#22.
ーーー学校に戻ると既に後夜祭は始まっていて、私は息を飲んでステージのある校庭に足を運んだ。
そこまで勇気がいることなら後夜祭なんか参加しないで自宅で休んでいれば良いと思う・・・・。
でもね、憧れだった高校生活で初めての文化祭・・・
前夜祭の雰囲気は性格的に向いていなかったかもしれないけど、後夜祭は違うかもしれない。
どんなものなんだろう、という期待を込めてやっぱり学校行事にはなるべく参加したいと思った。
既に盛り上がっている中、私は木陰の方に立ち舞台を眺めた。
ーーー今はビンゴをしているようで、
ステージ上にある大きな液晶画面にMCの声と同時に数字が映し出される。
私は途中参加になるし、ビンゴの参加は見送った。
ビンゴの後に来たのはのど自慢大会。
外部の人も内部の人も自由参加のこのイベント、
結構自分の歌を披露したいと挙手する人が多くて驚いた。
英語の曲だったり、今話題の韓国の音楽、もちろんJ-POPもジャンル問わずにみんな歌っていてすごいなぁと感心した。
ーーー何よりも驚いたのはナツさんが自分の歌声を披露していたことだった。
元々社交的で活発なタイプの女性ではあるけど、
人前に出ることに屈しないことだったり、
自分の自信あることを他の人に披露している姿を見ると自分も勇気をもらえるような気がした。
「さぁてみなさんお待ちかねの告白イベントを始めたいと思います!!!」
そして・・・のど自慢大会が終わったら次に待っていたのは告白イベント。
見たいような見たくないような、目を逸らしちゃダメなようなそんな自分の心と葛藤するイベント。
「まずは・・・1番の方出てきてください。」
事前にくじを引いていたようで、もう番号が決まっているみたい。
私は・・・ステージに夢中になっていたけど、咄嗟に先輩の姿を探した。
前夜祭と同様、先輩の姿はみつからないーーー。
私がいる場所がメインステージから遠いこともあって見つけられないのかもしれないけど、少しだけ先輩がいないことにホッとしている自分もいた。
でも・・・
私の安心はほんの一瞬で、すぐに現実へと引き戻された。
「ーーー私の好きな人は2年の市川 樹さんです。」
その言葉でハッとステージを見た私。
まだ先輩の姿はいない・・・。
「市川くんですね!市川くん、前に出てきてください。」
MCの言われるまま、いなかったはずの先輩が黙々とステージに登場して私も釘付けになってしまった。
「では、どうぞ!」
先輩がステージに立つと、MCの3年生が女性に促した。
「ーーー私は隣の街の高校に通う3年です。毎日同じ電車で市川くんのことを見ていました。・・・付き合ってください!」
私は目を伏せ、耳も塞ぎたくなる気持ちだった。
「ーーーごめん。」
先輩の答えはノーだったけど、しっくり来ない。
だって・・・凄く凄く美人でただ今告白されているこの瞬間だけでも似合っているって思ってしまったから。
「・・・友達はダメですか?」
「・・・無理です。」
何をどう言われても先輩は首を縦に降らなかった。
でもこの学校にいる人ならそれは納得していると思う、
告白されて首を縦に降ったことなんて未だかつてないんだから。
「ーーーもう良いですか?」
彼女の告白の勇気をなかったかのように、先輩はそのステージから早く消えたいように感じた。
「ごめん!市川くんはあと少し残ってくれる??モテる君が悪い(笑)」
めんどくさそうに頭をかく樹先輩ーーー。
その雰囲気を感じ取ったようで樹先輩に告白するもう1人の女性をMCの先輩は呼んだ。
「ーーー市川くんは本当に人気で、今回は外部の方を優先的に選ばせていただきました。応募してくださったのに該当されなかった内部の方、ほんとすいません!」
MCの先輩は謝罪していたけど、私はどれくらいの内部の方が先輩に告白しようとしていたのだろうかと逆にそれが気になった。
樹先輩の前に立った女性・・・
この人もスラっとしていてショートカットがよく似合う女性だった。
雰囲気は環に似ている、ナツさんにも似ている、元気そうな女性だった。
「ーーーはっ、お前なんで・・・」
でも予想外だったのは樹先輩の反応で、2人は知り合いのようだった。
「よっ、久しぶり!」
樹先輩に笑顔を向け、肩を組んだその女性。
ほら、見たままの通りでとても元気な人だ。
「・・・あっ!私は熊谷 里奈で、市川くんと去年までお付き合いをしていました。」
えぇぇぇぇ!あの樹先輩と!?
