#42. – Itsuki –
彼女と連絡が取れなくなって1ヶ月が経った。
俺も社会人2年目になり初めての後輩を迎えた。
ーーー仕事と練習で毎日を忙しなく過ごす中で、
彼女がいないと物足りないと日に日に痛感している。
・
俺は気になっていることがあった・・・ーーー。
卒業旅行の別れ際、彼女は俺たちに対して深々と頭を下げていた。
まるでお別れでもするかのように・・・。
あのお辞儀はこれを意味していたのだろうか。
連絡が取れなくなってすぐに彼女の住む理事長の家に足を運んだ。
あまりにも大きな家、そして理事長の家だということに恐れを覚えた俺は結局彼女に会わずに退散した。
「身に覚えはないのか?」
卒業旅行から彼女と連絡が取れた者はこの中には誰もいない。
「あると言えば直前に喧嘩したこと、そんな理由で彼女が連絡をたつとは思えにくい。」
今は正樹と環ちゃんと夕飯を交わしながら柊の居場所について話し合っている。
ここ最近は会ってもその話ばかりだ。
ーーーメールもほぼ既読スルー、
電話は繋がっても留守番電話に転送される。
体調でも壊してるのだろうかと俺も心配した。
元気なのかだけ連絡欲しい、と一度送った時にはスタンプで元気です、と来た。
連絡が取れたのはそれだけだーーー。
たった一度だけだーーー・・・。
あんなに毎日連絡取りたいと言ってた彼女が、
この1ヶ月・・・一度だけしか連絡をよこさなかった。
正直彼女の考えていることも行動していることも理解できない、
だけど気になって仕方ない自分がいるーーー。
「環ちゃんはなんか進展あった?」
「ないです・・。」
ーーー環ちゃんも何度も連絡しているけど、
今の俺と同じ状況だーーー。
俺に愛想がついたのならそれで良い、
ただハッキリと伝えて欲しいと思った。
・
「来いって!」
「痛いよ・・・!いやだ・・・!」
俺たちが深刻な話をしている中に聞こえたカップルが店内に乱暴に入る音、
そして討論している声が聞こえた。
「須永!?」
その方向を見ると須永と双葉ちゃんだった。
「痛いって!離してよ、もう!」
「お前・・・分かってんのか?!俺たちがどれだけ心配して・・・」
「分かってるよ!それでも・・・口止めされていたんだから仕方ないじゃない!私は彼氏より親友を取る!須永より花の方が大切なの!」
すごい剣幕の2人、
周りの人の視線もあるから俺たちはこの2人を落ち着かせてとりあえず座らせた。
「何があったんだ?」
冷静に正樹が聞くーーー。
「ーーーこいつ、柊と連絡取ってたんっすよ。」
須永の言葉に俺を含めたその場にいた三人が双葉ちゃんを見た。
「えっ!?」
「昨日、こいつが泊まりに来て。隠れながらメールしてるし浮気を疑ったら、毎日柊とメールや電話しててーーー。」
「私がメールしても返事もないのに・・・」
環ちゃんが双葉ちゃんに言った。
「・・・環とは距離を置きたいって、先輩とも距離を置きたいって言ってた。だから連絡取ってることを秘密にして欲しいって言われてたのに・・・」
距離を置きたい、ね・・・。
彼女から聞かされるのは何度目だろうか。
「なんで?わたし、なんかした?」
「そういうところじゃない?無神経なところが花を傷つけたんじゃないの?」
「どういう意味?」
「環と先輩が何もないのは分かっていたみたいだけど、正樹先輩を通して仲良くなった2人を目の当たりにするのが辛かったんじゃない?須永と仲良くする環を見るの、私だって嫌だったよ。自分の気持ちを落ち着かせたい、ずっとそう言ってたよ。花は環のことも先輩のことも責めてなんかない、自分が悪いってずっと言ってたよ。」
環ちゃんと双葉ちゃんの喧嘩が始まりそうだった。
「今、柊がどこにいるか教えてもらえるか?」
ーーー俺は冷静を保ち、双葉ちゃんに伝えた。
距離を置くにしても何してもきちんと話し合ってからじゃないとダメな気がした。
「・・・出来ません。」
「双葉!」
つかさず須永が割り込むが、俺はそれを遮った。
「・・・口止めされてるから?」
双葉ちゃんは俺を睨んだ。
「そうです、花に先輩には絶対に言わないで欲しいと言われているからです。だから絶対に言いません。」
双葉ちゃんの意志はハッキリしていた。
俺は落胆した、目の前に会える手段があるのに手助けしてもらえないことに。
「ーーー双葉、聞いてやれよ。」
須永本人からも頼んでくれたことに良い後輩を持ったと思った。
「柊に直接聞いてもらうことは出来るか?どうしても会って話したい、と。」
「ーーー分かりました。」
・
双葉ちゃんは席から立ち上がり、
携帯を持って外に出た。
ーーー俺たちから見えるところに立ち柊に電話している様子が見えた。
すぐに柊と話している様子が見えたが、
双葉ちゃんの様子がおかしいことに須永が気がついた。
「双葉!どうした?!」
須永を見ると彼女は震えるように抱きついて何かを説明しながらも涙が止められない状態だった。
柊に何かあったと察した俺も、
正樹も環ちゃんもみんな外に出た。
「ーーー危ないって・・・」
「何が?」
環ちゃんはイラッとしてる様子で双葉ちゃんに問いかけた。
「凛太さんが電話に出て・・・」
