送りながら私はみんなと解散する。
慣れない着物でゆっくり自宅に戻る道ーーー・・・
頭はさっき会ったばかりの先輩の元カノのことばかりだ。
ーーー ドンっ ーーー
道路に集中してないから対抗の人とぶつかり、
ふらつく私・・・
「っとにあぶなっかしーな・・・」
それを支えてくれたのがまさかの先輩で・・・
「えっ、どういうことですか?」
目の前にいる先輩がまるで幽霊を見るような目の私。
「ーーー送るよ。ってか着替えるの待ってるわ。」
「いえいえ、そんな・・・」
「いいから行くぞ!」
半ば強引に私の手を取る先輩、
2人並んで歩き出した。
「年末の旅行楽しかったですか?」
「賑やかだったよ・・・オレは1人で寝ていたかった(笑)」
「みんなないものねだりですね!」
「ーーーそうなのかもな。」
そして沈黙が続くーーー・・・
「正直、今日着物で来るって思わなくて・・・」
でも沈黙を破ってくれたのは先輩で、
突然今日のことを話しだす。
「ーーー変でしたか?」
「いや、その逆で・・・すごい似合ってて可愛いと思った。誰にも見られたくない、そう思ったよ。」
私に視線を絡めて話す先輩は少し恥ずかしそうに顔が赤くなってた。
「ーーー似合わないから何も言わないのかなって不安でした。」
「ごめん。目のやり場に困ったというか・・・可愛すぎて何話したら良いか分からなくなった。ゴメン。」
「ーーー嬉しいです。」
私は微笑みあって、
また手を繋いでマンションまで歩いた。
・
中ではお姉ちゃんがくつろいでいるはずーーー。
仕事は夕方からだって言ってた、
また1時過ぎだから疲れてる身体を休ませてもらいたいということで先輩は玄関の外で待ってもらった。
案の定、寝ていたお姉ちゃん・・・
起こさないようにそっと着替えて、
すぐに私は家を後にした。
カラオケに向かう道中、
先輩と手を繋ぐ。
手と手が触れ合うだけで幸せで、
この手を離すことの難しさを噛み締めながら歩いた。
どうかこの恋が続きますように…
そう願いながら、
私は初めての友達とのカラオケを楽しんだ。
コメント