#47. – Itsuki Side –
彼女と会わなくなって3週間、
不幸中の幸いなのかオレはとにかく多忙な時間を過ごしていた。
・
「なんだよ、こんな時間に。」
ーーーここ最近はバスケ部の後輩に付き合い、
朝練から始まりお昼を食べて午後から夜までみっちり練習に励む俺たち。
その貴重な昼休みに珍しく蒼太から着信を受けた。
「今日早く上がれるか?」
蒼太も今でもバスケを続けていて、
次のトーナメントで戦う予定がある。
それでも友達は友達、予定が合えば一緒に練習をしたりしている。
が、最近は全くそれすら出来ていない。
「多分終電だと思うけど・・・」
「明日休みなんだし良いだろ?」
「ーーー急用なら今・・・」
「花ちゃんのことでって言えば会えるか?」
ーーー柊のことで蒼太がオレに話があるというのか。
オレは有無を言わず、
練習が終わり次第、蒼太の家に行くことになった。
*
「話ってなんだよ。」
「まぁ焦んなよ(笑)」
気になって練習も集中出来なかったのに、
焦るなとはひどい言いようだ。
「ーーー用がないなら帰るけど。」
「お前さ、花ちゃんに初体験は重いって言った?」
ふざけていた蒼太が真面目な顔でオレに聞いた。
「・・・言ったな。彼女と会ったのか?」
「ーーーこの前、な。私を抱いて欲しい、って突然言われてビビった。」
「えっ、彼女が言ったのか?!」
「他に誰がいんだよ(笑)樹は初体験の私を嫌がるから抱いて欲しいって言われたよ(笑)」
「ーーー抱いたのか?」
「抱くわけないだろ(笑)その代わり、一晩中彼女の話を聞いていたよ。・・・傷も見た。気にしてたよ、樹先輩は傷を見たからもう私を抱かないだろうって。先輩を嫌いになれないから嫌いになって欲しいから裏切りたいって。意味分からなかったけど話は聞いてあげた。」
「ーーー理解できない。」
「自分から嫌いになれないから嫌われたら樹から別れを言い出すって思ってるんだと思うよ。ちょっと思い詰めてて心配だよな、って思ったんだよ。」
「・・・心配かけて悪かった。」
「で、このヘアピンを彼女がこの前忘れて行った。返しておいて。」
「ーーー分かった、サンキュー。」
蒼太には軽く伝えたけど、
内心はハラハラだったーーー・・・。
今、彼女が何を考えているのか知りたい。
その一心で夜中にも関わらず、
オレは車を走らせた。
毎週日曜日に会うことが多く、
よく金曜の夜に連絡を取り合ったーーー。
里奈をキッカケにケンカしたあの日から、
柊からの連絡はもちろん消えた。
それが彼女の覚悟が見えた気がしてオレは正直怖気付いた。
この3週間、毎週金曜に電話していた。
ーーー会う気があるのか、ないのかを知りたくて。
だけど彼女は会う気がないようで電話を取ることも繋がることもなかった。
「ーーーもしもし」
そして今日も金曜の深夜だ、
寝ている時間だと分かってる。
いつもなら一度で諦めるオレは今回は諦めなかった。
7回は連続でかけたと思う、
8度目の正直で彼女は電話に出た。
少し寝ぼけた声で・・・。
寝ぼけていて誰かも分かってないだろう。
「起こして悪い、だけど少し出て来てもらえないか?」
「えっ、今から・・・ですか?」
「外にいる、車の中でも良いから少しだけ話をしたい。」
少しの沈黙の後・・・
「10分で支度するので待っててください。」
という返答を得た。
彼女に会いに来たところでオレは何を話したいんだろうと考えた。
蒼太に言われたから衝動で会いに来たけど、
夜中に呼び出して何をすれば良いんだろうとふと考えた。
「お待たせしてすいません。」
「夜分に悪い、みんな起きなかったか?」
「ーーー今、旅行に行ってるので・・・」
「えっ、1人か?」
「お兄ちゃんが帰って来てるけど、彼は起きませんので(笑)」
久しぶりに会う柊は思っているより元気そうに見えた。
近所迷惑にならないように柊は車に乗り込んだ。
「これ・・・」
オレは蒼太に柊が忘れて行ったと言われたピンを彼女に返却した。
「ありがとうございます。・・・蒼太さんに会ったんですね。」
「今・・・会ってたよ。」
「樹先輩が会ってくれないって寂しがっていたから良かったです。」
彼女はピンを受け取って、
そのまま視線をオレから逸らした。
「ーーー蒼太に抱いて欲しいって頼んだって聞いた。オレの言葉のせいだったな、悪かった。」
柊は蒼白な顔をしてオレを見た。
「怒らないんですか?他の人・・・先輩の大切なお友達に抱かれようとしたんですよ?」
「・・・本当に抱かれていたら怒ってたかもな。でも蒼太は人の彼女に手を出すようなやつじゃないし、柊自身も気の迷いがあったってことを信じてる。」
「ワタシは・・・そんな大人になれません。今でも先輩のこと信じて良いのか分かりません。」
「ーーー里奈とご飯に行った日、偶然会ったんだよ。会社の帰りに偶然会ってなり行きでご飯を食べた、それだけ。お酒も飲まなかった、食事を一緒にしただけ。やましい感情なんて一つもなかった、黙っていることでこんなに傷付けるとは思わなくて悪かった。」
「いえ、私も感情的になっちゃったし。」
ーーー柊は俯いてそう言った。
ただ納得していないのは鈍感なオレでも分かった。
何となく距離があって、
お互いに遠慮しているのは否定出来なかった。
「ーーーそろそろ行きますね。お兄ちゃん起きたらめんどくさいし。」
「来週の水曜日、練習がオフになった。・・・連れて行きたいところがある。」
「いえ、私はもう・・・ーーー」
ーーーそういうと思ってた、
そのよそよそしい態度が答えを言ってたもんな。
「18時にいつもの場所で待ってる・・・。」
「先輩、私は・・・」
「ーーー来るまで待ってる。遅くに呼び出して悪かった。」
オレは彼女を見送ったーーー。
柊は申し訳なさそうにオレにお辞儀をして、
そのまま家に入った。
その姿を見たオレは微笑んだ。
彼女は別れ際、いつもお辞儀だったり会釈だったりと頭を下げる癖がある。
最初は違和感あったけど、
今思えばとても礼儀正しく素敵なことなんだなと思う。
名残惜しそうに頭を下げる姿も、
今日みたいに申し訳なさそうにしている姿も、
全てが愛しいと思った。
ーーーいつのまにか彼女の沼にハマった、
そう思うと苦笑いが溢れた。
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