#31.
「えっ!花?!」
「柊?!うそ・・・本物か?」
退院したことも登校することも誰にも伝えていなかった私は、
まるで幻覚でも見ているのではないかという表情を周りのみんなからされた。
自分の席に着こうとして席替えしたことを須永くんが教えてくれ、
私の席に案内してくれた。
「ーーーありがとう。」
私はお礼を伝えた。
・
休み時間になって私が来てることを聞きつけた環と双葉が私の席にやって来た。
「もう大丈夫なの?!」
「うん。お見舞いありがとう。」
「いつ退院したの?」
「ーーー2週間前くらい、ちょっと自宅で休んでたんだ。」
なるべく視線を合わせないように答えた。
お見舞いに来てくれたときにすごく感じたーーー・・・。
環や双葉、須永くんたちのバスケ部の子達と一緒にいると樹先輩の存在が私を苦しめるということに。
先輩の知らない情報を彼らを通して知ったり、
先輩との気まずい状況に気を使わせてしまったり、
先輩も会いたくないのに付き合いで私に会わなきゃいけなかったり・・・
もう先輩のことで周りに気を遣わせたりすることに疲れてしまった。
友達として最低だけど、
先輩を思い出すきっかけとなってしまう環たちと距離を置こうと入院中・・・
違う、お見舞いに来てくれたあの日に私は決めた。
たとえそれが学校で孤立してでも、
私はその選択を選んだ。
でも樹先輩の存在自体を消すのはやっぱり難しくて。
「今日樹先輩が来てるって!」
よりによって私の復学日に・・・って思った。
「・・・先輩に今日来てるの伝えたのか?」
ホームルームが終わり帰り支度をしてる私に部活の準備を終えた須永くんが聞いて来た。
「ううん。退院してることも何も知らないはず。」
「連絡は?」
「ーーー取ってない。」
「柊からはだろ?先輩からは?」
珍しく真顔で須永くんが聞いてくる。
「ーーー来てないよ。どうしてそんなこと聞くの?」
「なぁ・・・もうやめろよ、先輩を好きでいるの。」
「えっ・・・?」
そして突然須永くんは私を抱きしめた。
「ーーー好きだ。ずっと好きだった・・・ーーー」
「うそだよ、須永くんは良い友達で・・・」
「俺は友達なんて思ってなかった。先輩を忘れる道具に使っても良い、だからオレのそばにいてくれよ・・・」
「出来ない・・・今、先輩を忘れるのに必死なのに・・・環たちといることでさえ辛いのに、須永くんと付き合うことなんて出来ない。ゴメン・・・」
私は彼から離れ、涙を堪え教室を去った。
ーーー知らなかったとは言え軽率だった、
そんな今までの自分の行動を反省した。
ーーー ドンっ ーーー
小走りで下駄箱に向かう途中で、
こっちに向かってる人と私は思いっきりぶつかり転んだ。
「ったぁい・・・」
「っっっ、悪い、大丈夫か?」
相手も見ずに涙を拭って立ち上がるーーー。
「すいませんでした!お怪我は・・・」
「えっ、柊?!なんで柊がここにいんの?いつ退院したんだ?」
私を見た瞬間に動揺を隠せずに驚愕する樹先輩。
「あっ・・・」
私は何も言わずにその場を走り去ろうとするも先輩に手を掴まれた。
そのときーーー・・・
「柊!オレっ・・・!!」
私を追いかけて向こうから走ってくる須永くんがこっちに来て先輩に気が付き止まった。
もうわけがわからなくなった私は先輩に掴まれている手も力一杯振り解いたーーー。
「ーーー2人とも私に関わらないで!」
そして2人にそう叫び、学校を去った。
《 きちんと話そう。柊が話せるとそう思ったときに連絡欲しい。》
その夜、先輩から本当に久しぶりにメールが来た。
《 次の先輩の部活のお休みに会いましょうか。》
私はすぐに返事した、
そして部活休みじゃなく、
練習後の夜8時にいつも会っているカフェで会う約束をした。
・
時間きっちりに到着した私は剛くんに先輩と会うことをメールで伝えておく。
いつも一緒に飲んでたモカを頼んで、
先輩が来るのを待つ。
外を歩く一際背が高く目立つ先輩が目に入る、
久しぶりに見るジャージ姿の先輩に涙が出そうになった。
「遅くなった。」
「いえ、私も先ほど到着したばかりです。」
先輩もモカを手にして私の前に座る。
「退院してたんだな・・・」
「はい、連絡しないですいませんでした。」