流石の学生たちもそこに釘付けになったーーー。
「ちょっ、余計なこと・・・」
樹先輩は彼女の口を押さえた・・・。
「私は彼より2つ年上の大学1年です。別れて1年ですが忘れられなくて、元に戻りたくて後夜祭でこのイベントがあると後輩に聞いて参加させてもらいました!イェェイ!」
元気よくピースをしたこの女性は、人を惹きつける力がある人なのかもしれない。
樹先輩の相手だったのに会場にいる学生を笑いに変えた。
ーーーすごいなぁ、そのコミュ力。
樹先輩をも黙らす、そんな女性凄いなぁ。
「どうよ?より戻してみない?(笑)」
熊谷里奈さんは先輩の肩に擦り寄る形で返事を促した。
「ーーー元に戻るつもりはない、以上。」
それでもやっぱり先輩の答えはノーだった。
・
11月にもなれば夕方の五時以降は薄暗くなるーーー。
通学路を歩く学生や買い物帰りの親子だったり、
いろんな人が帰宅しているのが見えるーーー。
考えてもいなかったなぁ、先輩の元カノの存在のこと。
考えてもみたら高校二年生だし、
健全な高校生なら過去にお付き合いがあっても仕方がない。
でもモヤモヤするのは私とは正反対の女性だからだと思う。
そして迷惑そうな表情はしていても、
心を許している感じがした雰囲気を持ってた。
長い期間付き合ったのかな、
どっちから告白したのかな・・・。
ーーーあのステージの最後まで見ているのも辛くなって私は途中で出てきた。
「ーーーもしもし。」
「あっ、花ちゃん。今、大丈夫?」
「どうかされましたか?」
着信はナツさんからだった。
「後夜祭も終わって今から夕飯を食べに行こうと思うんだけど、来ないかなと思って。」
「ーーーすいません。今日は疲れちゃったので・・・」
きっと・・・絶対に樹先輩も来ると思った私は断った。
今この気持ちの状況で、どう接すれば良いのか分からなかったから。
・
[ 明日部活休みだけど、会うか?]
[ すいません、明日はバイトなんです。また学校で。]
その夜にメールを受信したけど、
嘘じゃない理由で私は先輩からの誘いを断った。
会おうと思えば会えたかもしれない、
でもその笑顔をあの人にも向けていたの?
あの人とも手を繋いでキスをしたの?
それ以上のことも・・・したの?