「柊に何かあったのか?!」
オレは単刀直入に彼女に聞いた。
双葉ちゃんはコクンと首を縦に振った。
「・・・今夜が山場だって。もう3日目を覚ましてなくて・・・それは聞いてて大丈夫だって思ってたのに・・・」
「待て、状況が掴めない。」
須永が突っ込んだけどーーー。
「とにかく連れて行って欲しい。タクシーの中で話を聞かせて。」
俺は半強引に須永と双葉ちゃんを連れてタクシーに乗り込んだ。
「そんな・・・ーーーなんでそんな大事なこと、言わなかったんだよ・・・」
話はこうだったーーー。
卒業旅行から帰ったその日の夜に、彼女は倒れた。
そのまま救急搬送され、
直接彼女から連絡が来て何度かお見舞いに行った。
ここ最近はとても元気だったから大丈夫と思ってた矢先の3日前に意識を失ったと連絡をもらい、
きっと大丈夫だと言われていたと。
仕事が忙しくて会いに行けてない今、お兄さんから連絡が来た。
ーーーそういうことだった。
「ごめんなさい・・・」
卒業旅行から1ヶ月以上の連絡がつかなかった理由は明確になった、
だけど今度は彼女の無事が心配で仕方なかった。
・
「柊!」
病院について双葉ちゃんに病室を教えてもらい受付も済まして走るーーー。
そして俺は目の当たりにした彼女の姿に衝撃を受けた。
「うそだろ・・・」
俺だけじゃない、須永も驚いた様子を隠せないでいた。
酸素マスクに繋がれ、数知れない点滴に繋がれている痩せ細った彼女の姿。
「そんな・・・」
ただ少しだけ意識はあるようで、
うっすら目を開いた彼女は俺たちに微笑んだ、
そんな気がした。
「ーーーこんな姿を見せたくない、花が先輩に会いたくなかった1番の理由です。」
双葉ちゃんは俺に言った。
「でも環のことで距離を置きたいって言ってたのも真実です・・・。友達と好きな人を嫌いになりたくないって、だから自分が落ち着くまで距離を置きたいと言ってたんです、3日前まで。なのにこんな形になるなんて・・・」
3日前までは酸素マスクもなく普通に元気に話せたと教えてくれた。
ーーー俺は何も言い返せなかった。
・
「ーーー明日も来ます。」
帰り際に俺はお兄さんに伝えた。
「ごめんね、気持ちはありがたいんだけど今は来ない方が良いと思うんだ。」
「・・・でも。」
「何があったら必ず連絡するから、ちょっと妹をそっとして欲しい。」
凛太さんは俺に真剣な眼差しで言った。
ーーー承諾する以外の道は俺にはなかった。
「ところで柊は心臓が悪かったのか?」
須永が双葉ちゃんに問いかけた。
確かにそんな話は今で聞いたことはない。
「ーーー知らない。でも何度か発作が起きていたって、それを治療せずに放っておいたから今回こうなったってお兄さんは言ってた。」
「卒業旅行も無理させたってことだよな・・・」
「花がこれから行けるか分からないから、一度でも良いから行かせて欲しいって頼んだって言ってた。」
「それってさ・・・」
まるで最期、そう須永は言いかけてやめたんだと思う。
その夜、俺は眠れなかったーーー。
これまで柊と過ごしてきた中で、
彼女は本当は体調が悪いサインを送っていたのではないか。
そんなことを思い出そうとしても何も思い出せなく、
彼女のことを本当には見ていなかった自分を悔いた。
「ーーー花が目を覚ましました。」
双葉ちゃんから連絡をもらったのは1週間後、
そのまま手術という形を取るから面会できないという連絡ももらった。
面会許可が出たのは、さらにそこから1週間が経過してのことだった。
・
ーーー コンコン ーーー
「どうぞ・・・」
会社を出る前に俺は彼女の携帯にメールを入れておいた。
今から会いに行く、と。
それに対して返事はなかったけど既読にはなった。
「柊・・・」
2ヶ月ぶりに見る彼女は最後に見た時よりもかなり痩せ細ってた。
元々細いのにこれ以上痩せてしまったらという変な心配が俺の中に生まれた。
「ーーーお久しぶりです。」
峠を越し、
酸素マスクも取れ、ベットに横になる彼女はゆっくりとだけど普通に話せるようだ。
「何も知らずに来るのが遅くなってゴメン。」
ベット脇にある椅子に腰掛けながら俺は伝えた。
「大丈夫です。」
そっけない返事が返ってくる。
「それに1番近くにいたはずの俺が、柊の体調の変化に気が付けなくてごめんな。ーーーもっと柊に目を向けるべきだったと反省してる。」
柊は俺に微笑を浮かべた。
そして、ベットからピースサインを出した彼女の手が出て来た。
その手を俺は強く握った・・・ーーー。
今にも消えてしまいそうな、
彼女の細い手をオレのゴツい手で包み込んだ。
されるがままの彼女が眠りから覚めたのはもう面会時間が終わる頃ーーー。
オレはその間ずっと手を握りしめていた。
「また明日・・・」
「樹先輩。」
「なんだ?」
「ーーー手術も終わったし、落ち着けば退院できるはず。だからそれまで来ないで欲しいです。」
「ーーー断る。」
彼女は悲しそうな諦めたような顔をした。
そして苦笑いを作り、オレを病室から見送った。
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