先輩はコーヒーを一口口にした。
「ショックだったけどな・・・もう良いよ。それよりも須永に告白されたか?」
私は俯いていた顔を見上げた。
ーーー先輩は知ってたんだね、須永くんの気持ち。
「ーーーはい。」
「そっか・・・少し迷ったか?」
「えっ・・・」
「バスケ優先で彼女を相手にしない離れた彼氏より、近くの人に少し迷いが生まれたんじゃないのか?」
「そんなことは・・・でも先輩を好きだった気持ちも錯覚だったんだと思います。」
私は胸が張り裂けそうなくらい苦しかったけどウソをついた。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味です。先輩の優しさに漬け込んで好きだと錯覚した、それだけのことなんだと思います。」
はぁぁぁ、と先輩は大きなため息をついた。
「ーーー実家で何かあったか?それくらいから柊、少しおかしくないか?あのとき、助けてって言ったのは何だったんだ?」
「そんなこと言いましたっけ?忘れちゃ・・・」
「ふざけんな。その言葉にどれだけ心配したか想像出来るか?」
私が言い終わる前に先輩がキレた。
「・・・突き放したのはそっちじゃないですか。」
「状況を読めってあの時言ったんだ。どう考えても柊の希望に添えられる状況ではなかっただろう。」
確かに先輩は練習中を抜け出してたーーー。
監督に見つからないようにマネージャーさんが許してくれた唯一の日だった。
「空気も読めなくてすいませんでした!」
「そういうことじゃなくてさ・・・話にならんな。冷静になれって何度も伝えて来たのに分かってもらえなくて残念だよ。この空白の時間は無駄だったんだな・・・」
先輩は大きなため息をついた。
そうだね、私は先輩に気持ちの整理が出来るまで待つと言われ続けてきた。
先輩はずっと待っていた人、
もうきっと先輩も待つことに限界なんだと思う。
「私は・・・」
「なに?」
「いえ・・・」
「言えよ、言いかけたんだから。」
今日の先輩はイラつきが収まらないみたいで少し怖い。
「ーーー先輩みたいに大人じゃないから。」
「あー、そうですね。柊はお子様でしたね(笑)そう言えば満足か?」
ーーー私の瞳から大粒の涙が溢れた。
私に冷静になれというけど今日の先輩こそ冷静じゃないと思う。
「本当にオレへの気持ち、錯覚だったと思うか?」
私は返事は出来ずにその場に泣き崩れた。
ーーー私を置いて帰ることも出来たのに、
先輩は私が落ち着くのをひたすら目の前で待った。
多分1時間くらいずっと私は先輩の前で泣いてた、
それでも、文句も言わずに先輩はただ黙って私を見てた。
「ーーー今日はもう遅い。また明日同じ時間に・・・」
先輩はそう言った、
でも私はきっとまた感情的になる。
それに練習後で疲れている先輩を今日みたいにまた苛立たせて疲れさせてしまう方がイヤだった。
だから私は首を横に振って微笑で微笑んだ。
「気持ちだけでありがたいです。もう十分です。先輩、ありがとうございました。」
深々と頭を下げて店を去った、
すぐに追いかけようとした先輩が見えたから私は死角に隠れて泣き崩れた。
もう解放しようーーー・・・。
今度こそ本当に。
何度もこんな場面を迎えて来ては先輩の優しさに甘えてた。
でももう彼を苦しめることはできない、
もうやめよう・・・
甘えちゃダメ、
自分に言い聞かせながら涙を止めるのが大変だった。
そして次に行動を起こさないといけないのは剛くんたちに対してだというのは頭で理解してた。
退院してから本当にお姉ちゃんが一緒に暮らしてる。
嬉しい反面で少し戸惑う自分がいた。
ただ剛くんとの接し方が分からなかったから救われた部分も大きい。
そして剛くんとお姉ちゃんにとっては同棲になる、
つまり私は邪魔なんじゃないかとも思った。
連絡しないと心配することも分かってるのに、
手が動かなくて震える手を私は諦めて携帯をポケットにしまった。
ーーー先輩からも鳴り響く電話が私の心を苦しめる。
だから電源を切って、
そのまま最終の新幹線に乗った。
・・・思い出した、あの海に向かって。
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