きっといろんな感情が混じって感情的になってしまうと思ったから私は冷静になるためにも嬉しいはずの先輩からの誘いを断った。
・
バイトの最中は全く先輩のことを考える余裕がなく、
逆にバイトでよかったと心からそう思った。
週末のバイトは特に混雑するから変なことを考えている時間があるなら動け、と店長からも言われている。
「ーーーモンブランとカフェラテ2つになり・・・」
満席の中に新規で入った4番テーブルのお客さんに注文されたものを持っていく。
「ーーーおつかれ。」
「あっ、お疲れ様です。」
そこにいたのは樹先輩と正樹先輩だった。
「本当にバイト先に来てくださったんですね(笑)」
「部活休みだったんで。ーーー何時終わり?」
「・・・17時です。」
またさらにお客さんが来たので、私はケーキと飲み物を置いて新規のお客さんの対応をした。
びっくりした、まさか先輩が来るなんて・・・。
社交辞令だと思ったから、あの場にいたことが今でも信じられなかった。
「花ちゃん、知り合い?」
「あっ、高校の先輩です。」
バイト仲間の千花ちゃんが私に尋ねた。
コーヒーを作りながら。
「へぇぇぇ、今どきの高校生はなかなかのイケメンね(笑)」
「ーーーあの人たちは別格だと思います。」
その言葉にふぅぅんと意味深な言葉を残した千花ちゃんだけど、
私はあえて聞かなかったことにした。
・
バイトも5時に終わり、
私はそのまま賄いを食べて6時前に店を出た。
「ーーーえっ・・・」
直進したらすぐに駅があるんだけど、店を出てすぐ私は立ち止まった。
「おつかれ、無事に任務完了か?」
「ーーー正樹先輩は?」
「あいつもバイトに行ったよ。」
樹先輩が立ってて、他のお客さんの邪魔にもなるので私たちはとりあえず歩き出した。
「ビックリしました、本当に先輩が来るから。」
「来る予定はなかったんだけど、何となく?行ってみようって話になってな。」
ーーー私は苦笑いをこぼした。
こうして横に並んで普通に話せている自分を褒めたいくらいに内心はドキドキだった。
でもきっと側から見たら恋人には見えないんじゃないかな、
手を繋いでいるわけでもないしただ横に歩いている人だから。
「じゃあ・・・電車、反対方向なので。」
駅に着いて踏切の前で挨拶をするーーー。
その時に先輩に腕を掴まれ、昨日のことを問いかけられた。
「・・・昨日の後夜祭、来てたよな。」
「あーーー・・・はい。」
私は先輩から視線を逸らした。
先輩は空気を読んだようで、駅近にある公園へ移動した。
「里奈・・・彼女とは終わってるから。」
「どのくらい付き合っていたんですか?」
「ーーー3年くらいだったと思うけど。」
3年付き合って去年別れてすぐに私が告白して・・・
自暴自棄の時に告白しちゃったのかな・・・。
「どうして別れちゃったんですか?」
「ーーーそれ聞いて柊の特になるの?」
「そういうわけじゃないですけど・・・。ただ何となく・・・」
「何となく・・・?」
「先輩は今でも彼女のことを好きな気がして。」
「ないから、終わってるし。」
「関係は終わってても気持ちってすぐに切り替えられなくないですか?無理矢理忘れようとしているのかなって。」
「ーーー意味分かんないけど。」
「ですよね、私も分からないです(笑)」
自分の中では結構冷静に先輩と話せているんじゃないかと思う。
「・・・俺と柊が出会って一年も経ってない。それまでの過去に対して詮索されたくもないし俺もしたくない。ーーー柊だって好きな人の1人や2人いただろ?それと同じことだ・・・。たかが元カノごときで・・・」
「先輩にとって元カノごときでも私にとっては違います!今でも自然体に仲良さそうだったし、羨ましいなって思いました。私だってあんなふうに先輩と接したいって思いました。」
「ーーーあのさ、それってお互い様じゃねえの?」
「どういう意味ですか?」
「ーーー柊だって須永には心許せているように見えるよ。かと言って俺は責めるつもりもないし、嫉妬する気持ちにはならない。」
「ーーーきっとそれは嫉妬するほど先輩が私のことを好きじゃないからだと思いますけど。」
自分で言ってハッとして口を抑えた。
「そう思うならそう思っていれば良い。どっちにしても里奈と元に戻るつもりもなければ気持ちもない。ただ・・・俺の過去に対して一つ一つ嫉妬なんてしてたらこれから先思いやられると思うけど。」
「ーーーですね、私もそう思います。」
先輩は少し驚いた顔をして私を見た。
そしてすぐにフッと笑った・・・ーーー。
何の笑いなのか全く見当もつかなかったけど、
決して気持ちの良いものではなかった。
「帰りますねーーー・・・。」
沈黙が続くなか、耐え切れなくなった私は公園を先に去った。
冷たかったかもしれないーーー。
でも自分にとっては初めてできた好きな人、
初めてできた彼氏で・・・
そんな人の元カノの話を聞く心の余裕はまだなかった。
ただ冷静な自分もどこかにいて、
まだそこまで自分自身も先輩を好きじゃないのかもしれない、
そんな錯覚に陥った。
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