#11.
トイレで鏡を見てギョッとした。
ーーー涙でマスカラが落ち、
パンダどころか妖怪の顔だった。
慣れないお化粧をするとダメだなって、
治し方もわからない私は、
一緒にトイレに付いて来てくれた環と双葉に手伝ってもらって元の状態に戻った。
・
「あっ・・・」
トイレから出てみんなが先に行ってるレストランに行こうとしたらトイレの前で樹先輩が待ってた。
「ーーー先に行ってるね!」
私たちを2人きりにするため環と双葉は先にレストランに走った。
・
私たちは先ほどまで一緒にいた庭園に戻った。
「ーーーなんか釣り合わねーよな(笑)」
「えっ?」
話しかけてくれた先輩の方に顔をあげると、
微笑を浮かべてくれていた。
「柊は着物だろ、おれジャージ(笑)釣り合わなくねぇ?(笑)」
「ふふ・・・確かに(笑)ジャージでみんなレストラン入れるんですかね?」
「・・・どうなんだろ?」
2人でいらぬ心配をする。
「座るか・・・ーーー。」
そんなのも束の間、ベンチに先に座る先輩の後に私も隣に座らせてもらった。
「・・・今日はありがとうございました。」
「着物すごく似合ってるよ。」
「ありがとうございます。多分・・・母の形見なんです。」
「えっ・・・」
あっ、そっかーーー・・・。
剛くんはここまでは話してないんだなって思った。
「わたし、父と母がいないんです。正確に言えば幼い時に亡くなってしまって・・・それで祖父母にお世話になってたんですけど、おばさん家族も一緒に住んでて。あっ、さっきの人は母の姉で昔から折り合いが悪かったみたいで私たちにも昔から当たりが強くて・・・」
「ーーーそっか、苦労してんだな。」
「だから空を見るのが好きなんです。父と母が手を振ってくれている気がするから、元気ない時に応援してもらえる気がするからいつも空を見て電信柱にぶつかったりしてます(笑)」
最後笑いを取ろうとしたけど先輩はそんなこと耳に入ってない様子だった。
「・・・そんな無理してまで叔母さん家族といる必要はなかったように思うけど、多分それは幼い柊にはできなかったんだよな。」
「はい。父母が亡くなったのはまだ私が小学生になりたての時で、頼るしかなかったんです。姉は自立して絶縁しましたけど、ワタシはここまで育ててもらった義理もあるから蔑ろには出来なかったです。」
「だからお見合いを引き受けたのか?」
「ーーーはい。」
「・・・すごく悩んだだろう。よくここまで頑張って生きてきたな。」
「ははは・・・」
私は先輩にそういってもらえて涙を堪えるので必死で、
目の下がプルプルと震えていた。
苦労して可哀想、
そんな言葉は小さい頃からよく耳にしてきた。
でも頑張って生きてきた、という言葉は前に剛くんが言われてから誰にも言われなかった。
ーーー両親がいないのを我慢して、
自分なりに頑張ってたつもりだけど、
甘えだったり当たり前と言われたり・・・
誰にも認めてもらえてない気がしていた。
先輩は私を片手で覆うように抱きしめた。
「我慢しなくて良い、泣きたいときは泣けば良いんだ。」
心強い言葉、
でも先輩はそういって私が泣き止むまでずっと人に見られないように抱きしめてくれていた。
「ごめん・・・なさい・・・」
「ーーー柊が弱ってる時に伝えるのも良くないと思うけど、オレは本気だから。」
「あっ・・・」
「本気で柊のこと好きだから。からかってるとか遊んでるとかじゃない。」
私を抱きしめていた手を緩め、
向かい合うように引き離した先輩は真剣な眼差しで伝えてきた。
「私が先輩を知ったのは去年・・・剛くんに誘われた試合で・・・先輩が1年生の時の引退試合で先輩のプレーに釘付けになってそれからずっと憧れてました。環と知り合って先輩をもっと知るようになって、気がついたらいつの間にか好きになっていました。・・・私も先輩が好きです、大好きです・・・」
「・・・俺と付き合ってほしい。」
「よろしくお願いします。」
私たちはお互いを見て微笑み合ったーーー。
さすがにここでキスは出来ないと先輩は座りながら私の手を握りしめてくれた。
ゴツゴツした男らしい大きな細い手に握りしめられる私の華奢な手は、
守ってもらえているみたいで本当に心強いと思った。
そこから今日の経緯を話してくれたり、
部活のことや、
お休みの日に何をしているかなどお互いのことを話した。
「ーーーところで親元を離れ、今どうやって生計を立ててるんだ?」
しばらく経って先輩が突然ふとしたように聞いてきた。
「あ・・・学校にも内密にしてるんですけど・・・」
「?」
「ーーー剛くんと一緒に暮らしてるんです。」
「はい?」
流石の先輩も一瞬顔が引き攣ってた。
「えっと・・・叔母さんはあんな感じですけど祖父母和は穏やかで良い人なんです。祖母から剛くんにお金が振り込まれているって前に聞きました。だけどお世話になってるから、いつか恩返しをしなきゃとも思ってはいます・・・」
「そのさ・・・幼馴染って言っても他人は他人だろ?ーーー変なことになったりしないのか?」
「それは絶対にないです!剛くんは長いことお姉ちゃんと付き合ってて、お姉ちゃん大好きだし、私のことは一緒にいすぎて世話のかかる妹にしか思ってないです!」
「ーーーそうなんだな。」
「でも高校卒業と同時に一人暮らししようとは考えているので、それから恩返ししたいと思っています。」
「ーーーそっか。」
少し困ったような顔をしながらも、
先輩は納得してくれたようにも思えた。
「もし先輩が剛くんのことで嫌だと感じるなら・・・」
「んなこと思わねーよ、大丈夫だから。おれ、コーチ信頼してるし。」
少し不安に思った私の不安を消すように、
私の頭をクシャッとして微笑を浮かべてくれた。
私はなんとも言えない気持ちになった、
剛くんとの生活を崩せない現状なのに、
ちょっとは嫉妬して欲しかったな、っていう身勝手な感情を密かに抱いた。
・
環と双葉には後日先輩とのことを報告した。
自分のことのように涙を流してくれたのは環だった。
「もうさ、本当なんなの?!って思ってたの!お互い好きなのに言わないし、気づいてないの本人たちだけだからね?って思ってたからスッキリしたわ!あー!良かった!」
「色々とありがとう。」
「ーーー全然!コーチとの同居のことも、私たちが応援してるからね。」
両親のことも剛くんと暮らしてることも仲良くしてる子たちには伝えた。
「ありがとう。」
友達に言えたことで心強い仲間ができた、
そう思えて自分の気持ちも少しスッキリした。
・
先輩は想像していたよりお付き合いしてる人に対して甘々なようで、
昼休みになるとご飯を食べようと誘ってくれたり、
部活の前のHR後にわざわざ会いにきてくれたり・・・
すごく甘々な彼氏になって、
私たちが付き合い始めたのを学校中に知れ渡ったのは本当にすぐだった。
「あんな樹先輩、見たことないんだけど(笑)めちゃ愛されてんじゃん!」
環に言われるまでもなく、
先輩からの愛情がたっぷりと伝わってきて私はすごく嬉しいしニヤニヤしてしまう毎日を送ってる。
それでもやっぱり先輩はモテる人だから、
最初はすごくすごく他の女子生徒からの視線やヒソヒソ話が怖くなかったと言えば嘘になる。
「彼女が出来たことに文句は言わない。だけど私たちの方があなたが入学してくる前から好きだったのに・・・」
何度同じようなことを言われただろう、
それを言われるたびに傷つけてしまったことや、
気持ちがわかることを思うといたたまれない気持ちになる。
「堂々としてろ。」
それでも何度も女子の先輩たちに呼び出されるたび、
樹先輩はたった一言、こう言ってくれる。
「悪いことをしてるわけじゃない、ただ好きで一緒にいるんだから。」
と。
心強い言葉で私もその通りにしているけど、
先輩のモテる凄さを身に染みたよ。
先輩と付き合って、
好きとか簡単には恥ずかしくて言いにくいことをサラッと言ってくれる。
ーーーとてもクールな顔で言うから、
ギャップにやられてこっちもニヤニヤになる。
「いやぁ・・・花の話を聞いてると俺も愛莉に会いたくなるなぁ」
剛くんは私と先輩の話を聞いてはお姉ちゃんに会いたいとよく言うようになった。
そりゃそうだよね、好きな人に会いたいと思うのは自然なことだもんね。
ーーー今はお姉ちゃんすごく忙しくて会えないけど、
近いうちに会わせてあげたいなと思った。
ーーーでもそれはそれは本当に突然、
その日はやって来た。
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